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48 色仕掛け無用

エンジェの声に怒りや不機嫌など負の感情は一切なし、ただただ女の子が甘えているように聞こえる。

「万代家のところに来るなら、早めに教えてくれればいいのに、もてなしを用意してあげますわ」

「結構です。以前から万代家の方々からたくさんのおもてなしをいただいたので」

イズルはきっぱりと断った。

「けれども、以前はほかの人がしたのでしょ?今回はあたしから差し上げたいの~この間いろいろ誤解があって、一刻も早く話し合いたいと思うの……」

「工場のことで三日後の約束しただろ。その時に話し合おう」

「けれども、万代家の領地でしかできない話もありますよ。万代リゾートの洋酒ラ・フランスを予約したの。これからCEOさんを迎えに行きます」

イズルの話を無視して、エンジェは勝手に決めた。

「それからね、不届き者を防ぐために、万代家の領地でいろいろな罠が張ってあるの。あたしが迎えに行く前に、CEOさんは動かないほういいと思いますよ」

罠……脅かしか。

この妖怪はどうしても邪魔しに来るなら、対応するしかない。

イズルは一度リカを見て、うなずきの合図をしてから、作り笑顔でエンジェに返事をした。

「分かった。罠があるなら、オレも結構心配だ。位置情報を共有する。待っているぞ」

「はい~期待しててね」

エンジェの甘い声の終わりも待たず、イズルは電話を切った。


イズルはその軽々しい笑顔を収めて、真剣顔でリカに聞く。

「お前はどうする?どこかに隠れるか。万が一に備えて」

「そうだね。私がいないほうが話しやすいでしょう。でも、エンジェの能力に気を付けて。ほかの異能力者を連れてくる可能性もある」

「いいリマインドだ」

イズルは懐から一本のスプレーを出して、リカの首に向けてプッシュした。

「……!」

リカは反射的に避けようとしたが、イズルに掴まれて、顔以外の全身にスプレーをかけられた。

「あの妖怪はほかの人の姿になれるだろ?」

イズルはそう言って、リカの首元で匂いを嗅いだ。

「これで、あいつはお前に変化してもすぐ分かる」

「!」

なぜか妙な熱が顔に上ってきて、リカはサッとイズルから身を引いた。

採点スマホを出して、何かを入力しようとした。

マナー的に褒められない行動だけど、理屈に通じる。

加点すべきか減点すべきか、実に迷う。


まもなく、一人になったイズルに赤く光るロードスターが駆けてきた。

エンジェは運転をしていて、助手席に花山ようこが座っている。

「CEO兄ちゃん!お待たへぇ~~!!」

遠いところから、ようこは立ったまま両手を挙げて大声で叫んだ。叫び終わったら、座ってエンジェに確認する。

「どう? バカバカしいでしょ? あなたの美しさと理性と知恵をよ~く引き立てるでしょ?」

エンジェは白目をむいた。

「これから馬鹿な話をするなよ。あたしの合図を見て動くのよ」


「お待たせ、CEOさん~」

イズルの前で車を止めて、エンジェは髪を払ってウィンクをした。

「さあ、遠慮なく乗ってて」

イズルは営業用の笑顔を浮かべて、別の提案をする。

「せっかくいい天気だから、散歩でいかない?この辺りに罠がいろいろあると言っただろ。歩きながら罠の場所を教えてくれないかな。今後気を付けるよ」

「……」

エンジェは目を細めてこっそり周りを覗いた。

イズルはリカと一緒に契約儀式を行う洞窟に向かった報告を受けたのに、リカがいない。

自分が恐れて身を隠したのか?それとも、不意打ちをするためにどこかに潜んでいるのか?

「CEO兄ちゃん!お久しぶり~~!」

ようこはえへへとイズルに手を振った。

「あなたは……?」

イズルはわざと知らないふりをした。

「えっと、あのパーティーの夜、うちはケガをしたCEO兄ちゃんを見たの!リカとあのダメ男がいなかったら、うちはCEO兄ちゃんを救う人魚姫になったのよ!」

「なるほど。陰で王子様を見守る人魚姫か。こんなかわいいお嬢様を一度見たら、忘れるはずがないのに」

イズルはようこの話に適当に合わせて。

それを見たエンジェは密かに笑った。

利口ぶる男を虜にするのは大得意だ。

ようこの「援助」もあるし、今日こそこのイズルを手に収める。

(リカ、あんたはどこかで見ていてもかまわないわ。)

(あんたのほしい男があたしに惚れるところを見せつけるのよ!)

「いいですね。散歩しに行きましょう。途中でいろんな話をしましょう」

エンジェはイズルの提案に承諾して、車から降りた。

「ええ?車を私に任せるの?運転できないのよ!」

ようこは悲鳴を上げた。

「あんたも一緒に来るのよ。運転手を呼んでくるから!」

エンジェは分かりの悪いようこを睨んだ。

ようこは自分の20センチもある厚底靴を一度見て、ムカムカと車を降りた。

エンジェはようこに振り向かず、イズルの腕を引いて先頭を歩き出した。

ようこはふらふらと二人の後ろについていて、エンジェのハイヒールを睨みつけて、何回も「転げ!」と念じた。


「この周りの罠はね、最新の技術でできたものもあるし、古代の法術を使って作ったものもあるの。誰かがいけない場所に入ったら、まず管理人のところに知らせが入る、管理人の処理が間に合わなかったら、罠は自動的に発動して攻撃をかけるの。大変危険ですよ!CEOさんをここに連れてきた人はそれを教えてあげていないよね」

「……」

イズルから確認がないけど、エンジェはそれが黙認だと理解した。

「ひどいね。けれどもぉ、今は大丈夫です。CEOさんが入った知らせを受けたら、すぐ罠の動作を停止したの!」

「それは助かった。感謝するよ、『けれどもぉ』……」

イズルは礼儀正しい笑顔を返して、遊び心でエンジェの口癖をまねした。

「罠のことは万代家の秘密だろ。こんな簡単にオレに教えていいのか?」

「いいの。友達になりたいから~」

エンジェはにこやかに答えた。

「あたしは、CEOさんと敵になりたくないのよ。あの夜のことなんですけど、あたしも嵌められたようです。リカは敵組織の人に家の秘密を売ろうとする情報が入って、止めに行ったの。てっきりCEOさんはその敵組織の人だと思って…本当に、恥ずかしいです……」

エンジェは恥ずかしそうに頭を下げて、髪を耳の後ろにかけた。その耳もとに、金色の房飾りのイアリングが軽く揺れた。

「昨日のことは、上からの命令です。CEOさんから注文した商品を取ってくると命令されたの。あたしは無力で、従うしかなかったの。本当はご迷惑をかけたくないです」

エンジェは苦い顔になって、何回もため息をついた。

そして、また頭をあげて、潤んだ目でイズルに懇願する。

「あたしの部下は悪いことをしたが分かります。けれども、彼たちも命令に従っただけです。罰を与えるなら、あたしにして。上司はあたしです。彼たちに責任を背負わせたくないの」

エンジェの必死な頑張りぶりを見て、イズルは必死に笑いを我慢した。

「オレも敵を作るつもりはない。万代家と祖父たちの間でどんなやり取りをしたのか、オレは本当に分からない。万代家の接触を断ったのも身を守るためだ。でも、信じてもらえなかったようだ……」

「信じます!」

エンジェはさっそく胸を叩いて保証する。

「ほかの人は信じなくても、あたしはCEOさんを信じます! 友情の証として、あたしは家にCEOさんの事情を説明します。あたしは継承人順位で8位もあるから、言っている話は信憑性があるの!みんなもきっと信じてくれるの!」

「継承人と言えば、オレの家庭教師のリカも上位の継承人だと聞いたけど」

「ッ……!」

(しまった!)

エンジェは失言に気づいた。

順位で発言力を言うなら、リカのほうが有利だ。

イズルは自分よりリカを選んだらまずい。

もうすぐリカを家から蹴り出せるのに、生き返るチャンスを与えるもんか!

「リカのことだけど……他人から聞いたことが多いです。性格が変で堅苦しいとか、協調性がなくてよく人と衝突するとか、そのせいで任務を台無しにしたとか……この前の任務で、9人の仲間を死なせて、一人だけ戻ってきたの。家から追放されそうになったから、逆転するために強引的にCEOさんを試す任務を捥ぎ取った…と言われているけど、悪い人と思わないわ!あたしともトラブルがあったけど、彼女のやり方の問題だけで、大したことじゃないの。どうしても彼女とやり取りをするなら、『気を付ければ』大丈夫だと思うの」

「そうだったのか」

イズルは考え事の顔をして、エンジェの話を認めるようにさりげなく呟いた。

「確かに、性格が変で、堅苦しい……やり方も強引で、理解しづらい。エンジェさんの言う通り、気を付ける必要があるかもな」

(やっぱりそうだっだのね。リカは傲慢で、男の機嫌取りを絶対しない、男への対応がド下手だわ!)

エンジェはイズルの真剣さに騙されて、ちょっとドヤ顔になった。


リカときたら、エンジェはまた重要なことを思い出した。

リカから奪わなければならない「物」がある。

(この男は一応リカと同居している。何かを知っているかも。)

「ですよね。そういえば、パーティーでデカいケースみたいなものを背負っていたのね。普通の人はあんな興ざめのことをしないよね」

「普段もサーブルのカバンをずっと持ち歩いているが、オレの前で開けたことはない。何が入ってるのかずっと気になる……」

イズルはエンジェの話に続けたら、エンジェの目がきらっと光った。

「きっとそれだわ」

「それ?」

「えっ、えっと……ぎゃ!」

反応しすぎだと気づいたエンジェは、慌ててつまずいたふりをして、地に倒れた。

その突然な動きに、片方のハイヒールは飛ばされた。

「あらら、大丈夫?!」

ようこはエンジェを助けようと足を速めたけど、エンジェが思い切り彼女を睨んだ。

ようこはその意味をゲットして、わざとバランスを崩され――

「きゃああ!」と、同じように地に倒れた。


「ごめんね……足首を挫いたみたい……」

エンジェはかわいそうに飛ばされたハイヒールを眺めて、自分で立てる意思が微塵もなさそう。

「……」

同時に「転がる戦術」を使った二人を見て、イズルは呆れた。

これは、「ハイヒールを拾ってちょうだい」って意味か?

拾うだけで済むならまだいいけど、この妖怪のパフォーマンスから見れば、靴履きのサービスも要求されそう……

リカの減点は確かに酷いが、さすがに自分を下僕のように使わない。

妖怪たちはこんな下手芝居を売って何の意味がある?

目をつぶしても、その色仕掛けの気持ち悪い匂いが分かる。

自分が女色と甘い言葉で釣られる馬鹿な男とでも思っている?

このレベルでも暗黒家族の継承人を狙うつもり?


「うちは大丈夫だから、CEOさん、エンちゃんを助けてあげて!」

動かないイズルを見たら、ようこは隣から呼びかけた。

「いいの…あたしも大丈夫だよ、やっぱり車に戻りましょう……あっ!」

エンジェは立ち上がるふりをして、また痛そうな声を上げて地に座り込んだ。

「……」

(気持ち悪いが、目的はまだ不明。こいつらの媚び売りに付き合う暇がない、早く吐かせよう。)

イズルは考えを決めたら、身を屈めてお姫抱っこでエンジェを持ち上げた。

「えっ!」

エンジェは小さな驚き声をあげた。

「歩きにくいだろ。嫌だったら救急車を呼んであげる」

イズルは演技に力を入れて、王子様のような笑顔をかけたら、エンジェが思わずドキッとした。

靴を履いてもらうような女王様サービスをしてもらえなかったけど、この姫様サービスもまたいい流れだ。

エンジェは初恋をした少女のように面が赤くなって、小さくうなずいた。

「嫌じゃないです。ごめんね、またご迷惑をかけちゃって……」

そして、慣れた動きで両手をイズルの首にかけた。


「あの、ようこちゃん……ハイヒールを拾ってくれる?」

「……はい……」

あっちはいい雰囲気になったから、こっちは侍女役をするしかない。

ようこは嘆きながらハイヒールを拾ってきて、エンジェの肌足に履かせた。

その時、エンジェは目配せをした。

ようこは知っている――これからは彼女の「異能力」の出番だ。


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