リカが探している女はある青年と腕を組んで、薄暗い迷路ガーデンに入った。
リカは花の壁まで追いかけたら、向こうから男女の談笑の声が聞こえた。
迷いなくリカはその声に進む。
何歩を歩くと、親密そうにくつけている男女二人を見つけた。
男はイズルの従兄の
女は――
いいところが邪魔されて、潮はかなり不機嫌な顔でリカを睨む。
「お前、誰だ?何の用……っ!」
潮に質問の時間を与えず、リカは手刀で彼の頸に一撃した。
ドン!
床に倒れた潮を見て、さっきまで彼と楽しそうに談笑していた黒いドレスの女は驚きもしなかった。
女はゆっくりと前髪を整えて、クレオパトラのイメージで化粧された目を吊り上げ、ハイヒールのおかげで高められた目線でリカを見下ろした。
「嫌なタイミングですね。高貴で神秘な黒蝶真珠をプレゼントされるところでした。このトルマリンはもう四ケ月も付けたの。そろそろ飽きましたわ。あんたのようなお嬢様と違って、あたしたちは自分で働かないとロクな生活もできないもの」
首元の四角型の宝石をいじりながら、女はわざとらしい文句をリカにぶつけた。
「宝石やバッグの使い捨てを適当に控えれば、結構いい生活ができると思うよ」
リカは硬い言葉を返した。
「……」
女は不快そうに眉を顰める。
艶やかな紫の唇を噤んで、すぐ反発しなかった。
「何しに来たの?」
リカの質問を聞いたら、女はまた生意気そうに顎を上げた。
「仕事のために決まっているんじゃない。このパーティーの演出とデコレーションは『あたしたち』の会社が手伝ったものよ。いいセンスでしょ?」
「あなたたちの会社センスは、バルコニーにスポットライトにピアノ協奏曲なの?どうりで赤字連続だ」
「……リカ姉さん、家から出ても思いやりのない話し方ですね。どうりで、みんも姉さんと一緒に仕事をしたくないわ」
連続的に急所に突っ込まれて、女のテンションはガクンと下がった。ひねくれた口調でリカの言葉をまねした。
「私はあなたの姉ではない――
その名前を口にする時、リカの表情は急に冷たくなった。
ここでリカがエンジェの苗字を呼んだのは、もうこの人とはっきり境界線を引くことを意味する。
「もう一度聞く。今日は何をしに来たの?なぜあいつの前で彼の家族に扮した?」
「なんの話ですか?挨拶にずっと忙しかったの……」
「彼本人に聞いてみる?」
リカは携帯を取り出して、エンジェという女の話を断ち切った。
誤魔化しが効かないと悟ったエンジェは、猫かぶりをあきらめて、悪役らしい妖艶な笑顔を見せた。
「あれは~可哀そうと思ったから。誰かさんの『過失』で、彼の家族は全員殺されたもの。家族がまだ生きているかも知れない希望を与えたかったの」
「『私の過失』はすでに決定事項。もう正式的にそれを認めた。わざわざリマインドしなくても私は責任を取る。後ろめたい思いをしない」
リカは不動のままエンジェに言い返した。
「どういう意味だよ?!あたしのほうが後ろめたいとでも言いたいの?!」
「後ろめたい」という言葉を聞いたら、エンジェの顔色は一瞬で暗雲に覆われた。毒でも滲み出せる目でリカを睨む。
「もう証明したのよ。あの日、あたしは病院に運ばれたの!あんたの救援をしなかったのはマサルちゃんだ! なぜ彼に聞かないの?あたしばかりいじめるつもり?!」
「彼はどこ?電話に出ない、メッセージも返信しない」
「あたしは知るわけがないでしょ!」
リカは問答無用とエンジェを掴み、彼女のピカッと光るブランドバッグを奪い、バッグから携帯を探り出した。
「な、何をするのよ!!」
エンジェは奪い返そうと長い爪でリカに引っ掻き回す。
リカのは素早くその爪を避けて、身を翻し、背負っているサーブルのケースでエンジェを花の壁に押し付けた。
花の枝葉はエンジェの肌を痛く刺さる。
「いくら長女でも、あたしの通信記録をチェックする権力がないわ!この強盗、泥棒!!誰か、助けて!!」
「そんなに慌てる必要はある?パスワードがあるでしょ」
リカは一歩下がって、必死にあがくエンジェを解放し、バッグと携帯を投げ返した。
「いい加減にしろリカ!ここは万代家じゃないわ!」
エンジェは荒い息をしながらリカに叫んだ。
「こっちのセリフだ」
リカは氷柱のような目線でエンジェを凝視する。
「これを警告と捉えていい。今回の任務は、誰にも邪魔させない。万代家の人に手を出すのはあなたの自由だ。でも、渡海イズルは、絶対あなたの思い通りにさせない」
「あの野蛮女!」
ホテルの駐車場で待っている名車に入ると、エンジェはバッグを座席に叩いた。
「なんなのよあの傲慢な態度!仕事も男も全部あたしの物になったのに!ちっとも恥くないの!」
前の助手席にピンクのロリィタドレスを着ている少女が座っている。
口紅塗りに専念しているその少女は不満の叫びを聞いたら、子供っぽい甘い声でエンジェを慰る。
「リカはいつもそういう態度でしょ、知らないでもないでしょ~?男たちに好かれないのもそのせいだから~」
「好かれなくても、一番いいのを用意されたのよ!」
「そうそう、家はリカにいいものを用意した。でも、もうあなたのものになったでしょ~?それで満足してよ、うちの『食券』はまだ見つかっていないの……ああ……」
少女は嘆きながらコンパクトで顔をチェックし始めた。
エンジェは悔しそうに綺麗に仕上げられたネイルを噛みつける。
「あんな重要な任務を台無しにしたら、もうオワコンだと思ったのに。新しい任務で神農グループのCEOと繋がったなんて……しかも、あのCEOは彼女にその意があるみたい。あんな珍獣のようなものを連れ帰ったら、あたしの今までの苦労は無駄になるのよ!」
「だから、今日来たのは正解でしょ?うちを連れて来たのも正解でしょ?マサルちゃんの時と同じようにやれば問題ないでしょ?リカの頼りになれる男をみんな、横取りすばいいでしょ~」
少女は緊張感なさそうに言いながら、運転席に座っている中年男の袖を何回も引っ張った。
「早乙女おじちゃん、前髪を見てほしいの、ずれなかった?」
運転手は垂れ目の五十代男子、少女の行動に困ったように、声を出さず、ただ手を横に振った。
イズルのことと来たら、エンジェはまた別の不満がある。
「フン、あのCEOはとんでもない鈍感ものなの!死んだ母を見せたのに、追いかけを諦めるなんて!」
「あらら、お母ちゃんへの愛情が足りないでしょ?お父ちゃんやお爺ちゃんに変えてみたら?マサルちゃんの時もそうでしょ?うちがヒントをあげなかったら、エンジェも知らなかったでしょ~彼の一番大事な人は……」
「もういい!!過去の話なんて意味ない!」
エンジェは乱暴に少女の話を切った。
「彼とリカはもともと何もなかったのよ!最愛で一番大事で一番守りたいのはあたしだってマサルちゃんは言った!」
「ふふふん、そうそう。うちの異能力、『キュービットの矢』はすごいものだから~!エンジェへの愛が溢れてくるのは決まってるでしょ!」
少女は自慢そうに笑ったけど、あっという間に落ち込んだ。
「でもね、こんな便利なものなのに、なぜ自分に使えないの?使えたら、どんな彼氏も手に入れるのに……」
「普通じゃない。大体、異能力は対他人のもの。あたしの『虚像幻影』も自分に使えないじゃない?」
「それはそうだけど……ねぇ、エンジェはもうマサルちゃんがいるから、このCEO兄ちゃんをうちに譲ってくれない? 鬼畜社長やドS CEOが大好きだもん」
暗くなった少女を見て、エンジェの気持ちは少し良くなって、鼻で笑った。
「あら、まだ会ったことがないじゃない。鬼畜やドSとは限らないよ」
「写真、写真を見たのよ!資料も読んだの。かっこよくて戦争ゲーム好きで、絶対Sなの!いい子で甘え上手で守らなければならない可憐な女の子がタイプに決まっている!リカに好意があるなんて絶対間違っているの!うちの継承順位は低くて、エンジェみたいなキャリアウーマンになりたくないの。花嫁になるのは夢なの!CEO兄ちゃんはうちの花婿になったら、エンジェのために働くように説得するから!」
「はいはいはい、本当にようこちゃんのタイプなら、あ~げ~る~わ」
エンジェは笑って承諾したけど、心の中で少女のことをかなり軽蔑した。
このいつもわざとらしい甘~い口調で話す子の名前は花山ようこ。普段は溺愛小説やコミック、ハーレムゲームなどに中毒。脳内でいろんな幻想をしているらしい。
以前はリカにべったりつく妹キャラだったが、リカの「長期出張任務」が決まってから、さっそくリカの情報を自分に仕込んできた。
もともと、エンジェはリカの「長期出張任務」に仕組んだのは、リカの仕事と「男」が狙いだった。
結果的に、その男をゲットして、リカが担当していた美味しい仕事の一部も自分に振り分けられて、大満足だった。
さらに、もっと大きな幸運がめぐってきた。
つい先日、万代家は継承制度の改革を決めた。
一族のトップの座はもう長女継承ではなく、ほかの役職と同じ、争奪できるランキング制になった。リカを蹴り落せば、男や仕事だけではなく、人生勝ち組の地位も手に入れる。
能力や実績に基づたランキング計算によると、エンジェは8位、トップに挑める順位だ。
だが、彼女は全然うれしくない。
1位を占めているのは依然にリカだから。
「長期出張任務」に失敗したけど、これまでの貢献や能力の評価が高いおかげで、リカの地位は動揺されなかった。
先日、「協力者」たちに提出させたリカを万代家から追放する審議は、渡海イズルの任務によって放置された。
もう一度、自ら手を出さなければならないとエンジェは思った。
この
家庭事情がエンジェと似ているけど、向上心がなく、誰かに寄生しなければ生きていられいない性格だ。
人の恋愛感情を操られる便利な異能力「キュービットの矢」(本人が名づけ)を持っている。
自分に貢献できるなら寄生しても構わないとエンジェは思ったが、人の心は見えないものだ。
万が一に備えて、花山ようこを懲らしめる案もいくつを用意した。
「ね、ね、ねぇ――!! 見て――!!」
エンジェはいろいろを考える最中に、ようこは呼び声を上げた。
「CEO兄ちゃんはあっちにいる!!」
ようこが指した方向に、エンジェは目を向けた――
駐車場の入り口付近のでかいジープの隣に、イズルの姿がいた。
イズルはジープから降りた一人の青年と何かを話している。
まもなく、ジープから数人の青年が下りてきて、大勢でイズルにかかって、彼をジープに押し込んだ。
「どういうこと?!」
エンジェの叫びとほぼ同時、ジープは道路へ走り出した。
ようこの目はキラっと光って、運転手の早乙女の体を強く揺らす。
「追って追って追って!あの車にぶつけて!事故があればCEO兄ちゃんと運命の出会いができる!!」
「……」
早乙女は困った。安全運転を30年も続けていた彼は、事故を起こしたくない。
事故による運命の出会いはともかく、追うこと自体は問題ないとエンジェが判断した。
「とにかく、追え!」