「うがぁああっあぁあ……!!
こ、この……!」
俺は島村の右腕を折った後、立ち上がり
彼を見下ろす。
喧嘩慣れしている、とは思ったが―――
戦闘慣れしているわけではなかったようだ。
通常、胸倉をつかむとか利き腕を動けない
状態にするとか……
そんな自信は俺には無い。
あるとすれば『一方的にやれる』確信がある
場合くらいだろう。
つまりコイツは―――
『一方的にやれる』戦いしか経験して
来なかった、という事か。
少なくとも格闘技や武術をやっている
人種を相手にした事など、一度も……
「くそがっ!!」
なんとか体勢を立て直した彼は、
そのまま転げるように扉の先からさらに
奥―――
別の部屋へと逃げ出す。
今、この屋敷には人はいない。
前回、武田さんを人質に取られた経験が
あるので、出払わせている。
唯一、直前まで彼女がいたが、俺と島村が
交渉に入った時点で、扉の前に油を撒いて
屋敷から退出してくれと頼んであった。
「……やれやれ」
俺はその場―――
ヤツと交渉していた部屋の扉の前で、
ため息をつく。
あれの戦闘能力はほぼ奪ったが、
まだまだこちらの『テスト』に付き合って
もらわないと。
そして俺は、島村が逃げ込んだ先へと
足を進めた。
「外に逃げる、という選択は無かった
ようですね」
「どこからも逃げられないように
したのは、テメェじゃねぇのか!!」
ボサボサ髪の10代後半の若者……
今は片腕をダランと垂らしたチンピラ風の
青年が、俺と向き合う。
「正面玄関の扉だけは閉じていくようにと、
武田さんにお願いしましたけど。
他が厳重な取り締まりをしているのは、
多分元からですよ」
そう―――
実際この屋敷は異世界の治安の悪さを
反映してか、
窓やちょっとした開口部には、仕切りと
いうか格子が付けられている事が多いのだ。
「それでどうしますか?
もう降参しますか?」
「このクソガキがあぁああっ!!」
「お」
島村は近くにあった
つかみ、襲い掛かって来た。
だが『バキン!』という音と共に、
俺の体からそれは弾かれ、
「んなっ!?
スキルは無効化しているはずだぞ!!
どうして『
使えやがる!?」
「なるほど」
まあ一発くらいはあえて『もらう』
算段は立てていたし、腕でガードして
いたから、最悪その腕だけで済んだ
だろうけど。
やはりスキルの有る無しではなく、
いわゆるシステム外エラーとして
俺は認識されているようだ。
「それで他には?
もう無いんですか?」
「くそっくそっくそがぁああっ!!
何なんだよテメェはあぁあっ!!
スキルが使えるなら、目つぶしとか
油とか……
使う必要は無いじゃねぇか!!」
「まあ用心に越した事はありませんので。
それで?
他には本当に何も無いんですか?」
俺の言葉に彼は後ずさり、
「テメェは、俺をどうするつもりだ?」
「別に殺したりはしませんよ」
その答えに、島村はホッとした表情になる。
こちらとしても大事な生き証人。
死ぬ前にちゃんと全て白状してもらわねば。
しかし―――
まだ『何か』ある。
この手の連中で、潔く降参した例など
知らない。
完全に叩きのめすか、身動きが出来ない
状態くらいにまでしないと……
抵抗を止めてくれないのだ。
すると、いつの間にか脱いでいた上着を
彼は丸めて―――
持っていたライターで火を着け、
「!」
「火事だーっ!!」
方々に燃え広げさせて、同時に大声で叫ぶ。
「どうだ!?
これなら外にいる他の連中も、
カギを開けなけりゃならないだろ!!
ついでにここでテメェもくだばって
くれりゃ、一石二鳥だ!」
そして燃え盛った布のカタマリを俺に
向かって投げつけるが、
「へぇ、火だとこうなるのか」
「あ!?」
火傷もしなければ、別段熱くも無い。
どうやら身に危険がある、もしくは
害意のある攻撃は通さないとか……
そんな感じなのかも知れない。
「ばっ、化け物があぁあっ!!」
そう言って彼は俺から駆け足で
遠ざかるが、
「いや、どこから出るつもりなんだよ……」
俺はため息をついて、彼の後を追い始めた。