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第九十九話/カイドウ

カイドウの眉がピクリと動く。

「見切った、だって…?」

「あァ」

顔色ひとつ変えないシュテンに対し、カイドウは鼻で笑う。

「有り得ないよ、そんなことは」

魔力を込めて手を振る。

空を切り裂く音と共に、風圧で足元の石畳に亀裂が入る。

「見なよ、このスピードとパワー。僕は魔族随一のスピードアタッカーなんだ、転移魔法まで合わされば人間のキミなんかが視認できる筈もない」

カイドウがシュテンを指差す。

「ハッタリで動揺させるつもりだったんだろうけど、残念だったね。僕には効かないよ」

シュテンは頭を搔く。

「だったら早く来ィ」

「舐めてくれちゃっ、て!」

カイドウが転移する。

転移先はシュテンの背後だ。

拳に限界まで魔力を載せる。

ありったけの怨嗟を視線で送り、拳を放つ。

「!?」

放ったはずであった。

気付いたら頭は揺れ、仰いだ空は歪んでいた。

咄嗟に転移する。

元居た位置に戻り前を向くと、そこにはカイドウが転移した位置を、正確な裏拳で撃ち抜いたシュテンの姿があった。

「ぐ…」

口元を何かが流れる感覚に、思わず手で拭う。

手に赤いものが広がった。恐らく鼻が折れたのだろう。

「も、もう一度…っ!」

今度はシュテンの右足元へ転移し、膝を狙う。

「…っ!?がっ」

狙っていたはずの膝が鳩尾に刺さった。

これはマグレではない。

カイドウは、シュテンの「見切り」がハッタリではない事を悟った。

「ぐ…クソっ!」

再び転移し、真後ろを陣取る。

「ここなら手が届かないでしょ!」

体を捻らなければ手が届かない位置、そこから両手の動きに気を付けていれば、攻撃は喰らわない。

「あとは当てるだけだっ!」

再び拳に魔力を込められるだけ込める。

カイドウに残る魔力の9割をそこに注ぎ込んだ。

確実にシュテンを仕留めるためだ。

シュテンは反応が遅れているのか、手を動かす気配は無い。

「喰らえ…っ!」

勝利を確信し、拳を突き出した。

「鬼道・濫技『神出鬼没』」

的が、消えた。

拳は虚空を貫き、魔力は霧散する。

「っ!?」

直後、背中を襲う悪寒。

大きな影が、揺らめく妖力が、カイドウの背後にピッタリくっついていた。

「ひっ!?」

思わず漏れた情けない声と共に転移し、シュテンから距離を取る。

だが、転移先から見た転移元の地面に、敵の姿は無かった。

「どこへ…」

「鬼道」

「っ!?」

背後からの声に慌てて転移する。

残る魔力も少なく、長距離の転移は出来なかったが、近くの屋根くらいには飛べた。

「ここなら…」

「装技」

「うわぁ!?」

再び転移。

二度あることは三度ある。

カイドウは覚悟を決め、転移後直ぐに振り返る。

読み通り、シュテンは超高速でそこへ現れた。

転移のために取っておいた魔力も全て拳に載せ、振り返りざまに放つ。

「ヤケだ、死ねぇ!」

一世一代の一撃は、シュテンは腹へ音を立てて突き刺さった。

「やった!どうだ!」

カイドウは、僅かに口角の上がった顔でシュテンを見上げた。そして目に入った、その涼し気な顔に絶望した。

「『意鬼投合』」

「っ…!」

鬼の爪はカイドウの腹へ突き刺さり、その身体は石畳を削りながら飛び、街道に長い轍を作っていった。

シュテンは『狂鬼乱舞』を解くと、腹の辺りを軽く摩った。

「…突きがなまくら過ぎらァ、鍛えてから出直せェ」


「シュテン!」

魔物を殲滅したアンナが駆け寄ってくる。

「怪我は無いか!?」

大剣を地面に刺し立てると、シュテンの身体を見回す。

「あァ…どうもねェ」

「ん、そうみたいだな…」

一歩下がって大剣の柄を握り、抉れた街道の果てに倒れるカイドウへ視線を遣る。

「…やったのか?」

「…どォだろォなァ」

シュテンが首を捻ったその時、瓦礫が崩れる音とともに、カイドウが立ち上がった。

「ぐ…っ」

シュテンの技を受けた顔面のダメージは凄まじく、左の角は折れて無くなっており、右眼は開かず中から血が流れ出ている。どうやら潰れている様だ。

痛みに耐え歯を食いしばるも、肝心の歯が半分以上無くなっている。

「その技…そうか、キミがゲンジを倒した鬼だね?」

「なっ…」

アンナが慌てて剣を構える。

「お前、あの魔族を知ってやがるのか!」

「知ってるも何も…」

カイドウは肩で呼吸しながらも、アンナに笑みを返す。

「ゲンジも僕も、魔王軍の四天王だよ」

アンナは剣を落としかける。

「魔王軍、だと…!?」

「ああそうさ、勇者タイカに倒された我らが魔王様は、もう間もなく復活するんだ…だから悪いけど、」

カイドウが羽を展開し、宙へ浮かんだ。

「僕はここで死ぬ訳にはいかないんだよねー」

「っ!待て!」

「次会ったら殺してあげるよ、じゃあね」

高く飛び上がる体力は残っていないのか、低空飛行で街道を飛び始めた。

「くそっ待…」

カイドウを追って走り出そうとしたアンナの肩を、シュテンは握って止めた。

「なんだよシュテン!なんで止めんだ!」

アンナがシュテンを見上げると、シュテンは何処かを指さした。

その先を目で追うと、既に日が落ちた夕闇の中を起き上がる影が見えた。

「あれは…メイ!?」

カイドウが進む直線上、駆け付けたクロの治療を受けていたメイが、回復もそこそこに立ちはだかったのだ。

「クロ、ありがとうございます。脇に逃げておいてください」

メイは迫り来る敵に対し、短剣を向けた。

「…無茶だ!いくら相手が消耗してるとはいえ危険すぎる!」

アンナの抗議にシュテンは首を振る。

「いや…大丈夫だァ、メイに任せとけェ」

「く…メイ…っ!」

アンナはいつでも飛び出せる姿勢で、メイへ祈るように視線を送った。

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