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89 警戒

「梅子さんと対面するのは申請が必要だったのね。許可を取ってくれて、本当にありがとう」

マサルの車に戻ると、リカは一番先に感謝を述べた。

「礼はいらない。やるべきことをやっただけさ」

マサルは満足に微笑んで、車を出した。

「でも、星空の石を持って来なかったのは意外だね。ようこが盗んだあの偽物もあなたの計算だろ?リカはもっと無防備な人だと思っていたけど、さすが16歳で大学を卒業した天才少女、やろうと思えば策士にもなれるんじゃないか」

「……」

マサルがそれでリカを褒めるつもりだけど、リカは全然喜ばなかった。

マサルは偽物の星空の石が盗まれた件を知っている。彼も一枚を噛んでいる可能性が極めて高い。

マサルはリカの疑いも知らずに笑顔で話しを続ける。

「その調子で、普段ももっと周りを警戒したほうがいい」

「普段から周りを?誰を警戒するの?」

「もう心当たりがあるのに」

「ないわ。真心で接してくれる人を警戒する必要はない。企みのある人を警戒しても、彼らを変えられない。警戒より除去したほうが確実よ」

さっきまで穏やかなリカの眼差しは、いきなり鋭くなった。

「……」

マサルは自分の失言に気づいて、黙ることを選んだ。

今回は、リカのほうから切り出した。

「デパートのテロ事件はどういうこと?あなたが仕組んだの?」

「まさか……」

マサルは鼻で吹いた。

「あの時、あなたが私を止めようとしたのは、事情を悟ったからでしょう。『聖嬰せいえい』という言葉が繋がっているのは新興宗教なんかじゃない、『天国ヘブン』だ。つまり、今の『新世界』。

テロ事件は万代家の自作自演だったでしょう。あの手段は、万代家が目障りなライバル組織によく使う嫌がらせだ。悪質な事件を起こして、ライバル組織の手掛かりを残す。一般社会の目をライバルに向けさせて、一般社会の資源を利用して、ライバル組織を波乱する」

「だとしても、俺はその行動について何も知らないんだ。俺はただ、彼たちが万代家の人だと気づいただけだ」

「……」

リカはしばらく沈黙した。

たとえ本当に知らなかったとしても、マサルは一部の情報を伏せた。

波乱行動の目標が新世界だけなら、心配する必要はないが、微妙なのは、その行動の場所はイズルの家の近くにあるデパート。

イズルは今新世界と繋がっている。誰かが新世界を利用して、イズルを目当てにやった可能性がないとは言えない。

マサルは明らかに自分にテロ事件と新世界の関係に気づかせたくない。

もちろん、考えすぎる可能性もあるが、異世界でのことの二の舞になりたくない。

どんな小さな疑いも見逃すわけにはいかない。

「次バス停で私をおろしてください」

「俺の話を信じてくれないのか?俺はどれだけ信用されていないんだ」

マサルは軽く笑って、リカの話を冗談だと捉えた。

でも、リカは真剣顔で開き直した。

「そうだね。私の心はともて狭い。同じ人を何度も信用するようなことはできない。星空の石を持って来なかったのも、あなたを信用していないから。もちろん、あなたを異世界に連れて行く気もない。それでも私を助けるの?」

「……」

マサルはハンドルに力を入れた。

この状況は厄介だ。

リカは、自分を試しているのか?それとも本気なのか?

昔から、リカの厳しい一面に苦手だった。

リカが不思議な人だとずっと思っていた。

まるで奇妙な圧力を持っている。仕事場など真剣な場面で、自然に相手にプレッシャーをかける。

でもその反面、彼女の笑顔がとても暖かい。身近な人を包むような優しさを持っている。

天童大宇てんどうだいうの孫でいる時代に、その優しさに何度も救われた。

マサルが本当に望んでいるのは、いつでもどこでも自分を優しく包んでくれるリカだ。

エンジェにアプローチされた時に、彼は「やさしい」エンジェからずっと望んでいるリカの姿を見た。

でも、リカは彼の思うようにならなかった。

今となって、笑顔すら見せてくれなくなった。

その笑顔を失くさせたのは自分なのか?


いいえ、違う。

リカは異世界に行く前に「あんな話」をしたから、自分のプライドを傷付けたから。

リカがずっと自分を見下ろしていることに気づいたから、リカを許さなかった。

「あの時」のことを思うと、マサルの頭がズキンズキンと痛んだ。

この前に予約した全面検査で、異能力による「精神傷害・記憶障害」の可能性があると言われた。まだ確定ではないが、まさか、「あの時」と何か関係があるのか……


記憶を探ろうとしたら、頭痛と心悸が激しくなる。

マサルはさっそくブレーキをかけた。

「どうしたの?体の具合が悪いの?」

リカはマサルの異様に気付いた。

「構うな!降りたいならさっさと降りろ!」

マサル目線を伏せて、リカに大声を出した。

「……」

マサルが強がっているのは、リカにも分かる。

それでも、何かをしてあげられるような立場ではない。

リカは黙って車から降りて、村田にメッセージを送った。

それは「裏切り者」に対して、リカのできる精いっぱいの気遣いだ。


この辺りはまだ郊外、タクシーがなかなか来ない。

リカは一番近いバス停まで歩いた。

一陣の冷たい風が吹いてきて、イズルからもらったマフラーの存在感が強くなった。

なんだか不思議。

他人のものを使うのは慣れないのに。まして、マフラーのような身に着けるもの。

どうしてその場で断らなかったの?


遠くない団地の入り口に、ある車から、二人の小学生くらいの男の子がはしゃぎながら降りてきた。

一人は飛行の模型を持っていて、「僕、飛行機に乗ってる!」と走って車を回す。

もう一人は「僕、スーパーマンだ!飛行機より早い」と叫び返して、前の子供を追いかける。

リカは思わず、イズルを思い出した。

男の子は皆、飛ぶことが好きなのかな?

飛べたらかっこいいと思うからだろう。

否定はしないけど、パラグライダーを使う必要があるの?

デパートの外で大人しく待ったほうが気楽なのに。

空から降りてきたイズルを思うと、リカはなぜか微笑ましい気分になった。

そのようなサプライズは、嫌いじゃない。


「ほら、何をしている!早くうちに帰る!パパは待っているの!」

車からお母さんらしい女性の声が響いた。


誰かが自分の帰りを待っている。

そのような極普通なことで、寒い風を凌ぐ暖かさを感じるのは始めてかもしれない。

リカは少しだけ、マフラーを整えた。

その時、妙な画面が頭を掠れた。

――イズルの体は、燃えている!

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