誕生日パーティが終わったら、イズルは車を運転して、リカと一緒に家に移動した。
まだ営業中のデパートを目にしたら、リカはいきなり声をあげた。
「ちょっと止まって、そっちのデパートに行ってくる」
「付き合うよ」
にこやかな笑顔で乗り出すイズル。
「ダメよ。ここで待っていて」
きりっとした顔で断るリカ。
「……やっぱり、オレの気持ちを弄んでいるだろう」
しゅんと落ち込むイズル。
「一人のほうが早い……」
言い方に問題があると気づいて、リカは補足した。
「でも、一人ほうが寒いだろ」
「私は平気よ。車が寒いなら暖房の温度をあげて」
イズルはリカの手を掴もうとしたら、リカがすぐに身を翻して、車を出た。
「……」
イズルは自分の眉間を摘んだ。
お互いに好きなのは多分本当だけど、一体どこが噛み合わなかったんだ?
20分も経たずに、リカはプレゼント袋を持って帰って、丁重にイズルに渡した。
「誕生日プレゼントを忘れた……ごめん」
「!」
(だから、「ついてきてはダメ」なのか……)
イズルはさっきの謎を解けた。
リカを理解するには、一歩待ったほうがいいと悟った。
「急いで選んだので、気に入らなかったら無理にもらわなくても……」
「リカからくれたものなら、なんでも――」
イズルは待ちきれずに袋の中身を掴み出した。
「これ、なに?」
何か動物のぬいぐるみだ。
長い鼻で、デブデブな体。色はラベンダー、耳なし。
「獏」
「獏?」
さすがリカだ。動物でもこんなレアなものを選ぶのか……
イズルは心の中で感心した。
「悪夢を食えると言われるから、ベッドの近くに置いて」
「なるほど」
リカが獏を選んだ理由に気づくと、その獏がもっとかわいく見える。
「ありがとう、枕の隣に置いとく」
気に入ることを表すように、イズルは獏のほっぺに軽くチューした。
そのしぐさに、リカは心のどこかで痒いを感じて、口元に微笑みが浮かんだ。
「この子、リカの催眠羊と似てるな。帰ったらふたりを並べて写真を取ろう」
「獏と羊が似てるわけがないでしょ……引いていえば、目が閉じているところが同じだけど」
リカはイズルの目を疑った。
「外見じゃなくて、機能的に似てるんじゃない?リカの羊はどこで買ったの?」
「両親がイギリスから持ち帰ったもの」
「ご両親が……」
リカの両親ときたら、イズルはリカの家庭の事情を思い出した。
「そういえば、ご両親の飛行機はどうなってる?」
「先ほどメッセージが来て、もう家に着いた。私は明日に帰る」
「今から送ってあげよう。早く両親に会いたいだろ?」
リカの気持ちを配慮するほかに、イズル自身も早くリカの両親に会いたいと思う。
「帰ってきたばかりだから、今頃、まだ祖父と話をしているでしょう。邪魔したくない」
「そうか……」
リカの家庭関係に微妙な匂いを嗅いで、イズルはこれ以上追わず、黙って獏を紙袋に戻した。
すると、紙袋の底に、ある紫のお守りを見つけた。
そのお守りはリカが持ってるものとほぼ同じだが、結びの色は青色だ。
「これも、オレに?」
「ちょっと前にできたものだけど、渡しのを忘れた。念のため、持っておいて」
リカの表情が少し真面目になったので、そのお守りに何か裏があるとイズルは悟った。
「これの効果は催眠じゃないよね」
「人に頼んで作った法具が入っている。精神干渉系の異能力を妨害できる。万代家の上層部の人たちは皆も似たようなものを持っている」
「ありがとう。オレの異能力が即時に対応できなかった場合はこれに頼るね」
「それと、ちょっと特殊な機能がついている……」
いきなり、イズルのスマホがメッセージの着信音が響いて、リカの話を遮った。
イズルはメッセージを消そうとしたら、その文面に驚いた。
「どうしたの?」
イズルはメッセージを開いて、リカに全文を見せた。
「本当に、ご両親からの?」
「!」
リカもイズルに負けないくらいびっくりした。
リカの両親と名乗る人は、イズルに対面の招待を送った。
発信の番号は、確かにリカの父のものだ。
***
リカの家族と食事をするために、マサルは今日のすべての仕事を断った。
食事がなくなったけど、気持ちがドン底に落ちたせいで、何もやるたくない。
オフィスにいてもしょうがないので、早めに家に帰った。
彼の自宅は万代家の「龍居」ではなく、その付近にある普通の一戸建てだ。
天童大宇に「龍居」に誘われたことがあるが、マサルは「私ごとき」という理由で断った。
プライベートまで、天童大宇の監視下に置きたくないから。
マサルは家の扉のノブを握ると、鍵がかかってないことに気づいた。
「!」
マサルは警戒を高めた。
今まで、カギ閉めを忘れたことが一度もなかった。
自分以外に、エンジェも鍵を持っているが、まさか、エンジェが?
しかし、部屋の照明は全部消えている……ひょっとして、エンジェが一度来て、カギ閉めを忘れたのか?
でも、まだ人の気配があるようだ……
マサルは静かにドアを開けて、足音を忍ばせて部屋に入った。
2階の寝室のほうに物音がした。
マサルは2階の廊下で寝室を覗くと、ある人が懐中電灯を持って、部屋の中を探っているのを見た。
(泥棒!?)
マサルは懐から拳銃を出して、その人影に指しながら、ライトをつけた。
「動くな」
「ひっ!!」
人影は震えて、抱えている物を全部落とした。
「お前っ、シユウ!」
マサルは驚愕だった。
思い出したばかりの嫌な奴、なぜ自分の家にいる?
「も、もう帰ってきた?はやすぎるだろ!」
シユウもマサルと同様にびっくりした。
逃げようとしたが、マサルの拳銃に気づいて、その場で行動力を失った。
「俺が留守だと知って、盗みに来たのか?」
マサルはシユウをきつく睨む。
「ち、違うんだ……エン姉に頼まれて、忘れ物を取りに来たんだ!」
シユウは慌てて、床から写真集を拾いあげた。
それは、エンジェのモデル写真集だ。
「なぜお前に頼む?」
「そ、それは……」
シユウの目がクルクル回ってから、パッと大きく開けて、マサルを睨み返した。
「お前のせいだろ!」
「!」
「お前はエン姉をひどく傷付けたから、彼女はもうこの部屋に入りたくない。だから俺に頼んだ……俺も好きできたんじゃねえんだ!」
マサルは無言にシユウの足元に落ちたものを見る。
高そうな腕時計が数枚、限定版の車の模型が数個、最新のゲーム機……
「……」
泥棒のくせに、よく威張るようなことを……
お金になるものの中で、エンジェの写真集がダントツに違和感がある。
エンジェは、なぜこいつをこんなことをさせるのか……
確かに、こいつの能力は……
「!」
シユウがここにいる理由に気づいて、マサルは拳銃を一ミリ迫った。
「その写真集を渡せ」
「な、何を……いまさら!エン姉はお前と復縁などしないぞ!」
「とぼけるな、その写真集の中にある手紙だ。お前の能力は『誓言反噬』だろ」
その写真集に、マサルが書いた手紙が挟まれている。
去年、エンジェの誕生日にエンジェに頼まれて書いたものだ。
エンジェがプレゼントに愛の手紙が欲しいとねだっていたので、マサルは彼女の希望通りの文面を書いた。
内容は――生まれてきてくれてありがとう、俺の傍にいてくれてありがとう、ずっと愛している、ずっと離れない……など、一見、普通の痴話だった。
問題にあるのは、その手紙ではなく、シユウの異能力だ。
シユウの異能力は「誓言反噬」。他人が約束を違反する証拠を手に入れると、その人に不運を運べる。
今まで、その能力はほとんど借金返済の催促に使われていた。
「俺に不運を運ぶつもりか?」
「ち、違う……エ、エン姉は……」
シユウは言葉に詰まったら、マサルのスマホからメッセージ受信の音が何回も鳴った。