「俺の名は
美少年である。
年齢は
子供の特徴を備えつつも半ば大人になった体つきをしており、顔立ちなども、幼さが抜けて完成し始めている、といった様子である。
だが千尋から見れば顔立ちの造作よりもむしろ、その性質の傲慢たるところが透けて見えるのが気になる。
見下しているというのか、話す時にいちいち顎が上がっているあの感じ……
(……まァ、過渡期の男にはどうしても『ああいう時期』はあるが……この
この世界の男というのは、横暴で、乱暴で、脆弱で、しかし偉そうなのだという。
この旅路で千尋は
雄一郎の様子を見るに、なるほど、ああいうのか、と奇妙な笑みが浮かぶような、そういった納得感があった。
千尋の生暖かい視線にも気付かぬ様子で、雄一郎は演説をぶち上げている。
「天女教での男の扱いは本当に酷いものだ。すべてを与えられてしかるべき乳飲み子か何かだと思われている! ……もちろん、それでいいという態度の、腑抜けた男も大勢いた。だが! 僕はそのような扱い、我慢できない! そこで、天女教から自由になるため、自ら進んでこの船に乗り込んだんだ」
千尋は周囲の様子を見る。
周囲、当然そこらにいるのは女ばかりなのだが……
(……なんだろう、微笑ましい空気だな……)
ここは天女教直轄の賭博船・
その中で、檻の中の男が天女教批判めいたことを大声で騒ぎ立てているという状況なのだが……
(いや、そういう状況だからこそ、『微笑ましい』のか。男が徹底的な弱者であり、大望も野望も叶える力がなく、すべて女の掌の上にいるという
雄一郎を通して、この世界での男への扱いをなんとなく学ばされてしまう千尋であった。
「だが、勇気ある男は僕だけだった……! 天女教総本山でともに過ごした男たちは、女ごときに飼いならされるのを享受する腑抜けばかり。そこで僕は一人でもと思い、こうしてこの船に乗り込んだのだ。それもすべて、この船で『僕』という景品を、僕自身が獲得するため!」
そこでようやく、千尋は雄一郎の言葉に興味がわいた。
「そんなことが可能なのか?」
「可能だとも! ここは賭博船・百花繚乱! 賭けの結果、僕が僕を得ることに成功したならば、それは天女であろうが覆せない!」
「しかし博打であろう? 他の誰かに獲得される可能性もあると思うが、何か『これ』という勝算はあるのか?」
「そこで、お前だ。お前が僕に協力して、僕を勝たせるんだ!」
(『僕を勝たせる』ねぇ)
言葉の綾と言われればそれまでだが、千尋はどうにも、雄一郎の言い回しにいちいち引っ掛かりを覚えてしまう。
口から吐き出す言葉は立派なのだが、いちいち空虚なのだ。言葉に本人の覚悟とか思考とかが追いついていない感じ、というか。……そこも含めて、『過渡期の男によくあるアレ』という感じだが。
「まぁしかし、俺も博打が得意というわけではないぞ?」
「問題ない。男が二人もいれば、天女が僕らに微笑まないはずがないだろう?」
「…………んんん? つまり、なんだ、俺を味方に引き入れようというのは、
「博打なんだから当たり前だろう!?」
「いや……まぁ…………そう言われてしまうと、そうかもしれんが。……しかしな、俺は女だぞ」
「僕の見立てが間違えてるっていうのか!? お前は男に決まってるだろ!?」
「なぜそう思う?」
「顔がいいからだ」
ここで千尋、今生始まってから初めてというぐらいの隙をさらしてしまう。
剣客の心得として、普段歩いている時も、飯を食っていようが、あるいは寝ていようとも、何かがあればすぐさま跳ね起きて対応できる心構えをしていた。否、魂にそういうのが身についていた。
だが、このたびの思考の喪失は、『今、この瞬間に誰かに斬りかかられれば、何の抵抗もできずに死んでいただろう』と千尋をして思わせられるほどのものだった。
人生で二度とないであろうほど、あっけにとられてしまう。
「…………顔がいいから?」
「そうだ。男は天女に愛されているからな。男というだけで、あらゆる天賦の才を持っている。まあ、女どもはかたくなに評価しないがね。……つまり、その、僕に並ぶ美貌は男以外ありえない、ということだ」
「お褒めにあずかり光栄、と言えばいいのか? だがな、確かにこの俺は女だぞ」
「いいや、男だ。僕がそう言ってるんだから間違いない!」
さすがに千尋は困って、十子の方を振り返った。
十子は渋面で唸り、不意に何かを思いついたように一歩前に出る。
「あのよぉ」
「女は黙ってろ! 僕は、男と男の話をしているんだ!」
「……これ、あたしらの乗船券なんだが、見えるか? あたしらは
「……何?」
千尋などは行くまで知らなかったが、紙園というのは雄一郎が知っているぐらい有名な場所であったらしい。
雄一郎はじっくりと千尋を頭のてっぺんからつま先まで見回して、
「……つまり、男装女優というやつか?」
「まあ好きに解釈してくれ。『千尋は女だと言ってる』『あたしらは紙園から来た』。事実は以上だ。もう、あんたを説得しようとは思わねぇよ」
十子は心底うんざりという様子で肩をすくめる。
雄一郎は何かを悩み……
「つまり千尋、お前、女か!?」
「そうだと言っているが……」
「女ァ!? 女が、こ、この僕を騙して……!?」
「いや俺は最初から女だと……」
「く、屈辱だ……! 女ごときが、男のフリをして、この僕を騙した!?」
「だから……」
「もういい! どこかに行け! お前たちの顔が見えるだけで不愉快だ!」
「行っていいなら行くが」
「さっさと行けと言ってるだろう!?」
(なんなんだこやつは……)
千尋もさすがにげんなりとしてしまう。
ともあれ、女だと認めさせることには成功した。周囲で見ていた者たちも、男である雄一郎がああも騒ぐなら、と千尋の性別について興味をなくしてくれたことだろう。
みっともなく檻の中で喚く雄一郎を見ていられない気持ちは千尋もあったので、十子とともに、その場を離れる。
どうやら本当に『視界から消えるまで』騒ぎ続けるようで、ちょっと離れたぐらいでは騒ぎ声がやまなかったため、やむなく景品展示区画からそこそこ離れることになってしまった。
「……あれが『男』か」
太い柱に背をもたれさせながら、千尋がつぶやく。
十子は、「あーその」と言いにくそうに視線を泳がせてから、
「お前はああじゃねえからな? なんつうかさ、もちろんヤバいやつではあるけど、素直だし、人の話は聞くし、感情的にわめいたりしないし……」
「いや別に、俺は俺の評価を心配しているわけではなくてだな……」
この世界において、男は弱者である、というのは理解していた。
だが、実際に、男と話してみると、『弱者』の意味が違うように感じられた、というか……
「……なるほど、あれは、確かに……」
「いやぁ、でもねぇ、お姉さん、思うわけよ」
唐突にかけられた声に、千尋と十子が、そろって振り返る。
千尋は平静を装いつつ、内心で驚いていた。
(気付けなかった。先ほどのことで疲労していたからか? それとも周囲に人の気配が多いから? ……いいや、それらも要素だが、単純に、この女の気配のとぼけ方がうまいのだ)
見つめる先にいるのは、紺色の髪の博徒。
胸と腰回りをサラシのみで隠し、着物を帯で留めず、体をはだけるようにして羽織った……
細長い長ドスを持つ女。
「はあい、千尋くん。
沈丁花が、芯のない、へにゃりとした笑みを浮かべて、そこにいた。