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112 お花

エンジェの指導で、ようこはもう一度最初から話し直した。

エンジェは頭の中で事情を整理した。

聞いたところで、あのイズルはリカに恨みがある女とデートしたい、しかも、何回も衝突した自分まで誘いたい?

(リカの差し金なら、あたしは随分舐められたわね!)

(いいえ、合理じゃないわ。リカは見た目よりずっと狡猾だから、こんなバレバレな計略であたしを嵌めるはずがないわ……)

(何か裏があるのか、それとも、本当に別れたのか……あるいは、別れを言い訳に別の何かを企んでいるのか……)

エンジェは一生懸命陰謀論の方向で考えたら、ピンときた。

(まさか、落合の計画が効いたの!)

(マサルはリカのところに戻ったから、あのイズルが不満を持って、リカを捨てた――そう、これだわ!)

(リカって、ああ装っていても、やっぱりマサルのことが惜しいのね!これは報いよ!マサルがほしいなら、ほかの男を手放すのは当然よ!)

リカのせいでマサルを失ったことを思い出して、エンジェはざまあみろの気分になった。

(けれども、あのイズルの連絡はやっぱりおかしいわ。ようこはともかく、何回も侮辱したあたしまで誘い出そうとするなんて、一体何をしたい……)

(まあ、リカに恨みのある女なら、あたしの右に出る者はいないけど……リカに恨みのある女の中で、個人能力であたしの右に出る者もいないけどね……)

「お肉、お肉が焦げたよ!」

エンジェはネイルを咥えてイズルの目的を夢中に考えている。ようこの呼び声が全く耳に入らなかった。

(能力と言えば、あのイズルの異能力は特殊なものだわ。彼本人がリカを捨てたがっても、リカやあの天童大宇は本当に彼を手放すの?)

(そうだわ。リカは異世界に行くのに必死、あのイズルを絶対に放さないはずよ!)

やっぱりリカの陰謀だと結論を出そうとしたら、エンジェはまた別の情報を思い出した。

(でも、待って、あのイズルの力がなくても異世界に行けるかも……)

先日、エンジェはエンジェルクラブのメッセージボックスで異世界に残されたはずのカツオからの連絡を受けた。

『エン姉、助けて!俺は戻ってきた!天童大宇の人に地下室に閉じ込められた!霊護がなくても異世界に行けるんだ!奴らは異世界の人材を独占するために、霊護の嘘をついた!……』


エンジェはその情報をすぐに落合に報告したが、疑い深い落合はただ観察し続けろうとエンジェに命令した。

異世界の往復に「霊護」は必須条件ではない――カツオの話は本当だったら、あのイズルの価値はリカたちにとってさほど高くない。

リカや天童大宇は彼を思いきり利用して、切り捨てるのも理に適う。


イズルのところで何度も転がったとは言え、エンジェは認めざるをえない。

イズルの外見、能力、家の力などは彼女にとって非常に魅力的なものだ。特に、マサルをリカのところに戻られた今、自分を飾る優秀な男が必要だ。

「リカを捨てた男」、これより彼女の虚栄心を満足させるものはない。

しかし、やっぱりイズルを信用できない。

あの狡猾な狐みたいな男、自分だけじゃ対応しきれないかもしれない。

だとしたら――イズルのしつけは、いっそう落合に任せよう。


「かかった。エンジェは『仲直り』を受け入れた」

ようこのメッセージを見たら、イズルは笑い声を漏らした。

「『リカにざまあみろ』って言い訳を信じたかどうかはともかく、よくも『クズ』で呼んでいたオレの誘いを受け入れたな」

「利益さえあれば、クズでも王子でも、エンジェは仲良し活動ができる。それは彼女の強みだ」

リカは荷物をまとめながらイズルに返答した。

「決別」することになるから、もうイズルの家に住めない。

明日の朝、自分の家に戻る。

リカの話を聞いて、イズルは冷笑した。

「確かに、利益のためにプライドを捨てるやつが怖い。自分のプライドさえ踏みにじられる人間は、誰を踏み台にするものおかしくない」

そう言って、イズルは自分を皮肉するようにくすっと笑った。

「幸い、つまらなくても、オレはまだプライドを持っている。踏み台にするのは『悪役』のみだ」

自分がほかの目的を持っていることを、エンジェはきっと知っている。

それでも、その目的はエンジェの後ろ盾の落合を抹消することを、エンジェは死んでも思いつかないだろう。

リカの話を聞く限り、万代家では、人を傷付ける代償がとても軽い。

特に、権力者や後ろ盾を持つ上位者たち。人を殺したとしても、利益で遺族に黙らせることができる。

家の「和」のために、みんなは「大きな愛で一時的な過ちを許すこと」を要求されている。

だから、仲間たちを裏切ったエンジェやマサルは平気に悪役として踊り続けられる。何度もリカや自分に殺し手をかけられる。


命の重さをやつらに教える人がないなら、自分はその人になる。

イズルは心の中で決意をした。

しかし、復讐を決めた時から脳内に漂うとある疑問はまだ完全に晴れていない。

彼はサバイバルゲームで武器をいっぱい扱っていて、家の闇事業も運営しているが、これらのことが所詮机上の空論のようなもの。

実際に人を抹消することは、本当にできるのか?

それに、落合は家族を殺害した張本人だけど、リカの言ったように、ほかの協力者がまだいる。落合を抹消することで、本当に気持ちの切り替えができるのか?

更に、万が一、万が一落合はほかの証拠を出して、「僕じゃない!」と主張したら、自分は動揺しないのか?


「イズル?」

イズルの雰囲気が暗くなったのに気づいて、リカは彼を呼びかけた。

「……」

リカの顔を一目見たら、イズルにっこりと笑顔を作った。

「あのエンジェという名の妖怪から見れば、リカと一緒にいるオレはクズかもしれないけど、オレから見れば、リカと一緒にいるオレは花だ」

「花??」

リカは不可解そうに一歩近づいて、イズルの表情をもっとはっきり見ようとした。

イズルは手を伸ばし、リカの指と絡み合い、リカを自分の前に引っ張る。

「この花は、リカの手の中にある時だけがきれいに咲く。妖怪の手に落ちたら、きっと枯れてしまう」

リカはイズルの情緒の不穏さを感じ、二人が重なっている手をイズルの頬に当てる。

「でもこの花は、今憂鬱の色に染めらているように見える。どうして?」

イズルは嘆きのようにから笑った。

「この花は、もうすぐ棘を敵の喉に刺しこみ、鮮血の色に染められる。持ち主に捨てられるのではないかと大変心配している」

イズルの不安を理解して、リカは安定な声で聞き返した。

「では、復讐することに後悔するの?」

「たとえ相手の毒で枯れてしまっても後悔はしない」

イズルの返答は重いが、迷いはなかった。

「そのような凛々しい花は、決して放さないよ」

リカも迷いなく、イズルの唇に自分の唇を優しく重ねた。

「!」

変な例えで聞いているのは自分だけど、リカの直球すぎる答えに、イズルは少々驚いた。

二人の視線が合ったまま、リカはイズルの隣に座って、両手で彼の頬を取った。

「イズル、あなたに出会う前に、私は万代家でどんな任務を遂行してきたのか、知っている?」

イズルは静かに頭を横に振る。

リカは万代家の仕事について語るのは初めてだ。

「小さい頃からずっと継承人だったから、汚い仕事をさせられたことはない。でも大きくなってから、だんだん知ってきた。きれいに見える任務でも、汚いことに繋がっているかも知れない」

「遠足を装って取った写真は、議員を脅かすネタになった。偶然に装って拾って捨てたアクセサリーは、車事故の重要な証拠だった。異世界に行く目的も、多くの人々を商品にするような計画のためだった……」

次の言葉を止めるように、イズルはリカの唇に指を当てる。

「それは、リカが万代家の継承人だからそうするしかないだろ?」

リカはイズルの手を外して、続けた。

「そう、異世界の件の前に、あなたに出会う前の私は継承人として、用意された道を歩んできた。自分の意志で良いか悪いかを考える前に、継承人としての責任を選んだ。

 こんなことを言ってはいけないけど、悪事に手を染めたとしても、自分の道を貫くイズルが羨ましい。イズルの幸せは、イズル自身しか分からない」

リカは手に力を入れて、イズルの手を強く握る。

「だから、復讐は罪であれば、一緒に背負ってあげる。あなたの手を、決して放さない」

イズルはリカの揺るぎのない目を見入る。

心臓がどんどん熱くなるのを感じる。

誕生日の日に、イズルはリカのことを手放さないと宣言した。

今は、リカはその宣言を返した。

青野翼の案内で、あのポーカーフェースの少女・リカと出会った日に、こんな話をするなんて、想像も付かなかった。

イズルは過去の自分に感謝した。リカの硬い殻に騙されていなく、悪役たちの話に惑わされていなく、冷酷毒舌の仮面の下で隠されている美しい真珠を見つけた。

今は、ただのその真珠を愛しく思う。その真珠を自分の手で包み込み、温めたい。

イズルは力を抑えながらも、リカに強い口づけを返し、心から湧いてくる熱い吐息をリカの胸中に届く。


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