「どうしここにっ……!」
「食後散歩」
イズルは笑顔でリカに手を振る。
「随分遠い散歩だね……」
「お前も一緒だろ?」
「散歩ではない。探し物に来たの」
見物気満々のイズルに構わず、リカは村の奥に歩き出した。
「そんなに大事なもの?明日まで待っていられないのか?」
「……」
リカは黙ったままあちこちを探す。
「手伝うから、教えてくれ。本当に大事なものだったら、早く見つけたいだろ?」
「……お守りよ」
ちょっと戸惑ったけど、リカは正直に答えた。
「お守り?」
「紫色で、サイズはこのくらい……金色の結びがついている」
リカは手で大体のサイズを描いた。
「それは贈り物?それとも、誰かからくれたもの?」
よほど特別なものじゃなかったら、深夜で危険な場所に戻るまで探す意味がない。
きっととても大事なものだとイズルは思った。
「どっちでもない。自分で願いをかけただけだ」
リカは草々に答えて、また探しに移動した。
「どんな願いをかけた?」
「守ってほしい」
「誰を?何を守る?」
「……」
「……」
それ以上返事がなかったら、イズルは肩をすくめて、問い詰めをやめた。
車から持ってきたランプをあげて、リカと一緒に探し始める。
二人は村を一周回して、経過したところをしっかりチェックしたけど、何も見つからなかった。
「あの時、いろいろかなり混乱したから、どこかに飛ばされたのか、それとも誰かに拾われたのか……そんなものを拾う人はいないと思うけど……」
リカは独り言を呟きながら、さらに遠くへ足を延ばそうとした。
イズルは携帯の時間を見て、眉をひそめながらリカを止めた。
「今日はここまでにしよう。明日、明るくなってからまた探そう」
「いいよ。先に戻ってて」
リカはイズルに振り向かずに、壁際に落ちたボロ袋を拾って、その中を探す。
「オレ一人で?」
「夜道が怖い?」
イズルの眉は小さく跳んだ。
「……あのさ、オレはここでお前に救われたばかりだ。こんな夜にお前を危険な場所に残して、一人で帰れると思う?」
「いい。そのあと、あなたも私を救ってくれた」
「……」
リカの返事は相変わらず愛想ない。
その距離感にイズルはなぜか苛立った。
「この前の斜楼の件もある」
「言ったでしょ、数えなくていい。私は任務のためにやるべきことをやっただけだ」
「……」
(こいつ……本当に分からないのか)
好意がどんどん拒絶されて、イズルはカッとなった。
リカはある段ボールを持ち上げようとしたら、イズルは一歩先にその段ボールを横取った。
「どんな任務?オレを万代家に取り込むこと?お前は納得できてもオレは納得できない。オレの命は安くない。お前の自己満足でオレを侮辱しないでくれ」
「自己満足じゃない。本当は、私はあなたに謝らなければならない」
「なんのため?今すぐ教えてもらおう。じゃないと、これから毎日もちゃんと感謝の気持ちを差し上げるよ」
イズルは意地悪く笑って、リカを追い詰めた。
「……!」
イズルのわざとらしい笑顔に、リカの良心が刺された。
その笑顔は、怒っている意味でしょう。
イズルの整えた顔に灰がついている。きれいな指先にも泥だらけ。新しく着替えた服も汚れた。
リカはやっと気づいた。彼は自分と一緒にお守りを探していた。
探すふりをするのではなく、本気で手伝ってくれていた。
「……すみません。大事なものじゃない。私の執念だけだ……もういい、明日にしょう」
リカは立ち上がって、息を吐いた。
「私は順番を間違えた。あなたの知りたいことを教えてあげるよ。もう遅いけど、もうちょっと付き合ってほしい」
あっさりと方向を変えたリカを見て、イズルはますます困惑になった。
狂ったように探していて、またきっぱり諦めて、一体どんなのもなの?
リカの案内で、二人は道路の分岐に戻って、刻印聖地と違う道に入った。
十五分くらい歩いたら、リカの懐中電灯はある看板を照らし出した。
看板に警告の文字が書かれている。
「工事中。危険。関係者以外は立ち入り禁止」
それに構わず、リカはリードして林間の狭い道を歩き続ける。
更に十数分が経ったら、やっと広い場所にたどり着いた。
「!!」
目の前の景色を見て、イズルはようやく夢から覚めた気分がした。
——イースター島の石像を思い出させるような巨大な石像が円陣を取って並んでいる。
石像は十二体があり、それぞれ呪文のような謎の模様が刻まれている。
石像の下には大きな黒石で作られた祭壇。祭壇の真ん中に、二つの高い石柱が扉の両柱のように立っている。祭壇の上にたくさんの小石が嵌められている。小石が星のようにキラキラ光っている。
祭壇に立つだけで、何かの強い力を感じられる。
イズルは一瞬でひどいめまいをした。
(そうだ、ここだ!)
あの夜、家族と一緒に隕石を探しに森に入って、たどり着いたのはここだ……
万代リゾートにこんなに近いのに、なぜ今まで思い出せなかった?!
「違う……」
イズルはずきずきし始める頭を押さえて、一生懸命記憶の欠片を読み取る。
「隕石探しじゃなかった。オレたちは万代リゾートの招待を受けて、商談しに来た……途中で万代家の人は何か報告を受けたら、話を中断して、急いで退場した……」
万代家の人の行動は実に怪しかった。
イズル一家はリゾートの窓から、万代家の車の行先を目で追った。
車が森に入ったまもなく、漆黒な森の中からチラチラと赤い光が瞬き始めた。その光と呼び合うように、空のいくつかの星がいきなり明るくなった。
その異常現象から不吉な予感がして、イズルの祖父と父は様子見に行くと決めた。イズルも好奇心で付いて行った。
すると、この祭壇に辿り着いた、それから――
「隕石」が現れた。
空からではなく、この祭壇の真ん中からだった!
炎の光が祭壇の中心から広げ、その中に、少女の姿が現れた……
イズルは目を張ってリカを見つめる。
一目しか見ていないけど、あの少女は、まさか――
「!」
リカはイズルの目をしっかり見つめていて、ビー玉のような透明な小石を彼の額に置いた。
イズルが質問する前に、リカは指でその玉をつぶし、短い呪文を唱えた。
「清らかな風よ、このものの心の霧を吹き払え」
「!」
つぶされた玉から一縷の白い星屑が飛んできて、スーとイズルの眉間に入った。
針に刺された痛みと共に、忘れられた重要な記憶がイズルの頭から浮かんできた。
「私は異能力がない。こんなもので役に立つかどうか分からないけど……」
「……とても役に立った。霧はすべて晴れた」
記憶を取り戻したイズルは、目の色が一層深くなった。
「あの夜、万代家はここで何か儀式を行ったのか?お前もいたのか……?」
「そうとも言えるけど……」
リカはイズルを凝視したまま、密かに拳を一度握りしめてから、質問をかけた。
「あなたは、異世界の存在を信じる?」
「?」
「現実的に、異世界に行けると思う?」
「?」
「ワームホール、時空旅行は?どう思う?ただの流行りネタ?それとも真実に存在するもの?」
「……」
リカの口から異世界スリップ、全然似合わない……
異世界より、こっちの組み合わせのほうが信じがたいとイズルは思った。
けど、忘れてはいけない。リカは異能力家族の人、いくら現実系に見えても、非現実世界の人間だ。
イズルはリカと異世界の組み合わせを受け入れて、ツッコミなしで大人しく答えた。
「異世界とかに詳しくないが、存在自体は否定しない。もし、オレの家族の死はそれと関係があるというなら、信じるほうを選ぶ」
「信じる」を聞いて、リカの肩の力が少し抜いた。
「ワームホールかなにか分からにけど、万代家は『とある異世界』へ行ける方法を見つけた。その世界の文明のレベルは、約千年前の地球文明に近い、まだ冷兵器の時代。でも、異能力を持つ人は、私たちの世界よりずっと多い。異能力も威力も強い――」
話しながら、リカはイズルの表情を観察する。
「信じがたいなら、地球の未開化のところだと思ってもいい」
「そこは異世界だと信じる」
イズルは口元をあげてうなずいた。
その穏やかな様子を見て、リカは安心して続けた。
「二年前、私は家から極秘任務を与えられた。その世界の国に交渉を持ちかけた。こちらの技術と武器で、向こうの異能力人材を交換するという交渉だった。あの頃に神農グル―プに注文したものは、交換のための商品だった」
「でも、任務の途中で意外が発生して、私たちは追われ身となって、予定より早くこっちに戻らなければならなかった。この石像の陣は向こうにつながる扉。任務から帰る日、私を迎えるために、陣は強制的に起動された。当時、あなたたちと交渉していた万代家の人は陣の異変に気付いて、すぐここに駆け付けた」
「……」
イズルは気づいた。
追われる身となったのは「私たち」、帰ったのは「私」。
でも、イズルはそれに触れないままリカの話に続いた。
「そこを、オレとオレの家族に見られた。そのあと、オレは追い払われて、祖父と父は二人であの万代家の責任者――落合と交渉した」
イズルは覚えている。
祖父と父は万代家の人に頼んで、彼を帰り道に案内した。記憶が曖昧になったのはその時からだった。万代家の人は彼に何か力を使ったのだろう。
「そう。落合は開き直して、異世界のことや万代家の計画をあなたの祖父と父に教えた。数日後、神農グループは契約を破棄して、万代家と決裂した」
「それはおかしい」
リカの話を聞いて、イズルは妙だと思った。
「うちのグループはずっと闇の商売をしている。異世界とはいえ、国レベルの組織との資源交換はこっちの世界でもよくやることだ。そのくらいのことで祖父と父は『危険』と思うはずがないし、契約を破棄する必要もない」
「それに、お前は言った。それは極秘任務だろ?なぜその落合は軽々しく祖父と父に真相を教えた?異能力のテストや法術の実験とかでうまくごまかせるのに」
リカは目線を下げて、低い声で言った。
「私は、先に口が滑ったから……」