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第64話 宝物遊戯・終幕の二

 宗田そうだ千尋ちひろは迫り来る槍の穂先をじっと見つめた。


(奇妙な形状。螺旋状に溝が入っている、が……)


 今のところ、『斬る』攻撃ができない点を除けば、大身槍おおみやりと変わらない。

 何分金属の円錐が先端に付いているので、重量バランス的にはハンマーに近いだろうか? 持ち手もまた金属製であるからかなりの重さではあろうが、この世界の女があの程度の重さをものともしないことは充分に理解している。


 突きの動作、かなりいい。


 一対一の槍の構えといえば左前の半身はんみになって腰を落とし、穂先を相手側に突き出すようなものが一般的であるようだが、迫り来るサグメ、槍の穂先の陰に身を隠すようにして、みぞおちに石突をつけるような構えで迫ってくる。

 こうされると相手との距離が測りにくく、さらに突き出す手の動きが見えない。非常に見切りにくい。

 おまけに間合いは身長差もあり相手が圧倒的優位。


 こういうシチュエーションでは、どうするのが正解か?


 サグメの体勢から一動作で出せる攻撃は『突き』のみである。とくれば、迫り来る穂先を大きく横に跳んでかわすのが正解か?


 否である。


 千尋、前進・・


 槍が突き出された時、横に跳んで避けるのは一見すると安全な回避に思える。

 だが、横に跳んでから動き出すよりも、突き出された槍が戻され、着地点にまた放たれる方が、たいていの場合、速い。

 しかも今、千尋が相手にしているのは『女』だ。この世界の女の身体能力は千尋をはるかに上回っている。横に大きく避けたならば、着地の瞬間を狩られておしまいだ。


 ゆえにこそ、活路は前。


 槍を前にするならば、狭い板の上を進むがごとき動きをする。


 最小限でかわし、進む。相手が槍を戻すより早く、槍の間合いを潰すが最上。

 だがここで槍の穂先に袖をかすらせるように進んだ千尋、何かを察する。


 ふと脳裏に蘇ったのはハスバとの戦いである。

蓮華れんげ』──盾かと思えば槍であった刀。


 確認する。

 うなりをあげて回転する槍の穂先、その螺旋の溝から、何かが飛び出すその瞬間を千尋は確かに見た。


 死の気配がする。


(急停止……間に合わん。後ろに下がる、間に合わん。であれば、さらに、前へ!)


 倒れるように体を落下させ、頭が床すれすれになるほど前傾に。

 顎が床に打ち付けられるその瞬間に加速。姿勢制御をまったく考えず、とにかく前へ進むことしか意識しない急加速により、千尋、地を滑るようにしてサグメの横を通り過ぎる。


 倒れ込み、受け身をとりつつ振り返る。


 するとサグメの放った槍の穂先が、傘のように開いていた。


 ……いや、違う。あれは……


鋼の糸・・・


 うなりをあげて回転するドリル状の穂先。

 そこに螺旋状に刻まれた溝から、鋼の糸が飛び出し、回転によって傘のように展開している。


 回転中のあの鋼の糸に触れれば、体はずたずたに切り刻まれるだろうし……

 ああして糸を出して高速回転をさせれば、並みの飛び道具は弾き、近接武器は鋼の糸によって寸断、悪くともからめとって防ぐことができる。


 ハスバの『蓮華』は『盾かと思えば槍』だった。

 だが、サグメの『睡蓮』は──


「槍かと思えば、盾であったか!」


 構え直しながら千尋は興奮した声で語る。

 サグメは一瞬だけ十子とおこを一瞥したものの、十子が腕を組んで『この戦いにはかかわらない』という姿勢を見せると、千尋へと穂先ごと向き直った。


 槍の回転が止められたせいだろう、鋼の糸が穂先に戻っていく。


「睡蓮が『花開く』のを知らずに対応するとは、お見事」

「似たような武器を直前に見ていたものでな」

「……ああ、あの女……ハスバですか」


 その声にはぞっとするような冷たさがある。

 ……それは、心理的なものではなかった。


 空気が冷えている。

 サグメの周囲の空気が、きらきらと冷たい輝きを放っている。


「まったく、余計なことしかしない女……参ってしまいますね」

「やはりなんらかの因縁があるのか」

「いえ、そんな、因縁だなんて。ただまあ、同期で、いろいろと競うことも多い相手、というだけです。……千尋様、問いましょう。あなたは、男性が『外』に出て、生きていけると、本気で思っておいでなのでしょうか?」

「……」

「雄一郎様は、か弱い男性です。己を取り戻す──なるほど、こころざしは立派だと申し上げておきましょう。それに、実際に手が届くところまで来たのも、お見事と称えておきましょう。しかし……その後・・・のことを、少しでも想像なさっておいでですか?」

「世知辛い話が始まりそうだな」

「ええ。ですが、申し上げておかねばならない話でもあります。男性には、暮らしていく力がない。火を熾すこともできず、清浄な水を出すこともできず、体だって強くない。このような生き物が、どうして天女教の外で生きていけましょう? フッ、どこかで女でもたらしこんで生活の世話をさせるおつもりなのでしょうか? それは果たして、天女教で暮らすのと、一体何が違うのでしょう?」

「さて、俺にはわからん話だ」

「そうでしょうね。ですから、わかっている当方が忠告いたしましょう。雄一郎様を取り戻すことは、あきらめていただきたい。それが、雄一郎様のためになります」

「しかし、あなたには『男性の願いを叶えろ』と言われて組まされたが」

「『男性は真の願いを自らでわかっていない』とも申し上げました。何が本当の願いなのか、頭を使って考えてみてください。女ならば」


 サグメから伝わってくるのは、『この戦い、心底くだらない』という思いであった。

 千尋はその様子のあまりに懐かしいのに笑ってしまう。


「くくく……」

「何か?」

「いや、こういう手合いがいたなぁと思ってな。……世界に絶対の『真理』があり、その『真理』を誰よりも自分が心得ており、それに反する者は道理のわからぬ、相手をしてやる必要もない馬鹿だと思っている。そういう連中を思い出した」

「忌憚なく申し上げれば、あなたがたはまさに、『真理』を察せぬ馬鹿者どもです」

「俺から見れば、あなたのような手合いは、狭い世界の浅い底を掘って『世界のすべてを見た!』と騒いでいる滑稽者にしかすぎんよ」

「………………」

「もう少し上下ではなく左右に目を向けてみたらいかがか? 世界はあなたが思っているより、だいぶん広いぞ」

「雀に猛禽もうきんの心はわからぬ、ということですか」

「勘弁してくれ。反論が思いつかないと何か偉そうな学術書からとったと思しき比喩を用いて会話から逃げるところまで同じとは。さすがに笑ってしまう。自分の言葉で反論が思いつかぬなら、そう言ってくれれば手心ぐらいは加えるが」

「………………」


 サグメの周囲の温度が下がっていく。


 決戦の機運が高まる──


 そこに、


「サグメェ!」


 乱入者、あり。


 サグメの後方、つまり終着点の反対側から来るのは──


「やはり出たか! 雄一郎様の自由を阻もうと手出ししてくると思ったぞ!」


 ──ハスバ。


 そして。


「やあやあ、何やら熱い大一番をやってるねぇ。まさにさいは投げられたところかな? まだ壺が開いてないなら、お姉さんも混ぜてほしいなぁ」


 ──沈丁花じんちょうげ


 ハスバが左腕に盾剣を構える。


 沈丁花が細長い刀身を白木の鞘から抜き放つ。

 そして、にへらとした芯のない笑顔で、言う。


ここ・・こそ、運否天賦うんぷてんぷで決まる賭場。集めたすべての賭けどころ。混ざっちゃだめって言われても、こんな熱い賭場、お姉さん、見過ごせないなぁ」


 千尋は笑みながら、鼻でため息をつき……


「面白い」


 心の底からの想いが、口をついて出た。


 サグメ。ハスバ。沈丁花。そして、千尋。

 異形刀の使い手三人と、剣神の魂を持った男が集い──


 ここにようやく、『宝物遊戯』最後の賭場が立つ。


 ──丁半、張った張った。

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