目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

60 人の悪口に興味はない

「えへへへ、こうすれば絶対CEO兄ちゃんに会えると思ったのよ!だって、漫画も小説もそうだったもん~悪役に見えるけど中身が純情なヒロインは無敵なの!」

イズルのオフィスに入ったようこはニヤニヤ止まらない。

彼女の全身から鼻を突く香水の匂いが漂っている。

イズルは思わず呼吸を控えた。

このようこはいつも馬鹿げた行動を見せているが、かなり危険な異能力を持っている。

この匂いもなんらかの罠かもしれない。警戒しないと。

「何しに来た?」

イズルは冷たい声で質問した。

「CEO兄ちゃん、よそよそしい……うちが臭いのは分かってるけど、これもCEO兄ちゃんのせいだよ。うちはCEO兄ちゃんを恨んでいないから、CEO兄ちゃんはお金持ちでしょ~ケチしないでよ。わざわざ誤解を解くために来たの」

「……」

そもそも誤解していないし、解く必要もない、それ以前、そのわざとらしい声が気持ち悪いと言いたいところだが、追い払うとようこはまた会社の業務を妨害するだろう。

「15分をやる。好きなだけ喋ればいい。終わったらさっさと帰れ」

イズルがそう言ったら、ようこは緊張感なさそうにしゃべり始めた。

「はい~実は、うちじゃなくて、エンジェだよ。エンジェの使いで来たの。昨日の夜、CEO兄ちゃんとエンジェはギクシャクになったんでしょ。エンジェはね、コミュ力高いし遊び上手だし、大体ちゃんとしているけど、唯一の欠点はせっかちなところだよ。CEO兄ちゃんも知ってるでしょ~」

「知らない」

イズルは冷たい声で否定した。

「あらら、ごめんね。CEO兄ちゃんは彼女のハーレムの男じゃないのが忘れちゃった。いつもこんなテンプレでエンジェの男たちを慰めていたの。えへへ~」

ようこは自分の頭をポンポンと叩いて馬鹿笑った。

「……」

ますます訳が分からない……

イズルは青野翼に質問の目線を投げたら、青野翼はもう少し聞いてみようと目で合図を返した。

「とにかく、昨日の夜は誤解なの!エンジェは、CEO兄ちゃんの命を取りたくないのよ!エンジェは、もうCEO兄ちゃんのことが好きになっちゃったのよ!」

「……」

「……」

そのデタラメに、イズルと青野翼は沈黙で対応した。

ようこはがっかりしたように口を尖らせて、一人芝居をつづけた。

「エンジェの任務は難しいよ……ああ、いっそう開き直ししよう!エンジェはお父さんがいなくて、お母さんが彼氏とデートばかり。だから、エンジェはかっこよくてお金持ちで優しくて彼女の言いなりになる花婿を探しているの!CEO兄ちゃんみたいなのがちょうどいいの!」

「……」

顔に反応が出なかったが、イズルはとんでもない悪寒を感じた。

「誰もが羨ましい貴婦人になるのは彼女の夢だから、万代家で結構いろいろ探してたの。でもね、万代家の御曹司たちは皆賢く狡くて、なかなか落とせない。だから、彼女は自分で上に昇るしかなかった。媚び売り~とか、仲間売り~とか、情報売り~とかいっぱいやって、呪いだの黒魔術だの邪法だの手段を選ばないの。そして、運がよくて、今の地位に上ったの」

「……」

「それからそれから、ホストみたいな男たちを集めて、夢のハーレムを作って……でも、自慢できる高級品花婿がまだ見つからなくて、かなり焦ってるの」

「……」

誤解を解くために?

人のプライベート、いいえ、黒歴史を晒すための間違いじゃない?

イズルと青野翼はやっとようこの目的が分かったような気がした。

エンジェの使いで来たのは本当だとしても、ようこはエンジェの任務をクリアするより、彼女自身のために、逆にエンジェを売ろうとしているだろう。

恐らく、エンジェを下げることでイズルの機嫌や信頼を取って、何かのメリットを得ようと打算している。

でも、その話術はあまりにも下手で、話にならない。

通りで彼女が万代家での継承順位は低いわけだ。


イズルは心の中でようこの下手ぶりを嘲笑ったら、ようこの口から彼の神経を刺さる言葉が出た。

「でもね、へへ、リカはいい花婿がいるの!」

「!」

イズルの目に、光がちらっと走った。

ようこはその一瞬の表情を見逃さなかった。

馬鹿馬鹿しく見えても、ようこは弱小動物のように、勘が鋭い。

イズルの警戒心が強いのは最初から分かったんだ。

だから、わざと馬鹿な話をして気を散らさせた。

(やっと、隙を見つけた――)

ようこは更にニヤニヤして、神秘そうに指を唇に当てた。

「リカの花婿はね、家から支給されたのよ~長女で継承人だから、自分で相手を探さなくても、かっこいくて有能な相手が用意されたの」

「……」

ただの婚約者か……

イズルは少々ほっとしたけど、やはりまだ少々気になる。

問い詰めようとすると、これがようこの罠だと気づいた。

ようこはこの情報を餌に、自分を彼女のペースに巻き込もうしている。

以前、リカに「彼氏」のことを確認した時、リカの答えは「そのような相手はいない」。

本当に婚約者がいても、リカに相手にされていないだろう。

「本当にかっこいいよ!CEO兄ちゃんにも負けないの!異能力もすごい!家の秘蔵人材なの!エンジェよりも年下なのに、勢力はエンジェよりも強いの!」

「……」

ようこが急いでアピールしたら、イズルはその挑発に乗ってはいけないと確信した。

イズルの返事をもらえないようこはため息をつきながらも、挑発し続けた。

「彼はリカといい感じになったのにね、リカは急に長期出張が決めたの。そうすると、何があったと思う?エンジェは――彼を寝取ったの!」

「?!」

「でもね、エンジェが悪いわけじゃないのよ。うちは知っている。あの人は、リカのことが本気に好きじゃなかったの。リカが命かけて任務をする時に、彼はエンジェとラブラブホテルに行ったの。最低でしょ?」

「リカはまだそのことが知らないと思う。教えるかどうか、CEO兄ちゃんの判断に任せるの!」

「ああ、そうだわ。エンジェはリカの男と仕事を奪ったけど、エンジェは悪くない!エンジェは悪くない!エンジェは悪くない!重要なことを三回伝えないと!誰のせいと言っても、クズ男のせいだよ。あなたたち男が浮気をしたのに、世間はうちら女子をビッチ呼ばわりするなんて、不公平だよ!」

「……」

ようこの挑発がだんだんエスカレート。イズルと青野翼は濡れ衣を着せられた気分になって、実に気持ち悪かったが、このレベルの挑発はツッコミさえも値しないと思った。

「うちらは、大和撫子を目指すいい女の子!溺愛してくれるいい男がいれば、ダメ男に媚びを売るわけがないでしょ!リカはあんな性格してるのに、たくさんの資源を持っている!これも不公平だよ!うちらは男を大事にしないリカを倒して、自分の旦那にその資源を差し上げるの!ほら、リカよりよほどいい女でしょ?!」

ようこは張り切ってペラペラしゃべりつづけたけど、有意義な情報がほとんどなかった。

もうリカの悪口とエンジェの黒歴史に聞き飽きたイズルは時計を見て、ようこにリマインドする。

「あと20秒」

「ええ、分かるよ。うち、分かりのいいタイプなの!」

ようこはさっそくまとめをした。

「とにかく、CEO兄ちゃんは安心して、エンジェはリカだけに敵意を持っている。CEO兄ちゃんが望めば、エンジェもうちも愛情を差し上げるの!リカの持ってるものももぎ取って差し上げるの!はい、これ、うちの連絡先!聞きたいゴシップがあれば、いつでも誘って!」

「……」

「……」


ようこはセキュリティスタッフに挟まれて、オフィスの外に送られた。

イズルは無表情で青野翼に聞く。

「どう思う?ただの馬鹿に見えないと思ったが、やはりただの馬鹿じゃない……?」

「レベルが低すぎますね。その程度の情報、交渉の材料にもなりません」

青野翼は息を吐いて、一度眼鏡を押し上げた。

「ただ、CEOの反感を買う点に関して、彼女は成功しましたね。今のCEOにとって、彼女より嫌な女がいないでしょう。もともと嫌と思う相手も少し可愛く見えてくるでしょ?たとえ、昨日の敵でも、話し相手になれると思うようになったのではありませんか?」

「それはそうかもしれない」

イズルはようこの香水臭い名刺をもみくちゃにした。

エンジェとようこ、一見友達にだけど、他人を欺く同時に、お互いにも欺いている……

責任感の強い、道徳心がしっかりしているリカが敵視している理由がなんとなく分かった。

このような人たちに陥れて、リカもきっと不服だろう。

なのに、リカは彼たちへの復讐より、仲間を助けることを先にした……


「リカの花婿はね、家から支給されたのよ~長女で継承人だから、自分で相手を探さなくても、かっこいくて有能な相手が用意されたの」


でも、ようこの情報は完全に無意味ではない。

彼女は青野翼よりもリカの人間関係を熟知しているはず……

万代家の人間の黒歴史もいろいろ知っているようだ。

そんなことは、リカから聞けそうもない。

将来的に役に立つかもしれないと、

イズルは潰された名刺をポケットに入れた。

でも、やはり、人間的にも精神的にも信用できない人物。途方に暮れるまでようこに当たらないだろう。

似たような情報を提供できる人は、ほかにいないのか。


そう思う途端に、イズルの個人携帯にメッセージの着信音があった。

見たことのない番号だ。

「万代家へようこそ、今日から、あなたはわたしたちの大事な家族になります――以下のアカウントと仮パスワードを使って、添付リンクからマイページに接続してください。必ず2時間以内にログインして、パスワードを変更してください」

「!これは……」

イズルは青野翼に教えようとしたら、もう一通のメッセージが届いた。

同じく、見たことのない番号だ。

「イズル兄ちゃんですね?お祭りの日に会ったあかりです!連絡先を追加してくれますか?」


――どうやら、さっきの願いはすぐ叶えられる。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?