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45 心を貫く矢


夜18時、リカはイズルの言われた通、リービングのテレビの前で地方テレビのニュースを待っていた。


まもなく、暴走した車が製薬工場に突入したというニュースが流された。

映像の背景となったのは今日の製薬工場。

工場の前に、パトカー三台が止まっていて、警戒線が張られている。

軌跡三人がいきなり入ってきて、「助けて」、「暴走した」、「間に合わない」など曖昧な言葉を叫びながら警察たちを工場の外に引っ張ろうとした。

続いて、イズルの車は飛んできて、アクション映画のように警戒線を破って、製薬工場の中に突入した。

画面の角度から見れば、製薬工場の監視カメラで撮られた映像のようだ。車が花壇と倉庫にぶつかるところは撮影範囲外だった。

「警視庁捜査一課は暴走した車の通報を受けて、工場の周りに警戒線を張って止めようとしたが、準備の最中に車は猛勢いで工場に突入しました……」

「……」

映像は事実そのものだけど、報道は別物になっている。

「偽物の警察は工場を封鎖したが、イズルの車に破られたこと」から

「本物の警察は通報を受けて、暴走車両を止める話」になった。

それに、捜査一課とはどういうこと?

続けを見たら、イズルはインタビューに登場した。

車のブレーキが壊れたことと、友達に頼んで通報をしたことなど偽りの経過を語っていた。

「おっ、ちょうどいいところだ」

ニュースが終わった頃、イズルはリービングに入った。

冷房を二度下げて、リカの座っているソファの後ろに立った。

「このフェイクニュースはあなたの仕業なの?」

リカに聞かれた、イズルはちょっと自慢そうに微笑んだ。

「いいできだろ。おっちゃんはフリーランスのエディター。たけしは以前テレビ局で働いて、台風現場の報道をよくやっていた。後輩に声をかければ、ニュース一本を入れるのは安い御用だ」

「なるほど……」

リカは小さくうなずた。

「蜃気楼」というのは、フェイクのことか。

人は見かけ寄らず、イズルの友達もただの遊び脳ではないのようだ。

「このフェイクニュースを作った目的は?」

「目には目を、歯には歯を」

イズルの口もとにちょっぴりと笑みが浮かんだ。

「さっき、捜査一課に感謝に行った。オレを救った『警察』たちは自称捜査一課の人と警察たちに教えた。すると、どうなったと思う?日野警部は大怒りで机を叩いた。偽物の警察を必ず逮捕するとって」

喋りながら、イズルは笑い声を漏れた。

「本当に、悪いことをしたな。日野警部はいい人だ。オレ一家を巻き込んだ爆発は事故じゃないと彼はずっと主張していた。今回も、ブレーキは壊されたのかもしれない、オレを殺そうとする人がいると疑ってくれた。だから――

これから調べられるのは工場のほうじゃない、偽物の警察たちだ」

きれいな焦点移転。

やり方はちょっとあれだけど、相手はまともなものではない以上、そうするしかない。

リカは心の中で、イズルの対処を認めた。


「蜃気楼」という指示を出すのは工場に着いた頃。

もしも、その頃にすでにこの対処を考えたら、イズルの頭の回転スピードは恐ろしいほど早いと言えるだろう。

どのみち、彼はすでに甘えん坊CEOの皮を剥がして、本当の姿で自分と向き合っている。


「そう言えば、監視カメラに残ったほかの映像は大丈夫?偽物警察が離れる映像がないのはおかしいでしょ」

リカは心配ことを思いついて、イズルに問い続けた。

「壊された」

イズルはズルそうに笑った。

「オレは映像をコピーした後、工場に置いてある元の映像はすぐ誰かに壊された。きっと悪い人の仕業だ」

「車は?ブレーキは本当に壊れたの?」

「ついさっき、爆発した。きっと悪い人が証拠隠滅のためにやったんだ」

「悪い人は誰だ……」

リカは採点スマホを出して、その頭の回転に加点すべきか道徳心に減点すべきか悩んでいた。

その時、採点スマホがいきなり後ろから取り上げられた。

「!」

イズルは腰をかがめてリカの耳元で囁く。

「どう?オレはどんな人なのか、もう分かった?」

「……」

リカは知っている。

イズルは腕をアピールしている。

万代家で、自慢好きな青年は少なくない。

一刻も早く出世するために、ちょっとした功績を誇称し、恥を捨てて媚びを売って、大口を叩いて、権力者からのオファーを待っている。

あの人たちと比べて、イズルの能力は本物のようだけど、彼の欲しいものは、あの人たちよりずっと厄介だ。


イズルの目から優雅で危険そうな光が放たれた——

「オレは甘えん坊でも花畑脳でもない。もっとオレを見てくれ。オレはお前が想像した以上の価値がある。相応しい身分をくれれば、お前に役に立つものをなんでも提供できる。ただの部下だったら、オレはそれほどのことをする義務はない」

「相応しい身分、というのは?」

リカは慎重そうに聞いた。

「お前にどんな特別な援助を提供してもおかしくない身分がほしい」

「神農グループは万代家の長年のパートナー。いわゆる家の『公共資源』だ。上層部から直接に目をつけられている。私の部下になっても、私一人に特別な援助を提供するのは不可能なこと」

「だから、お前と公的な上下関係ではなく、プライベートの関係を作りたい」

イズルはチェシャ猫のように笑った。

「プライベートの関係?」

リカはいまだ彼の意図が分からない。

「偽物でもいい、例えば、お前の婚約者として入れば、お前にどんな援助を提供してもおかしくないだろ――」

その一瞬、リカの頭の中で、イズルの今までのたくさんの不思議な行動が一本に繋がった。

そういうことのためか……

「私の何かを誤解したのか、誰かに変な風を吹き込まれたのか分からないけど、私に特別な援助を提供しても何の返しもできない」

リカはきっぱりとイズルの提案を断った。

「洞窟で言った条件はすべてだ。私はそれ以上のことを望まない。あなたもそれ以上のものを提供する必要はない」

「だが、『ほかの条件を言っていい』とお前は言った」

イズルは眉を顰める。

「プライベート関係は論外よ」

「……」

「オレの提案を断ったら、お前のために力を使わないと言ったら?」

「それは仕方がない。私はほかの方法を考える。でも、それでも、あなたは万代家に入ってもらう」

「……」

リカはいつもより断固な態度を取った。

(どういうことだ……)

イズルは完全に拒絶された気分で、ますます困惑する。

自分の力が欲しいと言ったのに、なぜ有利な提案を断る。

自分のことを信じきれないとしても、偽物の関係を作っても損はない。利用し合うのは暗黒家族、いいえ、世界の生存法則だろ。

演技ではなく、本当の姿、持っているものを見せたのに、なぜ認めてくれない、なぜ本心をも見せてくれない。

一体何を望んでいる……?

一体どこがダメなんだ……?

このままでは、いつ復讐できるんだ!

「推薦入族の資料を取りに来る。それを読んでおいで、明日は……」

リカは手を伸ばして、イズルが掴んでいる採点スマホを取り戻そうとしたら、イズルはスマホを捨てて、リカの腕を掴んだ。

「いい加減にしろ……」

「?!」

「何もかも、一人で決めるつもりか?お前のとこで、オレは人権というものはないのか?」

イズルは顎を下げて、視線を前髪の影に隠した。

「もう選ばせたでしょ。生きるか、死ぬか」

「それで選ばせたつもり?詳しい説明もないのに」

リカは少し間を開けて、淡々とした口調で聞き返した。

「説明したところで、この『万代家の長女』の私を信じてくれる?」

「!」

「あなたはあくまで復讐のために動いている。私はその復讐のための渡橋に過ぎない。私は何を言っても、あなたにとっとそれは敵の言うこと。そんな無駄な説明が要らないと判断しただけよ」

イズルの手は震えた。

リカの冷たい言葉は標的の中心を打ち抜いた。

二人が交渉する基本的な前提条件――信頼というものは、最初からないんだ。

知ったことだけど、やはり、どこが悔しい。

「それでも、オレを万代家に入るだろ?なぜなら、オレの力がないと、お前は継承人の座から追い払われるかもしれない、だろ?」

「継承人の座はどうでもいい。私は別のことのためにあなたの力が欲しい」

「別のこと?」

「あなたと関係ないことだから、その力を貸してくれればいい」

「……お前にとって、オレは道具人間か」

「道具になっても働くのが一回だけ、その後あなたは自由だ」

「……」

リカの表情一つも変わらない顔を見て、イズルは混乱した。


だめだ。

こいつは何を固執しているかさっぱり分からない。

というか、自分が何に固執しているのも分からない。

復讐をするために、万代家に入る――この目的はもう達成と言える。

復讐のための資源が足りないとはいえ、交渉難航な場合、一旦引いて、後日にあらためて試せばいいのに。

リカとの関係や、彼女の評価を気にする必要がないじゃないか。

でも直感が妙に語っている、ここで引いて、すべてリカの言う通りになったら、何かが終わる。

その何かはなんなのか……知っているつもりなのに、はっきりとした答えがでない。

なぜか、リカと会話する度に、脳細胞が大量に死ぬ。


刹那の間に、イズルの頭に様々な考えが走った。

やがて、思考の道路が耐えられなく、一本の神経が切れた。


「使い捨て?ひどいな」

イズルは目を細くして、軽く冷笑した。

そっと手を上げてリカの頭をなでなでした。

「!」

「オレの知力を心配すると言ったことあるだろ?だったら、オレにも言わせてくれ。お前の社交能力と感情表現能力を心配しているんだ。万代家のほかの人がグルになってお前を陥れるのも納得できる」

「!!」

リカは心臓が大きな針に刺さられたような感じがした。

反射的にイズルの手を強く振って、二人の間に距離を作った。

「やっぱりそうだったのか」

イズルは邪気な笑顔を作った。

「オレもいろいろ知っている。万代家はオレの力を必要としているが、別に、お前経由で入る必要はない。お前がオレの条件を断ったら、俺はあの妖怪とかと手を組めばいい。あの妖怪なら、喜んでお前以上のいい条件を出すと思う」

リカは一度目を逸らしたけど、またすぐイズルと見つめ合う。

「それもあなたの自由だ。私は干渉する権力がない。ただ、私のために力を使ってほしいことは変わらない。改めてお願いする」

イズルは少しリカを凝視してから、わざとらしい笑い声を漏らした。

「表情がすごく嫌がっているのに、なんではっきり嫌と言わないの?オレの知力では、お姫様の深い考えを悟るのは無理だ。はっきり教えてくれないと、オレは自分価値を疑って、道具になる自信がなくなるかもな」

「それであなたのくだらないプライドが満足できるなら」

「……」

この期に及んで、毒舌は相変わらずだな……

イズルはどこか参った。

しかも、相変わらず図星だ。

イズルは自分でも気づいている。

彼は「くだらないプライド」のために、リカの失敗した過去の傷口を掘った。

でもリカは目を移さないまま彼の望んだ通りに答えた。

「そう。嫌よ。また彼たちに仲間を取られ、彼たちの計略で仲間を失うのが嫌なんだ。あなたの力は私の希望。それを失いたくない」

「……」

イズルにとって、それは意外な答えだった。

「仲間を、失った?もしかして、オレの力を必要とするのは、仲間のためなのか?」

「……」

リカは沈黙で認めた。

イズルは正しい主張を言ったつもりだけど、リカのまっすぐな目を見て、すっかり悪いことした気分になった。

一度ため息をして、イズルは挑発的な口調を捨てて、真面目に続けた。

「お前は万代家ではどんな風に人扱いをしていたのか知らないが、オレは道具じゃない、ちゃんと心と思考能力を持つ人間だ。本当にオレを動かせたいのなら、そのくらいは教えてくれ」

リカもまた何かをあきらめたように、素直に答えた。

「あなたの力を必要とするのは贖罪のため。仲間たちを死に場所に導いた、私の贖罪のために、あなたの力が欲しい」

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