目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

40 精神病

この話題を逸らす必要があるとイズルは判断して、さっそくあかりに日常話をかけた。

「あかりちゃんはおいくつ?学校は?」

「今年12歳。慶栄大学付属中学校の一年生」

「偏差値が高いところですね。勉強が得意?」

「得意のつもりよ。学級のトップを取ったこともある」

「すごいですね。一番好きな授業は何?」

「英語」

「英語か、洋画や洋楽とかが好き?」

「エンタメより、プログラミングに役に立つと思って頑張っているの」

(プログラミング……?十二歳の少女はプログラミングに興味がある?)

イズルはとても意外だった。

でもリカの妹だから、趣味が変なのも納得できる。

もっと詳しい話を聞こう。

リカについて何かを聞き出せるかもしれない。

「プログラミングって……複雑と思わない?」

「お兄ちゃん、あたしに気を遣わなくてもいいよ。せっかくだから、お姉ちゃんと話をしよう!」

あかりは目をパチパチして、先に話題を変えた。

(オレの目的は悟られたのか……?やっぱり油断できないな。)

イズルはさっそく笑顔で誤魔化す

「いいです。付き合いが長いから、彼女のことは大体知っている。特に話したいこともないしね」

そう、リカに話を聞くことは、猫に小判と同じようなことだとはっきり知っている。

「本当に?」

あかりはニヤッと笑った。

「お姉ちゃんは仕事中に私的なことを話さないと思うけど……もしかして、お兄ちゃんはすでに門前払いを食らって、話を聞くのが怖くなったんじゃない?だから話の合わない中学生のわたしに話をかけて、遠回りでお姉ちゃんのことを聞き出そうとしている、違います?」

「!」

(読心術でもあるのか!)

イズルはしゃきっと背中を伸ばした。

やはり、この子は普通の子供じゃない。

読心術の異能力を持っているかもしれない!

「お姉ちゃんは綺麗で有能ですから、話をかけてくる軽々しい男はたくさんいますよ。でも、大体会話三行程度で引くの。どれもお姉ちゃんからメリットをもらうために来たから、お姉ちゃんはちやほやで落とせない女子だと気付いたら、すぐ尻尾を巻いて去るの」

「……」

媚びを売る子犬設定はなぜリカの反感を掻いたのか、イズルはやっと分かったような気がした。

それとは別――あかりの言葉からすると、リカは彼氏も親しい関係の男性もないようだ。

イズルはどこか嬉しい気持ちがあった。

「でも、お兄ちゃんは逃げずに遠回りしてまでお姉ちゃんのことを聞き出そうとしたから、とりあえず、そこらへんのクズ男と違うのを認めます。特別に助言をあげます!」

「……」

(まあいい、リカの妹だから……)

イズルはとにかくあかりの微妙な言い方を無視して、その助言に期待した。

「今から岸辺に上がるまでの時間はいいチャンス、気になることがあったら聞いてみて!」

それを言ってから、あかりはリカを抱きしめて、彼女の太ももで横になった。

「昨日、夜遅くまで資料をチェックしたの。ちょっと眠い」

「ごめんね、休んでていいよ」

風を遮るように、リカは手をあかりの額に軽く置いた。

あかりは目を閉じて、安心しそうに眠りに入った。


(ボートを乗りたいじゃなかった?なぜオレに質問時間を与える?)

あかりの目的が分からなくて、イズルはしばらく様子見をした。

船はゆっくりと湖の中心に向かっている。

イズルもじっくりとリカとあかり姉妹を観察した。

リカの目は静かで、優しさが満ちている。少し心配な色も見える。

自分と対面する時の彼女とまるで別人だ。

いいえ、一度だけ、似たような顔を自分に見せたことがある。

あの何とか妖怪の刻印反噬で倒れた自分を慰める時。

毒舌で不可解な石頭の暗黒令嬢だけど、心はまだ人間……いや、その言い方はさすがちょっとひどい……硬い殻の後ろに柔軟な部分が隠されているというべきか。

(隠されている……?!)

イズルはピンッと来た。

(まさか、リカは……)


「似ていないのは、血縁関係がないから」

いきなり、リカのほうから声があった。

「!」

リカは眠っているあかりを見つめながら、囁くように話した。

「あかりはもともと孤児だった。祖父は彼女の養育費を支払っているから、祖父の苗字を使っている。でも、法律上の引き取り手続きはない」

「養育費を支払っているのに、なぜ引き取りしなかったんですか?」

「それは、家のルールだ。特別な事情がないかぎり、拾われた孤児たちは家の専門機構が育つ」

「家……」

(万代家のことか? リカの祖父は天童大宇だから、あかりの苗字は天童だよな……)

(そういえば、リカは普段も苗字を使わないようだ。契約でも書かれていない。)

「血がつながっていなくても、仲がいいですね」

「彼女を助けたことがあるから」

「宿題とか?」

「精神病の治療」

「……冗談だろ」

イズルは信じられない。

確かに変な子供だけど、成績優秀で小悪魔の観察力を持っている。精神に病があるわけがないだろう。

リカは静かに目線を上げて、真剣にイズルの目を見つめて続けた。

「彼女が精神病になった原因は、あなたが経験したばかりだ」

「?!」

「あの夜、あなたを襲ってきた女の名前はもう知っているでしょ」

いきなり本番の話題に入って、イズルも気を引き締めた。

慎重に頷いて、あの肝心な単語を口にした。

「……砂浜エンジェ――『万代家』の人ですね」

「エンジェの異能力は、一定時間の中で、指定した人の目の中で、別の誰かになること。でも、指定された人以外の人から見れば、彼女の姿が変わらない。彼女の能力の本質は、特定な人に対する精神干渉だ。あかりの周りに、様々な精神干渉能力を持つ人がいる。でも、あかりは何の異能力もない。両親もいない。異能力を試したい奴らにとって、都合のいい実験体だ」

「!」

イズルは気付いた、リカの目はだんだん怒りの色に染められた。

「あかりに出合った時、彼女はもうかなり長い間に実験体にされていた。笑っているのに、いきなり泣き出す。突然に怒って、突然にぼうっとする。時々部屋に籠って誰にも会わない、時々意味の分からない話をしゃべり続ける……唯一救いになったのは、勉強好きなところ。勉強に集中する時に、辛うじて理性を維持できる。でも、そのいい成績は逆に嫉妬を招いた。学校では変な子供に扱われ、友達がほとんどいなかった。万代家は多くの孤児を養育しているから、将来の見えない子供や、壊れた子に救済を与えない主義だ」

「……想像もできませんね。あんなに明るく笑っているのに。頭もいい、悩みなどないように見えます」

イズルは複雑な目であかりを見る。

万代家のすべてを粉々に砕けるのは彼の本望。だが、この子は罪がない、むしろ同じ万代家の被害者だ。

「私はなんとか異能関係の医者さんを見つけて、あかりに治療を受けさせた。彼女が受けた精神的なダメージを一つ一つ見つけて、治癒方法と防御方法を探していた。一年半以上をかけて、やっと精神の安定を取り戻させた」

「……だから、反噬を消す方法を知っているのですか?」

「……そう」

リカは頷いた。

「それから、私は精神系の力を乱用する人たちに脅迫した」

「それなら想像できます……」

イズルは頭の中で、リカの死神姿を描いた。

「また、信頼できる道具系の異能力者に頼んで、異能力のないあかりでも使える護符や法具を作ってもらった。対抗の力を身に付けば、卑怯者たちも簡単にいじめに来ない」

「法具?あのエンジェが使った宝石のようなものですか?」

「そう。どれもコスト高い。たくさん作るために借金までして、返済に一苦労をした」

「…………」

(もしかして、それはオレに大金を要求した真の理由なのか……)

イズルはまた一つの謎を解けたようなが気がした。

それに、これはいい「商売」のきっかけかも知れない。

狡猾な商人の遺伝子が働いて、イズルはその隙に突っ込んだ。

「お金のことなら、お力になれます。困ったらいつでも言ってください」

「力になってほしいことがあるけど、お金ではない」

「なんなりと……」

イズルは微笑みでリカの続きを待つ。

リカはイズルの目を直視し、答えを出す。

「欲しいのはあなたの『力』、異能力だ。あの夜、エンジェの攻撃を防げたあの力」

「!!」

(来た!)

イズルの心臓は重く跳んだ。

想像した形と違うけど、リカから肝心な一歩を踏み出された。

あの力はまだうまく使えないなど、本当のことを言うわけがない。

どんなことを望まれても、答えは「承諾」だ。

でも、無条件な「承諾」ではない。

「こんなこと、信じてくれるかどうか分からないけど……」

リカはまだ何かを説明しようとしたが、イズルは答えに急いだ。

「信じます!」

イズルはリカの片方の手を握って、真摯な顔に純粋な眼差しを返した。

「リカさんの言葉なら、なんでも信じます。必要とされた以上、貴女に失望させません。なんでも言ってください!」

「……」

その前向きな態度に、リカは動じなかった。

「結論を早まらないほうがいい。後で後悔になっても遅い」

「何か心配ことでもありますか?」

リカはため息をついて、答えを呟いた。

「あなたの知力……」

「……」

イズルは沈黙した。

リカの発言はいつも彼の予測外のものだ。

明らかに、リカは彼への不信感がとても強い。

目的が疑われるのは承知の上だが、頭まで疑われるなんて、理不尽すぎる。

「オレのこと……本気に馬鹿だと思っている?」

しばらくしたら、イズルは器械のように聞き返した。

リカはその質問を無視して、湖の向こうの岸辺に指さした。

「信じるかどうか、返事するのは事実を見てからも遅くないわ」


イズルの純粋な少年顔を見るたびに、リカは心の中でため息をつく。

証拠も直感も、彼はバカでないと語っているが、その幼稚な顔と大根みたいな演技は本当に呆れる。

家族の死でおかしくなったという青野翼の話は全部嘘ではないかもしれない。

あの様子で万代家で生きて行けるかどうかは疑問だ……

世話をするのは大変そう……

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?