あかりはパソコンで資料入力をしている。
内容はリカからもらったイズルの入族資料だ。
リカは隣の椅子に座って、ノートパソコンで別の何かを見ている。
イズルの資料を万代家入族システムに登録したら、あかりは音もなく自分のスマホでイズルの番号を入力して、プライベートのメッセージを送った。
全部終わってから、あかりはリカに声をかけた。
「お姉ちゃん、登録完了です。彼に知らせメッセージを送ったよ」
リカは自分のパソコンを締めて、あかりの頭を撫で撫でした。
「お疲れ。ご飯に行きましょう。食べたいものはある?」
あかりはリカの腕を抱きしめて、猫みたいにすりすり。
「何でもいい。お姉ちゃんの役に立てて嬉しい」
「本当に助かったわ。ほかのエンジニアなら小細工をしない保証がないから。あかりがいてよかった」
「うん!そのためにエンジニア資格を取ったのよ!」
あかりは嬉しそうにうなずいたけど、ふいと何か思い出したように、リカから離れた。
「あっ、でも……あたしをあまり信用しないほうがいいかも」
「どうして?」
「だって、エンジェは人の姿になれるんじゃない?もう5時間以上維持できると聞いたの。あたしの姿になって、お姉ちゃんを騙しにきたらどうするの……ああ、でも、今のあたしは本物よ、過去のことを聞いてみて!」
あかりは慌てて両手を振った。
「大丈夫よ」
リカは優しく微笑んだ。
「エンジェは姿を変えられても、ボロが多いの。誰かがあかりになっても、すぐ分かる。それより怖いのは、姿を変えられないまま騙しに来る人たちだ」
「そうだよね。エンジェはお姉ちゃんとあんなに仲良く見えたのに。あたしと一緒にお姉ちゃんのお誕生日プレゼントを用意したこともある……彼女は勝ったつもりであちこち自慢しなかったら、あたしも気づかなったの。お姉ちゃんの逆転を見たら、絶対邪魔しにくるのよ!絶対、絶対気を付けてね!」
あかりは小さな拳を握りしめてリカに訴えた。
リカはあかりの指を伸ばし、穏やかな言葉で彼女を慰める。
「もう大丈夫。エンジェのことは、分からなかったじゃなくて、分かりたくなかった。でも今は違う。もう二度目はない」
リカの家は、「
使うかどうかは別として、万代家の上層部の人物は、全員このコミュニティで別荘のような一戸建てを持っている。
コミュニティの管理は厳しい。万代家の人間でも、ここの住民でないと、簡単に入れない。
例えば、エンジェやマサルたち、いくら継承順位の高い人であっても、このコミュニティに自由に入れない。
リカは13歳の時に、初めてエンジェと一緒に仕事をした。
極簡単な使いだった。修学旅行の学生に偽装して、目標人物を尾行して、接近して、写真を撮ることだった。
任務が終わったら、リカはお疲れ会を開いた。
エンジェを含めて、一緒に仕事をした子供たちを家に招待した。
エンジェはこのコミュニティを夢中に見学しながら、リカに何度も羨望を語っていた。
その羨望が歪んだものだったことは、リカは思いもしなかった。
あれから、リカとエンジェが一緒に仕事をすることはかなり増えた。リカもよくエンジェを家に招待していた。
そのおかげで、エンジェはコミュニティの従業員たちと仲良くなった。その従業員の中に、エンジェが変化したマサルにリカの家を開けた「瑞」さんがいた。
リカは家に戻ると、部屋内外の隅々をチェックした。
ほんの僅かだが、机の引き出し、ベッド下のタンス、クロゼットなどは探られた痕跡があった。
定期的に家事を手伝いに来る家政婦がいるけど、家政婦は家具の中身を探らないだろう。
さらに調べたら、何個の盗聴器を見つけた。
盗聴器は想定中のものだったけど、ほかにも妙なものがあった。
「呪いの札」と言えるべきだろう。
複雑な模様が描かれた数枚の札に、リカの生年月日と名前が書かれている。その模様は呪文か何か分からないけど、形から見れば、かなり凶悪なタッチで、不吉な雰囲気が漂っている。
リカはとりあえず写真を撮った。
万代家の一部の人はこういう悪手の神秘学にかなり夢中しているけど、リカはそのようなものをあまり信じていない。
以前のリカだったら、これらをただのいたずらだと思って、見なかったことにしたのだろうが、今はできない。
たとえ実際の危害がなくても、これらの存在自体は相手に自信を与えている――自分を潰すことに成功する自信を。
その自信が更なる悪質な行動につながるから、緩い対応はもうできない。
緩いと言えば、イズルが話したスマホのパスワードのことを思い出した。
万代家の技術なら、スマホへのハッキングは簡単にできる。
エンジェの「お仲良しさん」の中でもハッカーチームの人がいる。
新しい携帯を購入した時、もう万代家から離れると決めたから、パスワードを掛けても掛けなくても区別がないと思った。
でも、その状況も変わった。
しばらく万代家から離れないことになった。
パスワードをかけても、最終的無駄になるかも知れないが、掛けること自体はエンジェたちにサインを出せる――大人しくお前たちにやられるつもりはない。
相手の行動コストを上げることも反撃の一つになる。
リカはスマホにパスワードをかけて、ベッドの隣に置かれたサーブルのカバンを一度見た。
それからベッド宮の一番奥の隅から一冊の日記を出した。
日記の中に、おじいちゃん、おとうさん、おかあさん、わたし……とたくさんの幼い文字が書かれている。
文字の隣に、意味不明な落書きもついている。
ある「わたし」の文字がついているページに、地に倒れた女の子が描かれている。女の子の左腕が血まみれで、体の下には雪の祭壇。リカが異世界から戻った日の景色そのままだ。
数ページをめくったら、女の子は足を怪我して、森の中に寝ている。周りに巨大な黒石がいくつも立っている。
次のページ、女の子の周りには爆発マークみたいな線が描かれていて、女の子は両手で耳をふさいでいる。
リカはようやくわかった。
それは小さい頃の自分が、一生懸命に未来の自分に送ってきたメッセージだ。
「あなたを信じていなくて、ごめんなさい」
リカはその日記に一度謝った。