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第十二章 悪役は踊る

55 リカの計算

エンジェは酷く侮辱された気分だ。

「森林火災」の「目撃者」として、警察と消防に散々事情聴取された。

もっと耐えられないのは、人事部の「お仲良しさん」がイズルの入族についてなにも連絡しなかったことだ。

身をまげて色仕掛けまでして釣ろうとする男は、すでにリカのものになったとは……これ以上の屈辱はない!

電話で人事部の「お仲良しさん」に怒ったら、相手が知らないと訴えた。

新人登録をずっと監視しているけど、あのイズルの入族記録を見ていないそうだ。

エンジェはその話を疑って、一度システムに入って自分で調べたが、やはり記録がなかった。

「まさか、あのクズ男は嘘をついたの?」

エンジェは青緑色のネイルを噛む。

騙すことを誇りだと思っているが、騙されるのが耐えられない。特に、獲物に騙されたら、なおさら我慢できない。

「彼じゃなったら、まさか、リカ?けれども、あの石頭は推薦人になった場合、入族報告を出さないはずがないわ……」

イズルはリカの部下になったかどうか、そこが重要だ。

リカの再起に関わっているのだけではなく、エンジェの「理想」にも関係している。

一時的な怒りでイズルに手をかけたけど、彼の能力を見て、エンジェは改めてイズルの価値を評価した。

珍しい異能力に、お金持ち、企業のCEO、それと、「マサルちゃん」にも勝る顔とスタイル。殺すには惜しい。

こういう自分の未来に役に立つ男はハーレムに入るこそ相応しい。

リカに譲るものか!

長年にリカの親友を演じてきた。その間、どのくらい屈辱を耐えたのか自分しか知らない。やっとリカを蹴って、彼女の持っているすべてを手に入れる時が来た。

イズルがリカの陣に入ったら、長年の努力は台無しになる。

絶対させない……

イズルを生かせて、利用し続けるために、リカから彼を奪い取る必要がある。

けど、イズルを取り込む計画は二度も失敗した。

もう警戒されたのでしょう。

リカは絶対、ようこの異能力をイズルにばらす。

だったら、ようこを捨て駒にしてイズルに差し出して、リカの情報の価値を下げよう。

ようこがイズルのことを軽蔑する話を言ったけど、それはただのお芝居とエンジェは思った。ようこは自分に媚びを売るために、わざと自分が興味を示した男に興味ないふりをしている。

「攻略していいよ」と言われたら、ようこは喜んでイズルを攻め始めるはずよ。そして、自分の「弾除け」になってくれる。


イズルのマンション。

リカは自分の部屋で、イズルが記入した資料、自分が書いた推薦書と評価資料をまとめて紙袋に入れた。

一般入族なら、資料は必ず入族儀式の前に提出する。

でも推薦入族は違う。優秀な人材をできるだけ早めに確保するために、入族儀式を先に行うことが可能だ。

だから、リカはまだ資料を提出していない。

エンジェの「お仲良しさん」は多い。儀式の前に情報をシステムに入力して、エンジェに漏れたら、彼女はイズルの入族儀式を妨害するかもしれないし、極端な場合、イズルを抹殺するかもしれない。

できれば、こんな小賢しい手段を使いたくなかったけど、使ったほうが正解だった。


イズルからエンジェと「決裂」になった経過を聞いたリカは複雑な気分になった。

イズルを守るために入族のことを一時的に隠すつもりだったのに、イズル自身はそれを明かして、逆に危険な目にあった。

スマホで減点したかったけど、よく考えてみたら、イズルは入族の計略について何も知らなかった。

そのことを彼に教えなった自分が悪かった。

ようこの能力についても、教えてあげるべきだった。

いろいろ疎かになったのは考え不足以外に、もう一つの理由があるとリカは気づいた。

――イズルを信用していない。

「敵味方的な意味」と「能力的な意味」、両方とも。


イズルはようこの能力から逃げて、冷静にエンジェに対応して、いたずらをする余裕もあった……

家族のことで自分の責めなかった、お守りも見つけてくれた……

どうやら、器量が狭いのは自分のほうだ。

イズルは万代よろずよ家の上層部が好きそうな人材の匂いがする。

明日、人事部に入族資料を提出する前に、まず七龍頭しちりゅうとうのほうにイズルの評価資料を出す。

彼の価値を証明すれば、貴重な人材として扱われる。そうすれば、エンジェくらいはもう彼に危害を加えない。


リカはすべてをまとめて、休みをしようとしたら、採点スマホが鳴った。

表示された発信先は「渡海英子わたるみひでこ」。

青野翼あおのつばさは用意周到で、イズルと関係のあるものの番号を予め入力してくれた。

イズルは英子に自分が彼の医師だと嘘をついたから、その件に関する連絡でしょう。

リカは電話に出たら、向こうからちょっと太めな中年女性の声が響いた。

「リカさんですね。ちょっと話がありますが、付き合ってくれるのかしら」


翌日の朝、イズルはショパンの革命練習曲に呼び起された。

この曲を設定したことあったっけ……?

むかつきながらメロディーが発されたところに手を伸ばした。

「……?」

手にしたのは、自分の紺色のスマホではなく、ライトカッパー色の小さ目のスマホだ。

画面に10時の目覚まし時計が表示されて、スマホは大声で「革命」を歌っている。

「リカの私物じゃないか……なんでここに?」

イズルは嫌々と起き上がって、枕の隣で一枚の便箋を見つけた。

「11時30分。カフェ『香りの森』。あなたの家事を処理しに来てください」

「……」

今日の午後、出席しなければならない会社の会議がある。イズルはお昼まで寝るつもりだった。

昨晩、リカは休暇を取ると言ったのに、スマホを残して自分を呼び起すとはどういうこと?自分に頭が固いと言われたから嫌がらせ……?

それより、便箋の内容はまたどういう意味?自分の家事はなぜ彼女が知らせてくる?

考えてもしょうがない。イズルはとりあえず急いで朝の支度をした。

遅刻したら、また白目で見られて、減点されるから……


「……」

そのままリカのスマホでカフェ「香りの森」を検索したら、イズルはふいと異様に気づいた。

スマホと便箋は自分の部屋にあるというのは、リカが部屋に入ったことだ。

「……!?」

なぜ気づかなかったまま爆睡したんだ!?

警戒意識はそこまで落ちたのか!?

これも異能力の反噬とかのせいか!?


少し緊張したけど、イズルはすぐに肩の力を抜いた。

まあ、いい。相手はリカだから、なにもしないだろう。

あの紫の唇と蛇のような腕を持つエンジェだったら、命も貞操も危なかったかもしれない。

リカから危険な気配がしないから、自分は気づかないうちに気を許したのだろう。

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