翌日。
晩御飯を済ませた後、イズルとリカは再び高霊山の洞窟に訪れた。
今回は白鳥ボートではなく、ちゃんと車で来た。
リカは扉を閉めて、昨日のメダルを石の講壇に嵌めた。
二人はそれぞれ片方の勾玉の図形を抑える。
メダルと講壇が共鳴し、講壇の赤い光は柔らかいヒスイ色に変わった。
二人はそれぞれ名前と希望条件を述べて、最後に、一緒に「締結」という言葉を話した。
すると、二つの勾玉の穴の部分から一筋の光が放たれて、二人の手を貫いた。
イズルはチクッと手が刺された痛みを感じたが、不思議に、手になんの傷も残っていない。
ただ、目の前のメダルと講壇の色は深い血の色に変わった。まるで血を吸いたみたい。
しばらくして、メダルと講壇の光が消えて、共鳴も止まった。
リカはメダルを二つの勾玉に分けて、自分が触ったほうをイズルに渡した。
イズルは勾玉を手にして、興味津々に観察した。
「これで終わった?これはどういう仕組み?科学か?それとも神秘学?」
「分からない。一部の法具を作る技術は機密。七龍頭と製作者以外、誰も詳細を知らない」
「企業機密か、面白そうじゃないか」
「これで契約完了。あなたはもう万代家の人だ。ついてきて」
リカは勾玉をポケットに入れて、講壇の下で何かを押した。
すると、洞窟の行き止まりの壁はさらに後退して、横の壁に通路の入り口が現れた。
「!」
隠し通路は何重もあるのか。さすが暗黒家族だ。
イズルは心の中でちょっとだけ感服した。
「これは……?」
「異能力を刻印する『聖地』への近道」
「異能力を……!」
イズルふっと気づいた。
リカが淡々に呟いたものは、とんでもない重要な情報だった。
「異能力を刻印する場所?!」
「そう」
リカは何でもない顔で応答したら、率先して通路に入った。
イズルは慎重に歩きながら環境を観察した。
通路は長くて、曲がりくねる。壁と床は全部何か合金のようなものでできたようで、かなり頑丈そうに見える。
壁の所々に薄暗いライトと換気口っぽい小さな穴がついている。
救急箱と緊急避難の小屋までいくつあった。
おそらく、山体を貫いて掘ったのだろう。
神農グループは高層ビル作りに長けているように、万代家は穴掘りに長けているのかもしれない。
安全を確認したら、イズルはリカに質問した。
「異能力を『刻印』するって、異能力を手に入れること?」
「そう。生まれつきの異能力を持っていない人でも、一定な条件が満たせばそれを身に着けられる。外部の条件として、霊力を集められる特別な場所と集めた霊力を操作できる施設が必要。この高霊山は、霊力を集められる場所。自然からだけではなく、人間たちの霊力も集められる。だから、万代家は財力を惜しまずここに注力していた」
「なるほど……そういうことか」
万代家はここを選んだ理由がやっと分かった。
でもその同時に、イズルは疑問も浮かべた。
「そういえば、お前は『刻印』しなかったのか?」
異能力を手に入れるのに、リカはなぜ「刻印」で手に入れなかった?
異能力がないと、継承人としてまずいだろ。
「しなかった。『刻印』は体への負担がとても重い。副作用とか今だ不明。『刻印』したところで、力を手に入れる保証はない。獲得できる能力も選べない。まったく予測できないものだ」
「天井のない悪質ガチャみたいだな」
イズルは仰天した。
「天井のない悪質ガチャ?」
「まさか、ゲームガチャも知らないのか?どの時代の人?」
リカは足を止めて、冷徹な目線でイズルに振り向いた。
「冗談だ……」
通路の寒さとリカの目線の寒さに挟まれて、イズルは思わず震えた。
リカは身を翻して、先を続ける。
「それに、『刻印』で入手した異能力は常に反噬が伴っている。エンジェのように法具や術を使って、その反噬を他人に転移することもできるけど、多くの人はそれを回避する能力も財力もない、自分で異能力の代価を背負うしかない」
「生まれつきの異能力は反噬がないのか?」
「ないと言われている」
「オレの能力は、生まれつきのものだろ?」
正直、イズルはまだ自分の能力に確信を持っていない。
本当の力を発揮したのは家族の遭難の時と、エンジェの襲撃の時、二回だけだった。
青野翼は明らかに彼の力に興味を持っていない。特訓効果もかなり怪しい。自分の体より大きいなバリアがなかなか作れない。
こんな中途半端な力、なぜ万代家に見込まれたのか、実に謎だ。
「生まれつきのものだと思う。少なくても、私が知っている限り、『刻印』で同じような力を獲得した人はいない」
「同じような力、とは?」
「守護系の力――
刻印で獲得した力は、大体攻撃系のもの。身体能力の強化とか、精神操縦とか。防御に使えるものはほとんどない。万代家では、守護系の力を持つ人は圧倒的に不足だ」
「皮肉だな……」
自分を嘲笑うようにイズルは呟いた。
守護系の力なのに、家族を守れなかった。
しかも、家族の死をきっかけに覚醒したものだ。
響きのいい通路だから、イズルの小さな呟きはリカの耳にも入った。
「何が皮肉?」
「なんでもない」
イズルは笑ってごまかして、また質問をリカに投げた。
「で、これからあの『刻印の聖地』で何をする?」
「刻印の聖地に行かない。その隣の場所に行く。そちらはあなたの家族と関係ある場所」
「……なるほど……さっきのは暇つぶしの話だよな」
異能力云々で盛り上がったイズルのテンションが少し落ちだ。
リンゴを散々議論した結果、梨を買ったみたいな微妙な気分になった。
「暇つぶしの話ではない。異能力の刻印は、万代家の人としての常識だ。早めに知っておいたほうがいい」
「オレへの常識教育か、もっとひどく聞こえるけど」
イズルは苦笑した。
「そんなつもりはない。あなたの理解の方向に問題があると思わない?」
「オレもそう思う。小学中退のレベルしかないから」
イズルはいたずらっぽく笑った。
「だから、悪口を言っていない場合、教えてくれると助かる。オレのくだらないプライドも傷つかなくて済む」
「……」
リカは沈黙した。
こういう自虐的な冗談話にどう返事すればいいのか、彼女はよくわからない。
ただ、どこかで痒みを感じて、クスっとほんの少しだけ笑い声が漏れた。
通路はずっと緩やかな登坂だった。
十五分くらいで二人は出口についた。
リカは壁にあるスイッチを押すと、石模様の扉が横へ移動し、出口が現れた。
出口の外は茂る枝に隠されている。
二人が出たら、リカは枝を元の位置に戻して、扉は自動的に閉まった。
さらに10分くらいの森路を抜けて、やっと広い空と山が見えた。
太陽はもう完全に沈んで、空は薄いブルーに染められている。
森の際に一本の狭い道路がある。道路の東側はもっと深い山奥へと続く、西側は――
「!」
イズルは西側の山を見たら、山腹のところで万代リゾートの建物があった。
「この道……!」
イズルの記憶が断片的に蘇った。
万代リゾートで過ごしたあの夜、家族と一緒にこの道を通ったような気がする。やはり、この付近で万代家の何かを見たせいで、あの悲劇が起こったのか……
イズルは密かに拳を握って、周りをじっくり見まわす。
リカは東のほうに指さして案内し続ける。
「あっちのほうに分かれ道がある。左の道は刻印のところ、右のほうはあなたと家族が……」
リカの話がまだ終わっていないのに、イズルのポケットに入った携帯は巨大なパイプオルガンのメロディーが響いた。
「!!」
ドラキュラ登場のようなホラーっぽいメロディーにリカも驚いた。
「誰の曲なの?」
「……妖怪だ」
イズルは携帯を出して、機嫌悪そうに答えた。
「なぜ出ないの?」
「タイミングが良すぎると思わない?お前はオレに肝心なことを教えようとする時に邪魔しに来た。これは二回目だ」
「わざとでしょう。エンジェは今、この付近の管理をやっている。ドロンでこの辺りを監視できる。彼女の人脈も広いから、あなたの動きを常に把握しているかもしれない」
「目が多いし、手が長い、さすが妖怪だな」
監視されていると思うと、イズルはさらに嫌悪な表情になった。
「今はいい、目的がオレなら後でまたかけてくるはずだ。それより、オレの家族のことを先に教えてくれ」
「いいえ。今すぐ電話に出て」
イズルは携帯を切ろうとしたら、リカに止められた。
「このあたりに、外部の侵入者を防ぐためのトラップがたくさんある。あなたが万代家の人になったことはまだ上に報告していない。エンジェは侵入者撃退を言い訳にあなたを攻撃するかもしれない」
「……確かに、やりそうだな」
鬼のように「クズ男」を叫ぶエンジェの顔を思い出して、イズルはリカの話に同意した。
仕方がなく、スピーカーボタンを押して、電話に出た。
でも、電話の向こうから届いた声は、鬼の叫びではなく、細くて甘い女性の嬌声だ。
「CEOさん、お元気ですか?」