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第45話 百花繚乱・受付

「なあ、服装これでいいのか? 入口で弾かれたりしねぇかな」


 賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらん入口──


 梯子タラップを上って列に並び、だんだんと船の入口受付が近付いてくるあいだ、十子とおこがずっと同じ質問を繰り返している。


 そのたび宗田そうだ千尋ちひろは大丈夫だろうと軽く返してやるのだが、いつまでも不安そうなので、少しばかり言葉を考えてやる。


「周囲を見てみろ。そうそう大層な格好をした者はおるまい。博徒として入る者に、そこまでは求めておらん証拠となろう」


 もう一方、この百花繚乱には別な入口もあるようだった。

 それは百花繚乱に出資をするようなお大尽用の入口であろう。入って行く客層の格好が『いかにも』というような金持ちばかりだ。


「ともあれ、乗船券をくれた金色こんじき殿は服装について特に言わなかった。格好で帰されるということは、まずあるまいよ」


 この百花繚乱に乗り込み、賭けに参加するには、乗船券が必要となる。

 今回の賭けにはたくさんの価値ある品物が出るということで、このシーズンの乗船券は人気で品薄であったらしい。それを、遊郭ゆうかく領地『紙園かみその』で人気店の支配人をしていた金色は、コネで手に入れていたようだった。

 その乗船券を千尋たちは譲り受け、こうして今から船に乗り込もうというところだ。


「ほれ、目の前を行く襤褸ぼろ切れを巻きつけたような格好の者も平気で入っていっただろう? 安心するがいい」

「バカ、おめぇ、あれはみやこの格好だろうが」

「そうなのか……」


 千尋にはこの世界のファッションセンスが全然わからない。


 なんとなしに露出度が高い方がいわゆる『いき』な服装であり、露出度を高められる者はもちろん肉体に自信があり、動き一つ一つが洗練されている必要があるから、誰もかれもがとにかく裸に近い格好をすればいい──というわけではないのは、わかる。

 だが千尋から見れば『見事な肢体』と思える体の持ち主が裸同然の格好で道端に寝ていても、『あれは浮浪者の酔っ払い』と言われたり、逆に千尋から見て襤褸切れにしか見えないものを纏った者が『都の格好』と言われたり、とにかく服装というのが難しい。


 十子の格好などはサラシを巻いて法被はっぴのようなものを羽織り、袴を履いているだけといったもので、これもずいぶん露出度が高いように見えるのだが、どうにも世間の扱いは『田舎の普通の格好』ぐらいのものらしい。


(わからん……女子の服装について、俺には見る目がないようだ……)


 かく言う千尋はいわゆる巫女装束と呼ばれる服装である。

 この世界において巫女が仕えるのはだいたいが天女教の天女であるが、すべての巫女が天女教公認というわけではなく、ただ単に巫女の服装だと街から街へと渡り歩きやすいのでそうしている、という者が一定数いるようでもある。


 このあたりの細かい服装ごとの機微みたいなもの、千尋はいつまで経っても覚えられる気がしないでいる。


 ともあれ『都の格好』の女性が行ったので、次がいよいよ千尋と十子の番である。


(……目のやり場に困るな、これは)


 受付の女性は胸の上半分が出て、足が付け根から出るような、しかも体にぴったり張り付くような服装である。

 なんらかの配慮なのか袖だけ和服の振袖風になっているのだが、その部分に袖があったところで全体の露出度にはなんの変化もない。

 頭に兎の耳を模した飾りをつけているのも、千尋から見ればどういう意図があってのことなのかわからなさすぎた。


 ともあれ十子が千尋のぶんも合わせて乗船券を受付に渡すと、受付は「はーい。楽しんでらしてね!」と元気に言って、「次の方!」とさっさと十子たちへの対応を終えてしまう。

 つまり十子が思い悩んだこと、すべて杞憂であった、というわけで──


「そこの! ねぇねぇそこの、鍛冶師風の人と巫女の人!」


 ──船の中へと入ろうと、したのだが。


 そこで、明らかに千尋たちへと声がかけられた。


 振り返る。


「……なんだありゃあ」


 思わず、といった様子で十子が声をあげた。

 その表情は困惑と不愉快さがにじんでいる。


 千尋はその顔を見て、


(なるほど、このせかいの感覚では、こういう受け取り方をするのか)


 と、奇妙に納得した。

 というのも……


 声をかけてきたのは、当然ながら、女性であった。


 その女性、渡世人と思しき服装──上にはサラシを巻き、帯で閉じずに着物をまとい、下にも腰回りにサラシを巻いただけ、という服装であった。

 ここまではよくいる渡世人の服装である。だが、彼女の見た目を他と一線を画したものにしているのは、腰に巻いたサラシに挟むようにした、長い木の鞘と柄を持った、真っ直ぐな剣であろう。

 鞘の上からでも伺える、異常な細さ。その上で長さは四尺120cmもあるのだから、尋常な刃では抜くまでにポキリと折れそうなものである。

 だがその剣から漂う気配は歴戦のもの。鞘も柄も、よく使い込まれた木材特有の光沢がある。すなわち尋常な剣ではない。

 十子の視線がちらりと動いたところから見れば、十子岩斬いわきり作の異形刀の一種であろう。


 だが、それ以上に十子が目を奪われ、不快感を露わにしている特徴がある。


 それは、その博徒風の女性の周囲であった。


 その博徒──


 男を、侍らせている。


 四人の男(喉仏から見て間違いなかろう)を周囲に従え、うち二人の肩に腕を回し、豊満な乳房に顔を押し付けさせるようにしているのだ。


 前世の価値観であれば、あのように薄着の、そして見目麗しい紺色の髪の女性の胸に顔を押し付けていいならば、喜ぶ男も多かろう。

 だが、この世界では違う。それは人前でやるにははばかられる酷い性的搾取セクハラであり、同じ女性が見れば顔をしかめるたぐいの行いらしい。


 その博徒は、十子を見て、そして千尋を見て、こんなことを言い出す。


「アッハ! やっぱかわいい顔してるぅ! ねえそこの巫女さん、お姉さんと一緒に来ない? 男の子みたいにかわいがってあげるよ?」


 十子の眉のシワが深くなる。

 ようするに、どうやら──


 千尋、ナンパされているらしかった。

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