この情報は驚いたものだ。
リカは推薦評価のことについて一言も言わなかった。
しかも、高評価だと?
あのマイナス数十万まで減点されたCEO評価を見るかぎり、「小学中退で四字熟語を使える」以外に書かれそうなことはどうしても想像できない。
「その評価、何が書いた?」
イズルの好奇心が湧いてきたが、今回はあかりがもったいぶりした。
「それは家の秘密情報です!もっと賄賂をくれないと教えてあげられないよ!」
「……」
ここで待っているのか、この小悪魔……
あかりに嵌められたと気づいて、イズルはむかつくと思った。それでも仕方がないと心の中でため息をついた。
ポットを持ってきて、自分にお茶を注いだ。
「じゃあ、どんな賄賂がほしい?」
「まず、この質問を答えてください」
「どうぞ」
「お兄ちゃんは――お姉ちゃんのことが好きじゃない?」
「!」
お茶で気持ちを回復しょうとするイズルだったが、その質問を聞いたらカップを持つ手が震えた。
カップと皿がぶつかって、チャリンと小さな音がした。
イズルは急いで手を抑えて、カップを口元に運んだ。
ゆっくりと一口を飲んでから、平静そうな顔で聞き返した。
「そんなこと、何が根拠で言ったの?」
「ほら、否定しないのね」
「!」
決める証拠でも掴んだように、あかりはイズルに指さした。
イズルの悔しさがまた一段上がった。
12歳の子供に問題発言を掴まれた……!
「祭りの日からそうかもと思っていたの。お兄ちゃんはお姉ちゃんにとても気を使ってるし、お姉ちゃんの顔色を伺って行動するような感じでした」
「それは、わたしのCEO評価が彼女に握られたから、知らないのか?」
「知っているよ、あのマイナス何百万の奴でしょ?」
(もう何百万突破か……)
「でも点数のためだったら、大人しく媚びを売ればいいでしょ。下手に逆らうと余計に嫌われちゃうし。なのに、お兄ちゃんはわざと反抗的な態度を見せて、あたしの話からお姉ちゃんのことを探ろうとした。なんというか……愛情による逆恨みみたいな行動、だと思います!」
「万代家は子供に何を教えている……」
「後は、電気スクーターで離れる時も、お姉ちゃんに自分の能力を証明しようとしてた……気持ちが答えられなくて、つい切れたって感じでした!」
「あれは、工場のことで……」
目がキラキラして、次のボロを待っているあかりの表情を見たら。イズルは弁解をあきらめた。
もういい。
リカを攻略しようとしたのは本当のことだ……
でも、「恋人になる提案」がリカに断られた以上、その道はもうない。
今のリカは、協力契約を交わしたパートナーだ。
復讐相手から協力相手になるまでの過程は二転三転で、リカへの見方もゴロゴロ変わっていた。
リカの言動を理解できなくて、混乱したこともあったから、余計に気になったのも当然だ……
人生経験不足の子供が、その混乱を恋の始まりに勘違いしただけだ。
そういえば、このあかりという子は、自ら自分に連絡を取って、変なことを聞いて、一体なにをしたい?
まさか、リカに言われて、自分を試しに来たのか?
いいえ、そんなことはリカらしくない。
あるいは、リカのために勝手に自分を試しに来たのか?
あり得る。
どの道、あかりは自分の態度をリカに伝える可能性が高い。
なら、リカに好意があると認めたほうが、協力関係に有利だ……
「リカ、お姉さんはオレのことが好きになると思う?」
いろいろ考えたあげく、イズルは曖昧な言い方で聞き返した。
「少なくても、嫌いじゃないと思います。お姉ちゃんは、嫌いな人や認めない人に会話もあまりしないの」
「……そうか。オレとの会話も公式的なものが多いと思うけど。それに、彼女はオレのことを本気に馬鹿だと思っているらしい」
「それはないと思います。推薦評価に、頭の反応が早く、ズル賢く、怜悧狡猾とか書かれているから」
「やっぱり低評価じゃないか……人柄的に……」
「ぷっ……」
あかりは笑い出したら、手が滑ってカップを落とした。
紅茶が机とあかりの服にこぼれた。
「ご、ごめんなさい!!」
あかりは慌ててティッシュと出して、机を拭こうとしたが、イズルが先に机を拭いた。
「机は大丈夫、洋服を拭いて」
「あっ、はい……」
あかりはティッシュで服に着けたお茶を吸い取ったけど、水の跡がはっきり残されている。
「……お姉ちゃんは予備の服を持っていると思います。着かえてきます!」
「……」
イズルは疑わしい視線であかりを見送った。
この天使の顔をしている小悪魔、また何か企んでいるのか……
リカはともかく、子供にも抑えられているとはどういうことだ……
大人なげないのを知っていても、やはりむかつく。
イズルはお塩のツボからたっぷり1さじを掬って、あかりのカップに入れた。
それから紅茶を注いで、ゆっくりと溶かせる——
密かに小悪魔の渋い顔に期待したら、冷たい何かが首元に置かれた。
「何を入れたの?」
冷たい質問声と共に。
この14階の鍵を持っているのは自分とリカ二人だけ。
それに、この声を聴き間違えるはずがない。
イズルは振り向かずに、軽々しい口調で答えた。
「小さないたずらです」
「いたずらだけなの?」
後ろの人――リカの声は更に冷たくなった。
「あかりは以前どんな事に遭ったのか、教えたことがあるよね。たとえいたずらでも、彼女を傷付ける可能性がある行動は、私が許さない」
「なら、その前に、『よく知らない人の家でお茶を飲んじゃだめ』と彼女自身に教えるべきだと思いますよ」
イズルは首元のサーブルを摘んで外そうとしたが、リカは剣の位置を維持した。
「どこへ行くのはあかりの自由。私にはそれを干渉する権力がない」
「だから、オレを干渉するのか?」
リカの話はイズルのイライラの気持ちに火をつけた。
イズルは鼻で笑った。
「お前が剣を抜くのを始めてみたな。こんなちっぽけなことのために、大げさと思わない?オレはあんなガキに何かをすると本気に思っているのか?」
こんなことで疑われたとは……
自分はどのほど信用されていないんだ。
イズルはプライドも人格も侮辱された気がした。
「大げさではない。どんな小さな悪事でも、大きいな悪事の糧になる。今のあなたはあかりを傷付けなくても、これからの保証がない。人間は変わるもの。特に、万代家に入った人間の変わりはもっと早い。これは今後のための警告だ」
「……」
警告?
こんなちっぽけなことで、自分を警告する?
イズルは滑稽と思った。
リカではなく、彼自身だ。
さっきまで、リカは復讐の相手ではなく、自分と同じ被害者かもしれないと思って、本気でよい協力関係を築こうと考えていた。
なのに、リカは最初から自分を見ていないようだ。
自分は花畑脳の好青年であろうと、莫大な資源と勢力を持つ本物のCEOであろうと、彼女の眼中に入らない。
どんなに好意を示しても、その石頭にとって、ただの「外部者」、あかりのような信頼できる相手にならない……
熱く燃え始める憂鬱が鈍い痛みとなって胸を走った。
「お姉ちゃん!」
空気が微妙になったところ、あかりは着替えを済んで戻ってきた。
「用事はもう済んだの?しばらく家で過ごすんじゃなかった?あっ、これ、つけているのね!」
リカがカバンにつけているヒヨコのストラップを見たら、あかりは嬉しかった。
「ちょっと忘れものがあって、取りに来たの」
リカはさりげなくサーブルをカバンに収まった。
それから暗い顔色のイズルに構わず、自分の部屋に向かった。
あかりのことだから、異様な空気にもう気づいている。
あかりは本物の小動物にようにおどおどと座って、紅茶を一口飲んだ。
「!!」
思いもしなかった味に渋い顔になった。
「み、水っ!」
期待していた結果だけど、イズルはもうそれを楽しむ気分じゃない。
漠然とあかりに方向を示した。
「キッチンにある」
リカはすぐ部屋から出てきた。
無言のイズルの前にきて、手を開ける。
「……!」
リカの掌にあるものを見て、イズルは目を張った。
少し戸惑ったけど、リカの意味を読み取って、リカの掌から契約締結用の勾玉を取った。
「七龍頭との対面は決まった。遅刻しないように」
それだけを言い残して、リカはマンションを去った。