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106 夫になる資格がない

***

リカの両親が指定した対面の場所は、町の中心からかなり離れている開発中の土地。

建設中のビルの群れの中で、目立つにも一棟の西洋風大聖堂が佇んでいる。

更に不思議に、季節でもないのに、大聖堂は凛として咲き誇る薔薇の壁に囲まれている。

「妙なところだな……」

そう呟いたら、イズルを歓迎するように、大聖堂の扉は自動的に開いた。

怪しいと思いながらも、イズルは慎重に大聖堂に入った。


「失礼します」

イズルの声は大聖堂の中で響いたら、扉が自動的に締まった。

「!」

大聖堂の中身はほぼ空っぽ。椅子も聖像もない。頭の真上の天井に、真っ白な照明が輝いている。二階はあるが、狭い回廊だけで、置物がない。

その狭い回廊の上に、中年男女の二人がイズルを見下ろしている。


男はポーカーフェースで冷静沈着、女は閑静でおっとり。

なんとなく、リカと雰囲気が似ているとイズルは感じた。

「遠路はるばる、ご苦労だった」

男のほうは先に口を開いた。

「初めまして、私はメッセージを送った天童嵩てんどうたか、こちらは妻の綾綺あやきだ」

「初めまして、私は――」

渡海わたるみイズル。知ってる」

天童嵩はイズルの自己紹介を断ち切り、話を進めた。

「単刀直入に聞こう――娘とは、どういう関係だ?」

「!」

イズルはまずい匂いを嗅いだ。

まさか、「100億をやるから、娘から離れろ」ってパターンじゃないよな……

とりあえず、心を落ち着かせて、正直に答えよう。

「名義上で、私はリカの部下です。でも本当は、お互いに信頼し合い、助け合い、心を交わしたパートナーです。更に言えば、お互いに好意を持っている恋人です」

「ふん、恋人。よく言える」

天童嵩は鼻で笑った。

隣の綾綺は目を細くしたら、全身から緑の光が浮かんだ。

その光は何かと共鳴する。金管の音が大聖堂の中で響いた。

まもなく、大聖堂の窓から薔薇の蔓が飛び込んで、矢のように天井の照明を粉砕した。

続いて、大量な薔薇の蔓が外から大聖堂の窓を塞ぎ、光源を遮断した。

あっという間に大聖堂内は真っ黒になった。


イズルは声を出さずに、ただ静かに次の手待っていた。

「あなたの異能力はすべての異能を防御できるものだと聞いたが、本当にそうなのか」

天童嵩の声と共に、イズルは危険の接近を感じた。

急いで防御の球状バリアを作ったが、完全に展開する前に、体が強い衝撃波に飛ばされた。

「!!」

イズルは高い壁にぶつかられ、形のない気圧のような力で押しつぶされ、身動きもできなくなった。

「力を持っていても、思うままに使えないなら、何にもならない」

天童嵩の冷たい声が闇の中で響いた。

「珍しい力とはいえ、万代家内部に限る話だ。あなたの今の力のレベルじゃ、高級異能力者の前では子供同然だ」

「……」

先日陽華から似たような話しを聞いたばかり、イズルは不服そうに喉を鳴らした。

不意打ちでもされなかったら、こんなの防げたはずだ……

「不意打ちだから不服か?」

「!」

イズルの考えを見抜けたように、天童嵩は彼を追い詰めた。

「敵は常に正々堂々に挑んでくるとは限らない。サバイバルゲームを勝ち抜いてきたあなたは、それをわからないはずがない。それでも不意打ちを訴えのは、自分の弱さに言い訳をつけたいだけだろう」

「……」

認めたくないけど、図星だった。

イズルは自分の力不足を認めたくない。

特に、リカの両親の前で。

「今のは本当の敵襲だったら、あなたがすでに命がない。娘のはあなたのことを気に入ったから、殺すつもりはない。力の差というものを知ってもらうだけだ。

 あなたの万代家での価値はあなたが思うほど高くない。お家の産業も、万代家にとって代りがなくもない。だから、ご家族の殺害事件が黙認された。あなたは異能世界を知らないまま20年を過ごしてきた。今から万代家に入ってももう遅い。異能世界の知識を補習する間に、ほかの人に資源を奪われ、命を落とされるだろう」

「……」

イズルは無言に考えた。

「サバイバルゲーム」といい、「20年」といい、リカの「お気に入り」といい……

どうやら、この天童嵩は自分のことをよく知っている。

自分のことを詳しく調べて、かつ殺す気がない、こうやって厳しく警告する目的は――

やっぱり、あのパターンか……

イズルは脳内で結論を出したほぼ同時に、天童嵩も決め手をだした。

「つまり、あなたは万代家のリーダーの夫になる資格がない」

「……」

(リカ、あまり言いたくないけど、あなたの両親の知力は……)

「リカにとって、あなたのような夫は荷物のような存在だ。だが、あなたが愛人として影で彼女を支えられるなら、話は別だ」

「?」

なんだか、話はおかしい方向に展開した。

「……愛人?」

一瞬自分の耳を疑って、イズルはその単語を繰り返した。

「そうだ。リカは万代家のトップを継げるために、実力のある人と結婚しなければならない。それでも彼女を諦めたくないなら、お前は愛人で我慢しろ」

笑う場合ではないとわかっていても、イズルは我慢できず、笑い声を漏らした。

娘に「愛人」をつけようとするなんて、おもしろい父親だな。

「……オレが頷いても、リカはあんな馬鹿馬鹿しいまねをしないだろ。まして、オレがそんなことを絶対させない」

イズルは口調を強めた。

「リカが好きだ。彼女のこの世で唯一のパートナーになる」

「下手な演技をやめろ。娘の夫になっても、お前にメリットはない」

天童嵩は鼻で笑った。

「……なんで演技だと決めつけるのですか?」

「あなたが娘に接近する目的は復讐だろ。復讐するなら、影で行動するほうがもっと便利だ。あなたにとって、夫ではなく、愛人の身分こそが一番有利なものだ」

「……」

今度、イズルは本気にムカついた。

以前に演技するとき、リカに本当だと思われて、バカにされていた。

今回は本心を言ってるのに、リカの父に演技だと決めつけて、バカにされていた。

この一家は、なんでこんなにも演技と本心を区別できないんだ?

それとも、本当に、自分の演技に問題があるのか?

「愛人の話をやめてくれませんか?万代家に入る目的が復讐だと認めるけど、復讐のためにリカが好きになったんじゃない」

「隠さなくていい。七龍頭を含めて、みんなもわかっている。あなたの入族を許可したのは、あなたがまだ利用価値があるからだ」

「……何がわかるんだ……」

イズルは鼻で吹いた。

リカの両親はこんなに頑固だったら、自分も遠慮する必要はない。いっそう開き直したほうが早い。

「そもそも、リカが好きになったのことに一番不思議なのはオレ自身だ」

イズルは声を強めた。

「正直に言わせてくれ――娘さんは強引で横暴、コミュ障なのに毒舌だけが効いている。人間関係はごちゃごちゃ、仲間の半分が無能で、半分が裏切りもの。親族関係はもっと微妙、祖父が老獪で、計画があるのに彼女に何も知らせない、両親は頑固で、彼女の好きな人に愛人役を強いる」

「!?」

イズルの正直すぎる感想に、さすが天童嵩夫婦も驚いた。

「うっかり彼女の優しさに『惑わされて』、彼女が好きになってしまったのはオレの一生の『失算』だろう。おっしゃる通り、オレの復讐にとって、彼女への感情は邪魔しかならない。

 それでも、オレはリカを好きになったことに後悔しない。絶対にリカを諦めない。だから、現在一番困っているのはお二人ではなく、オレのほうだ」

「それなら、リカのために復讐を諦めなさい」

黙っていた綾綺は口を開いた。

「それも嫌だ」

イズルはきっぱりと断った。

「……」

「……」

「欲張りな若者だ」

しばらくの沈黙が経って、天童嵩の嘆きが響いた。

「欲張りではない。人間としてのもっとも素朴な感情に従うだけだ。仇があるなら必ず討つ。愛があるなら必ず守る。オレにはできる」

相手の態度が緩くなったのに察して、イズルは口元を上げた。

闇の中で、天童嵩はイズルを見下ろしながら、彼の意思を確かめる。

「お前はどうするつもり?」

「まず、リカの頭固い両親を説得する――」

そう言いながら、イズルの体は光った。

チラチラと何回瞬いた後、薄い琥珀色の光は全身に広がり、

赤金色に変色する。そして、たちまち目を焼けるよう火炎になる。

イズルの体を押し付ける何かが、その火炎に焼かれたように、亀裂が現れ、星屑の欠片を吹き飛ばし、十数秒で崩壊した。

身動きを取れたイズルは高所から落ちる。

でもその同時に、彼の全身を覆う赤金色の火炎は急速に拡張し、大聖堂全体を取り込んだ。

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