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103 ただの駒

昇龍しょうりゅうホテルでリカと喧嘩をしてから、マサルは座っても立ってもいられない。

オフィスに行って、リカの両親の飛行機の件を調べたが、事件がすでに処理されたようで、異常天気以外の情報が何も出なかった。

アピールするチャンスがないのがわかって、マサルはがっかりした。

リカの両親に会えば、まだ挽回できると、ぼんやりと思っていたから。

リカの両親と会ったことは数回しかない。

二人は自分に親切を示したが、娘の婚約者としてではなく、先輩が後輩に対する親切だった。

天童大宇てんどうだいうの態度が曖昧不明、あのイズルを提携する意思もあった。

このままだと、リカは本当にあのイズルと……

夢中に悩んでいたら、子供の頃のリカの笑顔がマサルの目の前に浮かんだ。

(もう一度、あんな風に、彼女と話したい……)

「!」

突然に、マサルは違和感に気づいた。

一体、どうしたんだろ……

リカにあんなひどいことを言われたのに、なぜ必死にリカの婚約者に戻る方法を考えている?

リカの婚約者に戻れたとしても、落合と天童大宇の駒になるだけじゃないか……

なぜ、もう一度、リカの暖かい笑顔が見たいと思っている……


本当は知っているんだ――

リカはエンジェたちを捨てなかったのは、孤独が怖いからではなく、優しいからだ。

リカは感情に不器用だけど、仲間を疑うことがなく、誰にも真心で向き合おうとしている。

なぜ、その優しさに触れる勇気がなかったんだ?

なぜ、リカが差し伸べた手を無視したんだ?

なぜ、リカは自分のことを軽蔑していると思い込んでいたんだ?

リカは、本当に「あんなこと」を言ったのか?

いつ、「あんなこと」を……?

確かに、2年前、リカが異世界に行く前の……

マサルはもっと深く記憶を探ろうとすると、いきなり、激痛が頭を貫いた。


ほぼ同時に、スマホがメール受信の音を発した。

この前に行われた身体検査の報告書が届いた。

「脳の記憶区域に不安定な波動と無反射区域が観察された……?どういうこと……?俺の記憶は何か影響を受けたのか?」

マサルはパソコンからもう1通の身体検査報告書を出して、最新にもらったものと詳しく比べた。

パソコンから出したのは2年前の報告書だ。

2年前の状況と比べ、一番著しい変化は彼の脳波だ。

でも、怪我をした覚えがないし……まさか、誰かの異能力に影響されたのか?

周りに精神系の異能力を持つ人はたくさんいるから、利用されないように常に注意している。

高い継承順位を持つ彼は家の上層部に守られている身だから、彼に手を出すバカもほとんどいないはずだ……


そう言えば、2年前の身体検査は、星空プロジェクトのために受けたものだ。

何かをされたとしたら、あの時から、ガイアリングの一件の後の間だろう。

マサルは心を静めて、もう一度2年前の記憶を探り始めた。

最初に頭に浮かんだのは、リカが異世界に行く前の二人の会話だ。

そうだ、あの時の会話で、初めてリカが自分のことを軽蔑しているのを知った。


星空プロジェクトは極秘のため、オペレーター候補に選ばれたのはリカと親しい関係を持つ三人だけだった。

一人はリカの剣術の先生、

一人はリカと多数の任務を一緒にこなせたエンジェ、

一人はリカの義理の弟であるマサル。

オペレーター候補に選ばれた当初、マサルはがっかりした。

大きな実績を出すなら、異世界に行ったほう有利に決まっている。

どうやら、裏切り者の家から出身する自分はまだ信用されていないようだ。

異世界に行けない以上、オペレーター役で実績を出さなければならない。リーダーの第一オペレーターになる必要がある。

リカの先生は50歳を超えた。

エンジェは自分より継承順位が低い。

自分が第一オペレーターに選ばれるのは当たりまえだと信じていた。

しかし、結果は思い通りにならなかった。

オペレーターの道具は2セットしか完成できなかったため、リカの先生は資格を失った。

エンジェは第一オペレーターに選ばれた。


マサルは結果発表の会議室から出て、不服と憂鬱に纏われる最中に、へらへら笑っているようこが彼の腕を組んだ。

その時のようこはまだリカにべったりつく小馬鹿だった。

「がっかりしないで!リカは男より仕事を選ぶ人なの。エンちゃんを選んだのもおかしくないわ。うちと合コンに行こうよ!」

「お前、その任務のことを知ってるのか?」

マサルは妙だと思った。ようこの継承順位だと、このような極秘任務を知るはずがない。

「そうよ。リカが教えてくれたの。マサルちゃんとエンちゃんの間で迷ってたみたい。うちに相談しにきたの」

「オペレーターを選んだのは、リカ?」

「ええ~知らなかったの?」

ようこは怪訝そうに目を瞬いた。

「で~うち、マサルちゃんがいいと言ったけど、リカは『弟は弟だけど、それほど親しくない』、やっぱ、『エンジェのほうがより信用できる』って。だから、うちはマサルちゃんがきっとがっかりすると思って、わざわざ慰めに来たの!」

「!!」

マサルはまたショックを受けた。

リカの心の中で、自分より、エンジェのほうが信用できるのか……

「さっきのこと、リカに言わないでね。内緒って約束したんだもん。さあ、早く行こうよ!」

ようこが一生懸命マサルを引っ張ったけど、マサルは彼女の手を振り払って、自分一人で外に出た。


拠点の庭に出たら、リカの姿が目に入った。

花園の馬の彫像の隣に、リカは一人の痩せた青年と話をしている。

青年は特徴的なピンクとベージュう色が混在する髪を持っている。その青年はマサルと最も関係の悪いシユウという人だ。

シユウとの話が済んだら、リカはマサルに向かった。

マサルは何かを言おうとしたが、リカは彼を見てないように、何も言わずに隣を通った。

「リカさん」

マサルはリカの後ろ姿に声をかけた。

「エンジェは大宇さんの陣の人じゃない。それでも俺より信用できると思うのか?それとも、勢力のバランスのために、やむを得ず、彼女を選んだのか……?」

リカは足を止めて、ゆっくりとマサルに振り向いた。

「マサルさんの気持ちはわかるわ。でも、確かに、エンジェのほうがより優秀で、もっと信用できると思う」

「!!」

「今回の任務は子供の遊びじゃない。自分の命を頼りのない人に任せられないの」

リカはポケッとから一枚の写真を出して、マサルに見せた。

その写真が映したのは、マサルはある若い女子と同じタピオカカップを持っているツーショット。

二人の指に、ペアリングも付けている。


「!?」

マサルは驚いた。

それの女子は、彼が任務のために付き合っている「彼女」だ。

もちろん、天童大宇の許可を取っている。

リカは一体何を言いたいんだ?

「マサルさんの彼女の数に興味はない。でも、マサルさんは家に認められた私の婚約者。やり過ぎたら私も困る」

「今回の任務が成功したら、私は将来、間違いなく七龍頭の首席になる。私が帰る前に、マサルさんは何か大きな実績を出さないと、私はもっと困る。私は命の危険に冒して家族に貢献しているのに、夫になる男がロクな貢献もできないなんて、みんなの笑いものになるわ」

「何を……!」

マサルは言葉に詰まった。

リカは顎を上げて、マサルを見下ろした。

「どうしてもできないと言うのなら、せめて、神様に祈ってください。ご利益を得られるかも知れない」

「!!」

マサルは無数の氷柱に貫けられたように動けなかった。

なるほど、それはリカの本心だったのか。

リカは小さい頃からエリート教育を受けていた万代家のお姫様。

16歳で一流大学を卒業した天才少女。

裏切り者の家から出身する自分のことを高く評価していないだろうと思っていたが、こんな風になめているとは、どうしても受け入れられなかった。

マサルは拳を握りつぶし、辛うじて言葉を返した。

「……俺は神様なんか信じていない。俺が信じているのは自分だけだ。お前やほかの誰かから与えられたものはいらない。俺は自分が選んだ道を歩く。自分の手でほしいものを掴む。お前の余計な『親切』はいらない」

「バカな男」

リカは鼻で笑って、いさぎよくその場を離れた。


その日の夜、マサルは一人で行きつけのバーに行った。

そこで、偶然にもエンジェに会った。

エンジェは何回もマサルに謝った。第一オペレーターの任務は自分に荷が重く、ストレスに押しつぶされそうになるとマサルに助けを求めた。

さらに、自分が選らばれた理由は、「リカの言うことに逆えない人間」、「実績を出してもリカの地位に脅かさない」など……裏事情を白状した。

マサルのエンジェに対するイメージはあっという間に変わった。自分のリーダー役を奪った相手から、自分と同じ、権力の被害者の可哀そうな少女に変わった。

マサルとエンジェは慰め合いながら、人生の夢とか、未来とかを語って、深夜まで飲んでいた。


マサルが再び目を覚ましたら、エンジェの家のベッドにいた……

「マサルちゃんはリカの婚約者だから……昨日のこと、なかったことにしましょう。私は…大丈夫だから!」

潤んだ目で、エンジェはマサルに無理やりな笑顔を見せた。

責任感の強さにいつも自慢しているマサルだから、可哀そうな女性にこれ以上の辛みを背負わせるものか。

マサルはその場でエンジェとの関係を確定し、二人の交際を始めた。


リカが異世界にいる二年の間、エンジェはリカからの情報を細かくマサルに共有していた。

最初の頃、マサルはまだリカの態度に気になっていたが、だんだん、エンジェの声しか聞こえなくなった。

目を閉じると、エンジェが描いたリカのない明るい未来が頭の中に浮かぶ。もう誰も彼のことをリカの婚約者として軽蔑しない。もうリカの冷たい言葉に傷付けられなくて済む。

その間、落合はマサルに声をかけた。マサルを「腐った家族をひっくり返し、組織をより美しいものに立て直す」という計画に誘った……

マサルは新しくなった家の頂点に立つことを夢見ていたが、

現実は残酷なものだ。

すべてが裏返され、最悪な結果となった。

ガイアリングは壊された。

特別昇進の資格を失った。

天童大宇に捨てられそうになった。

落合の駒にされて、ボロボロな姿でリカの前に戻された。

イズルという新人に地位を脅かされている。

恩人や婚約者を裏切る卑怯者だと見なされている……

なぜ、自分ばかりなんだ?

なぜ、エンジェや落合になんの罰もなかったんだ……

きっと、どこか間違っている。

八方美人で、用心深い自分は、簡単にあんな無茶な計画に参加すはずがないのに、天童大宇やリカと決裂するはずも……!!


昔のことを思い出すと、マサルは何か強い違和感を覚えた。

そう言えば、エンジェは、なぜあの日の自分とリカの会話を知っているんだ?

エンジェの異能力って、なんだっけ?

精神系のものだったような気がするけど、なぜか思い出さない……

そして、ほかにも重要な人物の異能力を忘れたような気がする……

そこまで思い出すと、マサルの頭は再び激痛に襲われた。

マサルはさっそく引き出しから、異能力の副作用を緩和する薬を取り出して、一服を飲んだ。

しばらくすると、頭の中で、霧に覆われた何かが、再びきれいになった。

エンジェの能力は――一定時間の中で、指定した人の目の中で、特定の人になること。

落合の能力は――特定な記憶を削除すること。

ようこの能力は――一定時間の中で、指定した人を特定の人に恋をさせること。

なるほど、そういうことだったのか。

あの日に会ったリカは……

あの日以来、エンジェに対する恋愛感情と信頼は……

三人の能力を思い出さなかった理由は……

「俺は、バカだった。結局、どんなに足掻いても、どこに行っても、人の駒に過ぎなかった……」

マサルは自分の頭と顔をきつく掴み、つま先で肌に赤い痕跡を残した。



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