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ひとり奮闘《4》


 昼休憩にたったひとりで、裏庭でパンを齧る毎日は段々とつらく感じるようになった。

 最初はひとりだったのに、アンナが一緒にいてくれる毎日に慣れてしまっていたからだろうか。アンナのことを思えばこれで正解だと思うのに、平気だと思っていたはずなのに徐々に毎日が寂しくなった。

 嫌がらせは教室内では少ないのはシグルドやダンテが目を光らせてくれているからだが、女生徒だけの授業もある。そういった時はベルにだけ資料が配られないことがあった。後ろから物を投げられることもあるので、常に一番後ろの席を取るようにしている。

 そんな嫌がらせに平行してひとり歩きする噂は、ベルだけでなくクリストファーをも貶める内容に変わってきている。

 つまり、酷くなっているのだ。


 王太子殿下と男爵令嬢の恋物語――とやたら具体的に、ストーリー仕立てになっている。

 ぶつかって足をくじいたことがふたりの始まり。ケガを負わせてしまった責任を感じて男爵令嬢を気にかけているうちに、王太子殿下は高位貴族とは違う男爵令嬢の気安い話し方に心惹かれていく。男爵令嬢の礼儀をわきまえない態度が、逆に王太子殿下の興味を引いてしまったのだ。それだけでなく定期考査で優秀な成績を収めた男爵令嬢は、公然と側妃になりたいと発言し王太子殿下もそれを狙って彼女の勉強を手助けしているのではないか。

 心情が違うだけで、時系列の出来事はぴったり合ってしまっているのが恐ろしい。つまり、それは違うと言いたくとも言えるのは心情の部分だけなのだ。 

 今にして思えば、レティシアはクリストファーが王都を留守にするとわかっていて、このタイミングでベルを敵認定したのではないだろうか。


(……だとしたら、オースティン様はどうしてそんなことを? 王太子殿下の名まで貶めるようなことになったら、余計にふたりは拗れてしまうんじゃ)


 クリストファーの行動もだが、レティシアの行動もよくわからなくなってきた。ここまで具体的な噂になると、わざと流しているのではないかとベルは考えている。だとしたら、レティシアはなにがしたいのだろうか。


(婚約者の心が他所に向くのが許せないのは当然だけれど、これでは逆に嫌われてしまわない?)


 レティシアが恐ろしく感じるのは、悪役令嬢だという意識が根底にあるから、というのもきっとある。彼女は公爵令嬢なのだから、多少家の力も借りて自分の思うように自分の願いを叶えてきた部分もあるだろう。

 だが、根底にあるのがクリストファーへの恋慕ゆえだとしたら、彼女もひとりの恋する乙女――自分の想いがままならず暴走しているのかもしれない。


(婚約者に恋をしている、不器用な女性……そういう風に考えれば、案外怖くない? 寧ろ申し訳なさでいっぱいになるけど)


 図書室で勉強してから学舎を出たので、もう人通りは少ない。だから油断しているところもあった。ぼんやりと中庭を通過しようとしたときだ。


「ちょっと、あなた」


 呼び止められてはっと我に帰る。ベルは周囲を数人の令嬢に取り囲まれていた。


「な、なんですか」


 制服のリボンの色は学年ごとに決められている。全員が三学年の生徒だ。

 ベルは警戒しながら後ずさったが背後にも当然人がいた。しかもそれは男子生徒で、ベルは身体の向きを変えて背後を取られないようにする。

 だが、多勢に無勢。どこを向いても逃げる隙間など見つからない。


「あなた、一体いつまでオースティン様を悲しませる気なの?」


 この中の中心人物だと思われる女子生徒が口を開く。レティシアの側にいつもいるふたりではない。だとしたら、彼女たちは『勝手にレティシアの意向を汲んだ』人たちだろうか。


「……わたしはなにもしていません。ただ、学生の本分として学業に勤しんでいるだけです」

「嘘つかないで! それも王太子様に近づくためなんでしょう?」

「違います!」


 少し強めに反論した直後。

 ドンッと思い切り背中を押され、前のめりになる。どうにか転ばずにこらえたが、カバンから中身がばらばらと地面に零れ落ちる。筆箱や寮のカギはまだいいが、教科書まで落ちてしまった。


「あっ!」


 教科書が破損するのは困る。ベルは慌てて拾おうとしたが、今度は横から強く肩を押されあろうことか男子生徒の方へ倒れこんでしまう。


「まあ! はしたない」

「さすが、リンドルさんですわねぇ」

「ち、ちがっ……」

「おっと、遠慮すんなよ」


 慌てて男子生徒から距離を取ろうとしたが、逃げるより早く肩を抱き寄せられた。にやにやと笑いながらベルの頬に顔を摺り寄せて来ようとして、ベルは必死に顔を背ける。


「やめて!」


 ガリッと手の爪が男子生徒の頬を引っ搔いた。


「いっ……てめえ!」


 わざとひっかいたわけではない、不可抗力の攻撃だった。だが当然謝るつもりもない。毅然と顔を上げきつく睨みつけると、男子生徒は頭に血が上ったらしく、ベルに向かって片手を振り上げた。



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