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第十章 スピード恋愛は受け付けない

46 和解

イズルはベッドで仰向きになったまま会社のレポートを読み終わった。

リカの対応がこんなに疲れることとは思わなかった。

自分にあんなに追い詰められても、リカは妙まことだけを言い放って、肝心なことは何も教えてもらえなかった。

――

「今教えられるのは、あの女が言ってたことが本当よ。私は人殺し同然のことをした」

――

毒舌で石頭、融通のない、思考回路は理解不能な暗黒令嬢とはいえ、襲撃から自分を守ろうとした、刻印反噬を解いてくれた、優しく妹を見守っていた……

人殺しのようなことをするわけが……

いきなり、エンジェの尖った叫びが頭の中で響いた。

——

「あんたの家族の死因を知りたくない!?犯人が分かるわ!」

「犯人は……リカだ!すべては彼女のせいなの!彼女は家族の秘密任務に失敗して、その秘密を漏らしたの!だから、あんたの家族はその秘密を知った!万代家はあんたの家族を殺さなければならなかった!復讐するなら、リカを先に殺すべきなのよ!」

――

それとも、やはり「万代よろずよ家の長女」のリカを甘く見たのか……?


威張ってエンジェと手を組むとリカに言ったけど、母を利用した人とは到底組めない。

でもリカの信頼を得られない以上、万代家に入っても、当初予定の「協力関係」になれないし、復讐のための資源をもらえない。

一体どうすれば……


スマホを握りしめたら、ふいと、父の教えが頭から浮かんできた。

「ビジネスの交渉をする時に、騙しあい、虚勢張り、針小棒大などは珍しくない。お互いにも相手の狡猾さを知っている。自分と同じ、もっと多くの利益を望んでいるのを知っている」

「だけど、どのくらいの偽物を見せても、一つだけ、本物でなければならない」

「相手と協力し合う意欲――協力したい心は本物でなければならない。そうでないと、最初から交渉の意味がない。どれくらい綺麗なことを語っても時間の浪費だ」

イズルは父の話を吟味した。

しばらくしたら、髪と服を整えて、リカの部屋に向けた。


リカのパソコンでイズルが作ったフェイクニュースが流されている。

確かに、イズルの言ったように、彼は小学中退のドラ息子ではない。

彼の才能と資源は自分の不足を補える。彼の助けがあれば、万代家のトップを争える。

しかし、彼の異能力以外にリカはなにも欲しくない。

それを得るために、彼の家族の不幸の真相を利用して、彼を釣ろうとした。

そんな悪質なやり方だけど、イズルは怒るどころか、もっといい条件を交渉しに来た。

彼が万代家に入ってやろうとすることは明白、復讐のためだ。

彼の望んだものを提供できないと正直に教えたけど、イズルは納得できなかったようだ。

嘘な承諾をして、とにかく彼を取り込むのはできなくもないけど、リカは口だけの綺麗事が死ぬほど嫌いだ。

偽物なら、必ずバレる時が来る。相手はもっと失望する。場合によって、相手に取りつかない損失をさせる。

リカは知っている。そんなことを気にする自分は万代家の継承人として不合格だ。


そして、イズルの言ったように、エンジェやほかの人なら彼の思うままの条件を承諾するだろう。

エンジェは他人の欲望を正確的に把握し、協力者のふりをして、自分の欲望のために他人をうまく利用する;

ようこは勢力の強弱に鋭い、強者の庇いを得るためにプライドを捨てられる、おねだり上手;

マサルは八方美人、自分の見せ方を知っていて、有能で魅力的なイメージを作れる……

どれもリカより人脈作りに優れている。

自分のような社交性のない人間より、イズルは彼たちと気が合うだろう。

彼たちと組んだほうが、イズルの目的も早く達成できるかもしれない……


でも……

リカは密かに拳を握りしめる。

心の底のどこかでまだ信じている。

奴らに一度断崖絶壁に追い込まれた自分はまだ挽回の力がある。

一人になった自分は、まだ奴らのない何かを持っている。

心を背けるようなことをしなくても、「仲間」を得る資格がある。


リカはぼうっとスクリーンを見つめていて、いろいろ考えていたら、ドアからノックの音がした。


ドアはロックをかけていない。

わずかな隙間を通して、リカは外のイズルと目が会った。

イズルは小心翼々と扉を押し開けて部屋に入った。

先ほどの鋭くて、狡猾な顔がどこかに消えて、大人しくて忠実な番犬のような表情でリカの目を見つめて、口を開いた。

「さっき、悪かった。お前の言った条件で入るから、あの資料とかをくれ」

「!」

リカはその態度の変化にすぐ反応できなかった。

イズルは空いている椅子をリカの向こうに置いて、リカと対面で座った。

「今夜は書類を済ませて、明日はその洞窟に行って、入族の儀式をやればいいだろ」

「……」

リカはイズルの従順そうな目を見つめて、三秒くらい沈黙したら、彼にゆっくりと手を伸ばした。

「!」

その手の接近によって、イズルの心臓の鼓動が不思議に早くなった――

頬に触れると錯覚したら、その手は横になって彼の額を覆った。

「……」

その動きの意味は言うまでもない。

イズルはせっかくついた真摯な決心が侮辱された気分になった。

「ちょっと待って……」

リカは困惑そうに、机の引き出しから何かを出した。

資料ではなく、血圧計だった。

それは、「医師の嘘」が出た後、わざわざ用意したものだ。

「お前、わざと……?」

もうこれ以上の侮辱を我慢できず、イズルは声を沈ませて説明した。

「今のところ、お前の言った条件で入る。だが、オレは交渉の権力を保留する。状況が変わったら、またお前に新しい要求を出すかもしれない。その時また話そうということだ」

「なるほど……そうだよね。状況が変わらない保証はない」

そういうことなら、態度の変化にも納得できるとリカはうなずいた。

「だから、まず今の条件をクリアしよう。オレの家族の真相を教えてくれ」

イズルが本気だと理解したが、リカは目を少し逸らした。

「……入族の前に教えられない。あなたの家族は万代家の機密を知ったから殺された。その機密は、万代家内部でも、直接にかかわる人しか触れられないものだ。あなたは私の部下として入らないと、それを教える言い訳も作れない」

リカの説明を聞いて、イズルは今まで一番長いため息をついた。

「つまり、入族の前にオレはそれを知ったら殺される危険がある。お前の部下にならないと、お前はそれをオレに教える言い訳がない――そういうことだったら、早く言えばいいのに――オレの血圧より、お前の表現能力を何とかしろよ」

イズルは頭痛したけど、ふっと気づいた。

リカの最大の問題は、その猪突猛進な話し方かもしれない。

結論だけを言って、その結論に至る過程を全部省略する。

だから不可解に見える。

暗黒家族の頂点に立ったお姫様の悪いくせだろうが、リカはそれを変えるつもりがないなら、自分から工夫しなければならない。

一応、手を組めると決めた「パートナー」だから、うまくコミュニケーションができないと後々面倒なことになる。

そういえば、リカが理解している二人の関係は、上下関係ではなく、パートナーだよな……


リカのガイドでイズルは入族資料を書き終わった。

ペンを置いて、イズルはさっきから気になることを口にした。

「確認だけど、お前は言っただろ。上司と部下は名義上のもの、つまり建前。オレとお前は上下関係ではなく、平等な『パートナー』関係、その認識で問題ないよな」

「ええ、問題ない」

リカはうなずいた。

「ならいい。パートナーだから、オレの考えを教える」

イズルもその答えに満足した。

「お前は偽物の警察が落合おちあいの人だと言ったが、あいつらは妖怪の名前を白状した。何か裏があるかもしれない。オレはあの妖怪を引き出して、話を聞こうと思う」

「いいえ、それは私の勘違いだった。さっき調べたところ、エンジェは昇進した。新しい権限を手にいれて、一つの小隊をもらった」

「ほぉ、昇進か?」

イズルは片方の口元を釣り上げた。

「それならちょうど調子に乗っているところだろ。手をかければ、オレへの企みを丸出すかもしれない。それに、オレの家族を利用した代償も払ってもらわなきゃ」

「エンジェを甘く見ないで。彼女は継承人順位で8位も取っている。新人が上位の継承人を狙うと家に厄介視される」

イズルの計画を聞いて、リカはなぜかよくない予感がした。

「心配するな。彼女に何もしない。オレは根を持つタイプだけど、恩もちゃんと覚える。お前に迷惑をかけない」

「私はあなたになんの恩が?」

リカは戸惑った。

「あの妖怪が襲ってきた夜……」

「それは数えなくていい。結局あなたの力で二人も救われた」

「……」

自分を救ったのに恩を売らない。

つまり、それはエンジェ撃退のついでのようなことか。

イズルは心のなかで苦笑した。

(オレの命は安く見られたようだな。)

「お前からみればなんともないかもしれないが、オレは覚えておくよ」

イズルは穏やかな笑顔を見せた。

その話が媚び売りではないとリカは分かる。

だから、複雑な気分になった。

(それだけのことで、恩にならない。もともと、私のせいであなたの家族が……)


その夜、万代家主催のパーティーでクライアントと情熱な会話を交わしているエンジェのところに、イズルの連絡が入った。

内容を見たエンジェは、バラ色の唇を嚙み締めた。

「あたしの人を取りに行く?あのクズ男、何を企んでいる……?」

隣からようこと二人の青年の談笑が届いた。

「アハハ、やっぱりだいちゃん先輩は一番いい先輩だよ!」

「おいおい、話はおかしいぞ。この前、俺のことを『いい先輩』と言ったろ?大ちゃんは『一番いい先輩』だったら、俺はその下になるじゃないか?」

「間違いねぇ!ようこちゃんは正直者だな!」

「あらら、小野先生はそっちにいるぅ!もう1っか月も会っていないの!うち、挨拶しに来る!お二人はまた後でね!」

二人の青年が張り合い始めたら、ようこは満足そうにほかの目標に移動した。

でも、次の目標に着く前に、エンジェに呼び止められた。

「役に立たないチンピラ釣りをやめなさい。仕事が来たのよ!」

お酒とおだてを楽しんでいる最中に、エンジェに厳しく命令されて、ようこは不満に膨れ面を作った。

「うちもお金持ちで優しくてカッコよくてわたしの言いなりになる溺愛花婿を釣りたいのよ!そんな相手が滅多にいないでしょ?うちの異能力は自分に使えば、こんな貧乏小僧たちとつるむわけがないでしょ!」

「そんな相手が来たのよ!あんたの鬼畜CEO兄ちゃんから連絡が来た!」

「あのイズルのこと?うひひぃ、あのダサい格好はCEOの名に相応しくないの!乙女心をめちゃくちゃにしたのよ!」

イズルの狼狽な姿を思い出すと、ようこは汚いものでも触れたように、手で腕を何回も払った。

「あたしの話を聞け!」

エンジェは大声でようこの反論を抑えた。

「やつの底力を試すために、雑魚をやつのところに行かせたのよ。けれども、彼は雑魚たちを捕まって、あたしを脅迫しに来たの!クズ男だけのことがあるわ」

「だから、雑魚でしょ~気にする必要はないでしょ~放っておけばいいでしょ?」

「雑魚はどうでもいい、けれども!彼には『能力』があること、忘れていないよね」

エンジェは軽蔑そうにようこを睨んだ。

「彼とリカが無事にあのビルから出たところを見たのはあんたでしょ?あたしの法具は上級の異能力者の攻撃法術にも匹敵するものだわ。彼は本当に高級霊護の能力があるかもしれない。リカに先を走らせるわけにはいかないわ!」

「うん、だから……?」

ようこはやる気なさそうにあくびを呑んだ。

エンジェは顎をあげて、新しく染めあげた紫の髪をさらっと払った。

「行ってやるじゃない。そして、彼に『帰らせたくない』と言ってもらうわ」

「あらら、ハーレムメンバーがまた増えるのね?おめでとう――」

エンジェの意味が分かって、ようこはつまらなさそうに苦笑いをした。

「これで何人目?皇后はまだマサルちゃんなの?」

ようこが皮肉を言っているのがエンジェは分かってる。

でも、自分の前で、ようこが不満があっても皮肉しかできないのも分かる。

嫉妬されることは勝ち組の証明、むしろ誇りだと思う。

エンジェは限定品の口紅を出して、唇でちょいっと擦った。

「それは、彼自身の努力次第だわ。あたしは常にもっと自分に相応しい優秀な男を求めているから」


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