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第63話 宝物遊戯・終幕の一

 大躍進、である。


 宗田そうだ千尋ちひろは、船員に交換してもらった宝を見る。


 黒球が四つ。

 白球が十で赤球。赤球が五で黒球。


 すなわちこの、黒地に赤く『宝』と書かれた球四つは、白い球二百個ぶんの価値がある。


 その数は、男性──十和田とわだ雄一郎ゆういちろうを獲得するに足りるものであった。


「意外と簡単にそろったな!」


 当の雄一郎はほぼ何もしていないゆえに気楽そうに声を発した。


 一方、その横で天野あまの十子とおこは疲れ果てた様子で肩を落としていた。


「簡単なもんかよ……現金な野郎だなぁ」


 見事な手際で行われることは、実際の難易度がどうあれ、傍目に見れば簡単そうに見える。


 千尋が宝集めの時に行った手法はそういったものであった。

 何かと言えばつまり、略奪と略取である。


 他者が向かう方向に先回りして宝を得る。

 すると、追いついてきた他者と宝を奪い合うため勝負になる。


 誰かと誰かが争っている横から宝をかすめとる。

 すると当然、宝を求めて二者が敵に回る。


 また、ある勢力とある勢力をぶつけあって、共倒れにしたあと宝を奪う。

 すると医療室送りにならぬ程度の者たちが報復とばかりに来て敵に回る。


 そうして得た宝が増えるたび、船員に交換を申し出て、より価値の高い『宝』と交換してもらう。

 すると、その交換の様子を見ていた者たちが千尋らを狙って攻撃を加えて来る。


 そのすべてを千尋がどうにかした。十子も、手伝った。

 しかし、十子は千尋が『男』だと知っている。強いは強いが、その肉体がちょっと力を込めただけでたやすく崩れてしまう脆弱なものであると知っているのだ。


 ゆえにこそ、千尋の戦いはすべてが綱渡り。

 何も知らない雄一郎からすれば『当たり前に強い千尋が、その強さを活かして大暴れした』というようにしか見えない。

 だが十子からすれば、首筋に『死』の冷たい手触りを感じているはずの千尋が死地を潜り抜け続けた時間であった。


 もちろん、この船での戦いは『殺し合い』ではない。

 だが、千尋の脆弱な肉体は、女が『このぐらいなら死にはしないだろう』と思って放った攻撃でもあっさり死ぬのだ。その事実を知りながら見せられ続けた戦いの数々、こう表現するしかない。


「生きた心地がしねぇよ……」

「なんだなんだ、女のくせに情けないやつだなぁ! お前も千尋を見習えよ、十子!」

「……ったく、こいつは本当によぉ!」

「な、なんだよ……」


 十子にすごまれてあっさり千尋の背に隠れる雄一郎である。

 なお、雄一郎の方が千尋より年上で体格も優れているので、隠れられていない。


 言ってしまえば小学生の背に隠れる中学生、という様子だ。

 この世界の『男』に『か弱いもの、保護対象』という属性があったとしても、十子から見れば情けないことこの上ない。


(まぁ、『男』ってなぁ、本来こうなんだろうけどよぉ)


 すっかり千尋に狂わされているな、と十子はため息をつくしかなかった。


 その様子を見て、千尋が笑う。


「すっかり仲良くなったなぁ、十子殿と雄一郎」


「「仲良くねぇよ!」」


「声まで揃っているではないか」


 揃えたくなかったが揃ってしまったので、なんとも気まずく、二人は顔を見合わせ、それから、「「ふん」」とまた声を揃えて、同時にそっぽを向いた。


 その様子を見て千尋はまた笑い、


「さて、異形刀には足りんが……そろそろ終着地点を目指した方がよかろう」


 異形刀だけを交換するならば足りている。

 だが、雄一郎を交換した上で、さらに異形刀も、となるとまるで足りない。


 十子が「っていうかよぉ」と声を発する。


「宝の総数がそもそも三百とか四百、いってて五百なんじゃねぇか? 結構な集団からぶんどったけど、それで二百だろ? 雄一郎をとろうとすると、どうしても他のはとれねぇよな」

「そもそもにして、雄一郎は『見せておくだけ』のものだったのではないか? 男の価値についてはよくわからんが、それは他のきらびやかな景品をすっかり諦めてまで欲しいものなのか?」

「ましてや雄一郎だしなぁ」


「おい! どういう意味だ!? 僕は総本山の中でも美しいと評判だったんだぞ!?」


「飯代のかかる上にぎゃあぎゃあうるせぇぎょくよりも、価値ある宝は大量にあるってことさ。……こりゃ急ぐ必要がありそうだな。雄一郎をあきらめた連中が、終着点で宝の数を確定させちまう。そうなるともう、とれねぇ」


 終着点に行った時点で、そこにたどり着いた『宝』は所持者が確定する。

 ようするに、獲得できる『宝』の総数が減るということだ。


 ……これは十子らの知らぬことではあるが、雄一郎男性が景品にされると知るまで、ハスバら集団は『大集団で一人一個宝を確保しすみやかに終着地点へ行き、船全体の宝の総数を減らしてしまおう』という賭場荒らしを考えていたのだ。

 価値ある景品に届く数の宝がなければ、この賭場は間違いなく白ける。ゆえに白けさせてやろうという荒らし行為をするため、大勢に呼びかけていたわけである。

 ……が、結婚願望の強い姫騎士のような連中ばかりが集ったハスバの一党、檻に囚われた絶世の美少年──雄一郎を見た途端、姫騎士の本能がうずいて『檻に入れられた美少年を助け感謝され、甘々の生活を送りたい』という欲に負けてしまったのだ。

 ゆえにギリギリまで駆けずり回って宝を可能な限り確保するという方針へ変更した。十子らの知らぬことではあるが、彼女らにとって間違いなく追い風となる変更ではあった。


「では、そういう方針で行こうと思うが──」


 千尋が微笑んで、言葉をいったん区切る。


 その笑みにイヤな予感を覚えたのは十子だ。このトラブルメイカー千尋、厄介ごとに突っ込む直前にこんな笑みを浮かべるのを思い出したのだ。


 だから十子は周囲の様子をうかがう。


 ここは船のほぼ中央にある場所、すなわち、最初に『宝物遊戯』の説明があった場所だ。

 ここより北方向へしばらく進んだ場所が終着地点である。今はもう遊戯も終盤ゆえにこのあたりをうろついている者はおらず、広い空間の中には誰もいない。


 誰も、いない。


 先ほど、宝を交換した相手である船員さえも、いなくなっている。


 十子は千尋の背後の方へと目をやった。

 ……そこでようやく、千尋の笑みの理由に気付いた。


「……おい、気付いてやがったな」


 十子は千尋に言う。


 千尋は、「まぁ」と言い訳めいた声を発し、


「気付かぬ方が無理という気配だからなァ。……しかも、剣呑だ。これは、何かあるぞ」


 振り返る。


 すると、そこにいた者が、千尋らから十歩ほどの距離で立ち止まり、一礼する。


「雄一郎様はじめ、千尋様、それに、十子岩斬いわきり様。当方らの賭場はお楽しみいただけているものと存じます」


 そう言いながら、その人物──


 石動いするぎサグメは、背に負った武器を手にする。


 その武器は一見するとほこであった。

 しかしよくよく見ればまことに奇妙である。

 まず穂先、これが薄く延べた刃ではなく、円錐状の、螺旋に溝の刻まれたもの──


 千尋らの語彙にない単語で表現すれば、ドリル・・・である。


 そして柄は途中で奇妙に曲がっている。その形状、曲がっている先を握りながら、曲がっている後ろを持ってぐるぐると回すことで、ドリル状の穂先がうまい具合に回転し、触れたものを抉りながら進む力を助ける形状である。


 サグメはドリルのような槍を構え、微笑んだまま言葉を続ける。


「しかしながら、あまりにも簡単に多くの『宝』を得ている御様子。これでは歯ごたえがなかろうと存じまして、未熟ながら、当方が、みなさまのお楽しみにひと匙ばかり味を加えさせていただこうという所存」


 そこで千尋は堪えきれないように笑った。


「確かに、『宝物遊戯』の参加資格は、説明の時にこの場にいた者のみ。あなたにも参加資格はあるなァ、船の支配人、サグメ殿」

「……」

「だが、言い方がまわりくどくていかんぞ。『見せ金をとられるわけにはいかないから、狼藉を働き、賭けをなかったことにしたい』とはっきり言ってくれた方が、幾分かましであった」


 サグメは微笑んだまま、応じない。


 千尋は刀を抜いた。


「ま、どうでもいいか。やることは変わらん。その異形管槍くだやり、どういった技法か興味がある。銘を聞いても?」

「ご協力、感謝いたします。それではお望み通り──」


 サグメが腕を動かし、異形槍を回しながら、


「──十子岩斬作・異形、『睡蓮すいれん』にてお相手いたしましょう」


 踏み込んでくる。


「『お相手する』のは、こちらだがなァ!」


 千尋が檄し、対応した。

 宝物遊戯、最後の戦いが……


 もうじき・・・・始まる。

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