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102 守り合い

リカの心臓がいきなり、猛スピードで鼓動し始めた。

イズルの吐息が髪に触れていて、顔に熱い温度が上り、指先がしびれる。

頭が空白になり、どう返せばいいのか、まったく見当がつかない。

「でも、わかっているよ。リカは恋愛を考える暇はない。異世界の仲間たちの安否を確認しないかぎり、やさしいリカは自分のことを許せない」

イズルは額をリカの額に軽くくっつけた。

「だから、一緒に行ってあげる。異世界へ」

「!何をっ、言いるの?」

リカは我に返ったら、反射的にイズルを押しのけた。

「もちろん、告白だよ」

ふんわりと、イズルは笑顔を返して、再び二人の距離を縮める。

「返事は?」

「……」

リカはまだ状況整理ができていないのに、イズルは更に攻めてきた。

「オレのことが好きなのか?オレの告白を受け入れてくれるのか?異世界に連れてくれるのか?――三つの質問に一つの返事をもらえば十分。リカのほうがお得だ」

「……」

リカは混乱の頭で極力に答えを整理してみた。

正直に返事すると、多分答えはそれぞれ――

はい、わからない、いいえ。

「一つにまとめられるわけながないでしょ……」

ツッコミも兼ねて、リカはを本音を漏れた。

「じゃあ、すくなくとも、一つは『はい』になるってことね」

イズルは狡猾な狐のように笑った。

「リカは自分一人で異世界に行くつもりだから、オレを連れていくはずがない。リカは恋愛する余裕がないから、他人の告白を受け入れるはずもない。すると、答えは『はい』になるのは『オレが好き』のこと、だろ?」

「!」

なんてズルい聞き方!

やっぱり、この猫かぶりを甘く見たのは間違っていた……!

リカは壁から離れろうとしたら、イズルに両手を掴まれて、更に強く押し付けられた。

イズルの眼差しから、人の心を焼きつけるような熱が感じる。

「リカ、オレはあなたより背が高い、力強い、ズル賢い。この世界でも異世界でもあなたを守られる。好きな人が危険な地に赴くのを黙って見てられない。連れて行ってくれなくても、異世界に行く方法はどうにかなる。リカの気持ちが分からない限り、オレは絶対引かない。本当にオレを止めたいなら、答えを教えてくれ――オレのことが好きなのか?嘘をついたら、オレは異世界まで追いかける」

「!」

なんてしつこい!

少しでもイズルのことが嫌いだったら、リカはイズルの足を踏みつぶした。

イズルが諦め悪いのが分かる。でも、ここまで「しつこい」とは想像外だ。

ここまで追い詰められると、リカもある程度妥協するしかない。

リカは視線を下げて、諦めたように嘆いた。

「降参する……イズルのことが好きよ……」

その一言で、イズルの目の光がやわらかくなった。

「だから、異世界に連れて行かない。どうしても行きたいのは私の意地だ。イズルが付き合う必要はない。あんな危険の満ちたところで、あなたの安全を守る自信がない、あなたを無事に連れて帰る自信も……」

やっとリカから答えをもらって、イズルの雰囲気も落ち着いた。

でも、やっぱり引かなかった。

穏かな声で、もう一度リカに意志を示した。

「リカ、オレは一度家族を失った。こんな状況で、再び大切な人ができたら、その人を手放すと思う?」

「……本当のことを知ったら、もう行くのを諦めるんじゃなかった?」

イズルの狡猾さから考えれば、リカもこうなると予感した。

イズルはリカの質疑を無視して、更に真面目な口調でリカの話を訂正した。

「リカがオレを連れて帰るんじゃない。オレはリカを連れて帰るんだ。さっきも言ったように、オレはリカを守るから、リカは守られる側になっていい」

イズルは両手でリカをやさしく抱きしめた。

「覚悟しろよ。オレを追い払うのはもう不可能だ」

イズルの温もりに包まれて、リカは心のブレーキが壊れた音を聞いた。

強引的に折れたのではなく、自分を包む暖かい炎に燃やされて、じわじわと灰になっていくのを感じた。

リカがふっと気付いた。

本当にイズルを断りたいなら、すべては「いいえ」で返せばいいのに。それをしなかったのは、やっぱり怖いからだ。

「失うことが怖い」

イズルの気持ちも、彼の存在も、失いたくない。

自分のことをずっと、快刀乱麻で悩みを切る人間だと思っていたが、いつの間にか、優柔不断の怖がり屋になった。

それはきっと、目の前の人のせいだ……

でも不思議に、彼に気持ちを暴かれても、嫌なんかを感じなかった。

むしろ、微笑ましい気分になって、素直に今までと違う自分を受け入れられた。

「守られるだけのは性に合わない。イズルを止められないなら、私はイズルを守り切るだけのことよ」

リカはやさしくイズルを抱き返した。

「じゃあ、比べてみないか?誰が本当のガーディアンか」

気持ちが通じたのを実感して、イズルは楽しそうに笑った。

二人はしばらくそのままでお互いの心臓の暖かい鼓動を感じていた。


***

「でも、行く前に、万全の準備を整えなくちゃ」

嬉しい気持ちで体を十分温めたら、イズルはリカから離れて、笑みを少し抑えた。

「万全の準備?」

「この間のいろいろからオレはわかった。リカの前回の失敗は、何人かの裏切り者によって作られたもの。逆に言えば、そこまで仕組まないと、奴らはリカを阻止する自信がない。

 リカはもともと成功する能力を持ている。前回の経験から勉強もしただろう。だから、リカのほうで準備するものはない。ただ、オレたちの無事の帰還のために、オレのほうで最後の仕上げをする必要がある」

「!」

個人感情以外のことに関して、リカは鈍くない。

イズルの話から危険な意味を匂った。

イズルの目が細くなって、鋭い光を発した。

「あなたの任務を潰して、オレの家族を殺害したあの『落合』を消す」

「……」

イズルが落合に辿り着いたのは、リカの予想中のことだ。

まず、落合はエンジェの後ろ盾だ。

なにより、落合はイズルへの敵意を隠しもしなかった。

その堂々と悪事を行う自信は、すべて、彼が万代家で担う特別な役目からのものだ。

「もう、知ってたの」

リカは落ち着いた声で聞き返した。

「ああ、青野翼に頼んだら、思ったよりも簡単に証拠や証言を集めた。リカこそ、最初から知ってただろ?大宇だいうさんが復帰した以上、まだあいつを野放すつもり?人助けを最優先にするのがわかるけど、あいつがいる限り、どこに行っても安心できないだろ」

「野放すわけじゃない」

リカは軽くため息をついた。

「落合の一番厄介なところは、『毒龍』という特権だ」

「『毒龍の特権』?」

イズルは戸惑った。

「七龍頭」がもう聞き慣れたが、「毒龍」という単語は初めて聞いた。

リカはイズルに詳しく説明をした。

「一つの組織において、タカ派やハト派などさまざまな役を担う上層人物がいる。万代家もそうよ。七龍頭の中で、祖父は『龍頭』でリーダー役、ヤナギ様は全体的な安定を維持する大長老役、シャングリさんは外部に好意を見せるお花役、王さんは内部の雰囲気を調整する役、白先生は智嚢役、東山さんはまだ新人で、役が決まっていない。

 落合は、闇で策を実行し、凶悪な手段で家族内外に力を示す『毒龍』役を担っている。

 万代家が行った悪事は、大体彼の手に経由するもの。いざとなったら、彼一人を切り捨てれば、組織のイメージが守られるし、うまく敵を黙らせる。言い換えば、落合は誰もやりたくない憎まれ役を担っている。

 その償いとして、私欲のために過激な手段を取っていても、責任不問という特権が許される。もしも、彼はあなたから殺意を感じたら、迷いもなく、いかなる手段を使ってもあなたを潰しに来るでしょう」

「なるほど、だとしたら、長期間の計画より、一撃必殺の策が必要だな」

イズルは怯むどころか、真剣に落合対策を考え始めた。

リカは心配ですぐ補足する。

「彼はあなたの家族に手をかけた張本人だとしても、その後ろにほかの人がいないとは限らないわ」

「ほかの人……?やはり、青野翼が言ったように、集団決断なのか?」

イズルの表情は複雑になった。

集団決断ということは、リカの祖父も一枚を噛んでいるかもしれいない。

「断言できない。でも、祖父の反応から見れば、あなたの家族の件は単純じゃないわ。神農しんのうグループと万代家の契約を確認したけど、特に変なところがなかった。一番怪しいのは、やはり、あの夜に落合とあなたの家族が話したこと……」

リカの難しい顔を見ると、イズルは表情を解いて、両手でリカの頬を摘んだ。

「!」

「まあ、一日二日で解決できることじゃないのはわかる。悩ませるために提案したんじゃないから、続きは別の日にしよう」

イズルは驚いたリカに優しい笑顔をみせた。

「それより、先ほど、オレたちお互いに告白をしたから、もう恋人の関係でいいよね」

「!」

反応が一歩遅かったが、リカの顔はサッと赤くなった。

(言われてみれば……)

そんなリカを見ると、イズルの笑顔がいっそう輝いた。

「でも、リカはオレと一緒にならないと言っただろ。その話、撤回してくれない?」

「一緒にならないと言ってないよ」

リカは小首をかしげる。

「『一緒になると言っていない』と言っただけよ」

「なるほど……」

イズルはほっとしたながらも心の中で苦笑した。

リカの冗談は、やっぱり笑えない。


イズルはふんわりとリカの手を握って、自分の頬に触れる。

「じゃあ、これから、ずっとオレの傍にいてくれ。実は、今日のパーティにたくさんの妖怪が来たんだ。リカが守ってくれないと、オレは食われるかもしれない」

「……下手な演技」

呆れたようにツッコミしたけど、リカは口元をあげて、イズルの手を握り返した。

今日は彼の誕生日、しばらく、二人で悩みのない小馬鹿でいてもいいと思った。


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