「お前はオレの家族の仇?馬鹿にしてるのか?」
イズルは不服そうに目を細くした。
「お前が直接にオレの家族に手をかけたのか?それともその暗殺を操ったのか?わざと任務を失敗して、落合とオレの家族にその話を漏れたのか?」
「……」
イズルの質問に、リカは沈黙を返した。
「お前はその件に責任があっても、『仇』と言えるほどのものじゃない。それでも責任は自分にあると言いたいなら……お前は、誰かを庇っていると理解していいよな?」
「誰も庇っていない。ただ、任務の失敗はもともと私の甘さのせいだった。私はそれを清算しなければならない」
イズルは心の中で長いため息をいついた。
責任感が強いというべきか、自虐というべきか……暗黒家族の継承人なのに、道徳観は普通の人間よりもしっかりしていてどうする?
自ら進んで罰を求めるリカ、それを断る自分。
イズルは今の状況が滑稽だと思って、冗談交じりに聞き返した。
「じゃあ、その清算のためにお前自身を消す?前に言っていた贖罪のためにオレの力を使いたい件はどうする?オレの力は人を殺せないよ」
「私が頼みたいのは、あなたの力を使って、私を『この世界から消す』ということよ」
「?それはどういう……」
困惑するイズルに、リカは話の意味を明かした。
「あなたの力があれば、私はもう一度異世界へ行ける。異世界に行って、仲間たちの安全を確保する。それは私の仲間たちへの贖罪。そして、私は二度とこちらの世界に戻らない。家族と二度と会わない。この世界から完全に消える。それはあなたの家族への償い……」
「オレの力で、異世界へ……?!」
イズルははっと悟った。
リカのやりたいことは何か、そのお守りに守ってほしい相手は誰なのか……
リカがずっと思っているのは、異世界に残された仲間たちのことだ。
自分は家族を守れなかったことに後悔している同様に、リカも仲間たちを守れなかったことに後悔している。自分自身を責めている。
イズルの目の中で、リカは彼自身と重なった。
これですべては説明できる。
彼の力以外何もいらないのは、仲間を救うこと以外の欲望がないから。
継承人の地位や権力より、リカは仲間たちへの贖罪を選んだ。
そして、誰にも問われていないのに、自分の家族への贖罪もしようとしている……
ちょっと待って、
ひょっとして、リカは彼女自身を自分の家族の仇にするのは、もう一つの理由があるかもしれない。
イズルはまだ判断を固めていなくて、返事に戸惑っていたら。リカは彼が不満だと勘違いした。
「もし、その清算がズルいだと思ったら、私は頑張って戻ってくる。あなたの望んだ形で償う」
「……」
イズルは心の動揺を感じた。
リカを利用して、万代家で権力と地位を取って、その暗黒家族のすべてを破壊する。それは彼が望んだ復讐だ。
しかし、リカを見て、今までのない複雑な気分を味わった。
リカは、「悪役令嬢」でも「暗黒令嬢」でもない。自分と同じ、仲間や家族を思い、過去に悔やんでいる普通の人間だ。
彼女は嵌められたのに、罪悪感を背負って、贖罪しようとしている。
もし自分は彼女の清算を受けて、恨みのすべての彼女にぶつければ、それでこそ、惨劇を計画した「張本人」(あるいは「張本人たち」)の思うつぼだろう。
その「張本人」は、最初からリカの性格まで計算して、すべての責任を彼女に押し付けるつもりかもしれない。
リカは仲間を助けるだけで満足できるかもしれないが、イズルはリカとの清算だけで満足できない。
それは本当の復讐ではない。
復讐はする。だが、あの「張本人」たちのような悪魔になるつもりはない。
「あの時、周りに顧みず異世界の話しをしたのは、仲間を助けるためだろ?」
しばらくの沈黙が経って、再び話し出したイズルの口調も眼差しも柔らかくなった。
「オレはお前の立場だったら、同じことをする。すぐ助けを求めるのは当然だ。周りにいる人を見る余裕があるもんか」
「……」
「オレの家族のことに代償を払うはお前じゃない。お前の自己満足で清算できることでもない。オレはすべての真相を解き明かす。それから自分で復讐の相手と手段を選ぶ」
「……」
リカの目の光は沈んだ。
本当は知っている。
自分の言った条件は、早めに異世界に行くための言い訳に過ぎない。イズルはそれを認めてくれないのは当然だ。
できれば、最大の責任者をイズルに教えてあげたかった。
でも、それはイズルのためにならない。
万代家では、一旦上層部に入ると、よほどな事情がない限り、地位は保証される。
例えば、あかりがハッキングで入手したエンジェたちの通話記録を家に提出しても、エンジェは「そんな話、ただの冗談」だと断言したら、任務破壊の証拠にならない。
継承順位8位のエンジェでさえ相当な特権を持っている。それ以上の地位を持つ人はどのくらい庇われるのか言わずとも知れた。
もっとも、自分がまだ家から追放されていないのもその上層部の特権のおかげだ。
確実な証拠を集め、相手を倒す力を集めるのは時間が必要だ。
しかし、リカにとって、一番の問題は時間だ。
イズルの力は異世界へ渡る必要条件の一つに過ぎない。扉を起動するための「霊力」も集めなければならない……
向こうの仲間たちはそれまで持てるかどうか……
彼たちは決して弱くないが、当時の状況は大変危険だった。
どうしても楽観視できない。
一刻早く、彼たちの安否を知りたい……!
リカが拳を握りしめて、沈黙に落ちたら、イズルから思わなかった話がった。
「でも、もし可能だったら、先にお前を向こうの世界に送ってあげる」
「!?」
「清算のことは、お前が戻ってきてからでいい。お前の仲間たちはオレの家族の件と無関係だろ。見殺しのようなことをしたくない」
周りが暗くて、リカはイズルの表情がよく見えない。
ただ、微笑んでいるのが分かる。
彼の話から邪気や打算的な気配が全然なくて、その代わりに、何か暖かいものを感じた。
「ありが……」
イズルは口元をもっと上げて、リカの感謝を断ち切った。
「それに、オレを庇おうとする人間の希望を潰したくない」
「っ!」
「さっき、お前は誰も庇っていないと言ったけど、実際に、オレを庇おうとしたんだろ?」
「!?」
リカの心臓がドクンと重く跳んだ。
イズルは身を屈めて、やさしい笑顔をリカの目の前に送る。
「お前を消すことで復讐を完結すれば、オレは万代家の本当の危険なやつと敵対しなくて済む。リカはオレの家族のことに罪悪感を持っているから、オレを守ろうとした。そうじゃなかった?」
「……」
間違っていないけど、イズル本人に見破られると、なぜか気まずくなって、顔も熱くなる。
「もしかして、オレの自己惚れ?」
「そんな魅力もないのに自己惚れしたらどうする……」
イズルが更に答えを迫ったら、リカは思わず毒舌を吐いた。
「……」
イズルの笑顔が固まった。
(この人、なんで素直にあなたを庇いたかったと答えてくれないかな……)
ちょっとムカついて、イズルは一度ぐっとリカの頭を押した。
「とにかく、リカは、頭の硬い、いい人ってことが分かった」
「!」
そして、リカが反発する前に、さっそく話題を切り替えた。
「さあ、お守りを見つけて家に帰ろう。そのお守りは、異世界にいる仲間たちへのものだろう?」
リカはイズルの動きに違和感を感じたが、お守りのことを優先した。
「そう、それに願いをかけた。ずっとなくさずに持っていたら、みんなは無事に帰ってくると」
今となって、リカはその行為がバカバカしいと思った。
仲間たちへのもより、途方に暮れた自分への偽薬のようなものだ。
イズルの言った通り、いつも自己満足なことだけをしていたかも。
「それなら、早く見つけないとね」
イズルはさっそくランプを来る方向に向けた。
「実は、心当たりのところがある」
「どこ?!」
リカはすぐでも走り出そうとした。
「その場所は逃げないから、気をつけて行こう」
イズルはさりげなくリカの手を握って、案内役になった。
「?」
ふわっと、手が暖かい温度に包まれて、リカはちょっと戸惑った。
何か言おうとしたら、イズルのほうが先に手をつなげる理由を言った。
「オレ、夜道が怖いから。転がったら大変じゃないか。繋いだほうが安全だ」
冗談交じりの口調。
村で「夜道が怖いの?」と言われたのでわざとなのか……
イズルはかなり根を持ちやすいタイプのようだね。
でも、なぜか安心感が伝わってくる。
お守りは、きっと見つけらる予感がした。
イズルはリカを車に連れ戻して、助手席の下で見事に紫のお守りを発見した。
イズルは満足そうに微笑んで、リカにお守りを渡す。
「答えは、思いもしなかったところにあるかもしれないね」