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第47話 『景品』

 賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらん船内──


 宗田そうだ千尋ちひろ天野あまの十子とおこは、入ってすぐその豪華さに気を奪われた。


 まずは音。波濤、否、濁流のようである。

 あちこちで奏でられる生演奏。そこに加わる怒号、悲鳴、歓喜の声。

 そこらで卓ごとに開催される賭博すべてで、誰かしらが人生でも賭けているらしい。冷徹そうな学者風の淑女が拳を握り締めて腹の底から「よっしゃあああ!」と叫ぶその横で、絶望しきった顔の浪人が両手を床について顔を青ざめさせている。


 光景。陽光もかくやというほどギラギラとまばゆい。

 船内ほとんどの場所に金をあしらっている上、配置された照明がやけにあたりを輝かせている。あちらこちらで立っている賭場、その卓の配置は等間隔のはずなのだが、卓ごとの熱意の量で景色が歪んで見える。

 千尋が武人の視点を持つゆえにそう見えるのであろうか? 多くの気が吐かれている、つまり多くの者が勝っているような賭場では客の姿が近く、大きく見え、逆に身を持ち崩すほどと思しき大敗を喫した者は、小さく、遠く見えた。

 それが無数に重なり合い、空間そのものを歪めているかのようであった。


「……話にゃあ聞いてたが……話から想像した以上だな、こりゃあ」


 十子が半笑いのような声でつぶやく。

 わくわくしているという様子ではない。楽しそうだと思っている様子でもない。まさしく『笑うしかない』。そこまで圧倒される景色が目の前にはあるのだ。


 千尋も千尋で、想像していた賭場とのあまりの規模の違いに少々面食らった。

 しかし平常心であることは剣客のたしなみでもある。すぐさま気を取り戻し、息をつく。


「……ともあれ、展示されている景品でも見に行こうか。まずは我らの求めるものが、どれぐらいの価値をつけられているのかを確認せねばならん」

「確認した結果、到底獲得できなさそうならどうする?」

「諦めるか、奪うか。……だがまァ、なんとかなるだろう」

「……賭け事は強いのか?」

「いやァ、運否天賦うんぷてんぷの勝負はからっきしよ。だがまあ、なんとかなりそうな気はする」

「なんでだよ」

「混乱の気配がするからだ」

「……はぁ?」

「戦の予感、と言えばいいかな。戦とくれば、勝てば何かを得られるであろう。そして、俺は勝つつもりでいる。ゆえに、まあ、なんとかなるだろう」

「……なんだそりゃ」

「ともあれ、行こうか」

「あ、いや、ちょい待ってくれ。……捨て去った刀とはいえ、なぁ? 自分の製作物につけられた価値の確認は、その、なんだ、心の準備が……」

「……行くぞ」

「あ、おい!」


 千尋が苦笑し、歩き出す。

 十子が慌ててついてくる。

 そして二人はその先で──


『彼』と出会う。



「そこのお前!」


 百花繚乱船内、景品展示場。


 そこは複数の、例の『頭に兎耳の飾りがついた服装』の者たちに、白い巫女装束を身に纏った者たちが警備している場所であった。

 見えやすいように並べられた数々の景品に、その景品の下につけられた、何かを示す数。金の単位ではなく、数の後ろには『宝』という文字があるが、一体なんなのだろうか……


 ともあれ、その一角には生物もおり、たとえば虎などが、立方体の金属檻の中に入れられて展示されていたりもする。


 そういう場所で、木の檻に入れられている者から、千尋らへと声がかけられたのだった。


「お前だよ! お前──巫女装束を着た……ああ、くそ! 巫女が多すぎるんだよ! オイッ、黒髪のお前!」


 檻の中で声を上げるそいつ、罪人という風情ではない。


 檻、とはいえ、そいつのいる檻は他の『生物展示用檻』とは一線を画す広さがあり、さらに、内装も存分にくつろげるようにあらゆる物が用意されているように見受けられた。

 卓にあるのは双六すごろくだろうか? わざわざ檻の中に畳を敷き、分厚くふんわりとした座布団が用意され、目を楽しませる目的なのか、宝石や絵画などさえ展示されていた。

 その檻の中身だけで、並ぶ賞品のいくつかよりも金がかかっていそうである。


「なぁ、黒髪の! 巫女装束のお前! お前──」


 ともあれどう見ても『景品』である。

 話をしても厄介そうであるゆえ、十子とおこなどが「行こうぜ」と耳打ちしてきて、それに従おう、というところ、だったのだが……


「──お前、男だろ!? 同じ男・・・として頼みがあるんだ!」


 宗田そうだ千尋ちひろは足を止める。

 檻の中の景品──『男』の発言が、気になったからだ。


(喉は隠している。服装も十子殿に見繕ってもらった女物だ。だというのに、この俺の性別を看破したか。もしや、神力しんりきが見えるのか?)


 たまに、そういう手合いがいた。


 とはいえ、神力の多寡を『なんとなく感じる』者はそれなりにいるのに対し、神力そのものを目視して計測する者というのは、あまりいない印象だ。

 ここまで千尋も色々な場所を巡ってきたが、手練れであるスイや夜籠やかごを含め、『見えている』者は、数に直せば百名いて一人いるかどうか、といったところであろうか。

 しかも、その『見えている者』であっても、状況や思い込みによっては見誤る。実際、夜籠などは見誤っていた気配があった。


 ともあれ──少なくとも、見るには『神力』を所持している必要があり、すなわち、男では感じ取ることさえ無理、と結論付けていたが……


 相手の力量を測る手段は多い方がいい。

 千尋は、檻の中の男の『視界』が気になった。


「なぁ! 檻に囚われてる男を見て、同じ男として思うところがあるだろう!? 僕の話を聞けよ!」


 とはいえ、千尋は性別を偽っている身である。

 それがこうも騒ぎ立てられると具合が悪い。


 十子が舌打ちをし、千尋に耳打ちする。


「……大騒ぎされたせいで注目が集まってる。ここで黙って去るのも具合が悪い」

「確かに」

「否定するから話を合わせろよ」


 提案にうなずくと、十子が大きな声を出す。


「何勘違いしてるか知らねぇが、こいつは女──」

「女は黙ってろ! 僕はそっちの男と話してるんだよ!」

「──あぁ?」


 十子、今日は邪魔者扱いされることが多く、内心では苛立っていたのかもしれない。

 穏やか──と言うのは少し違うが、誰かれ構わず怒りを露わにするではない彼女にしては珍しく、いきなり喧嘩腰の声である。


 千尋は笑う。


 檻の中の男は、あくまでも千尋しか見ていない。


「なあ、お前だよ! 横の女なんかどうだっていいんだ! しゃべるのを禁止されてるのか!? そうだよなぁ、女ってヤツはさ、わがままで、乱暴で、横暴で、そういうのが気にいらないんだ。男の僕が許可する。お前、話していいぞ。本来さ、僕らは崇められてしかるべき存在なんだから、女になんか気を遣う必要なんかないんだ!」


(ずいぶんと横柄な物言いよなあ)


 千尋としては、男だとか女だとかいう以前に、初対面の十子に大して『女は黙ってろ』と言論封殺する態度が理解の外である。

 まあしかし、ああいった男は千尋の前世にも存在はした。

 この世界ではひなや、遊郭ゆうかく領地、刀鍛冶の里など特殊な土地を巡っていたせいでなかなか出会わなかったが、十子の話から総合するに、あの檻の中ののようなのが、この世界における『平均的な男』なのだろう。


「なぁお前! 僕と組まないか!? 男同士、組むのがいい! そうだろ!」


 黙っている間にどんどんと話が進んでいく。

 千尋は苦笑し、口を開いた。


「悪いが、俺は女だ。そちらの見込み違いであろう」

「いや絶対男だ! いいから僕の話を聞け! 僕はな──」


(なんとも独りよがりに話を進める輩よな……)


 男とか、女とか、そういう以前に人としてどうかと思うような振る舞いである。


 とりあえず千尋自身の口から、周囲に聞こえるように『女だ』と否定はした。

 このまま去ってしまうのがいいだろうか、と思われたが……


「──自由を得るために、ここにいる! そのためにお前を協力者に選んでやる!」


 檻の中の男が、格子を掴みながら語る『自由』。

 その不整合感に、千尋は興味を惹かれる。


 ゆえに足を止めていると、男は、どんどん、自分の都合を語り始めるのだ。


 彼の口から語られるのは……

 この世界で、天女教に管理されている男の、平均的な……


 現実と向き合わぬ、夢のような話であった。

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