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第65話 混迷の戦場

 剣の戦いには、独特な『』がある。


 それは、『さあ、これから殺し合うぞ』という構えをとった複数名が、剣を手に手に、しかし動かず、ただにらみ合う、そういう『間』だ。


 現在──


 賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんにて開かれる一大賭場『宝物遊戯』。


 多くの宝を抱え終着点を目指すのは宗田そうだ千尋ちひろおよび天野あまの十子とおこ、そこに加えて十和田とわだ雄一郎ゆういちろうという三名。


 それを阻むように螺旋状の溝が入った穂先の槍を構えて立つのが、この船の船主──すなわちこの天女教直轄領の領主である石動いするぎサグメ。


 さらに戦場に加わるは、現在の天女教に対して遺憾の意を唱えており、それを行動によって示さんとする志士・土岐田ときたハスバ。


 同様に乱入するのは、紺色の髪の博徒。帯で留めずにはだけさせた着物の下をサラシによってのみ隠す沈丁花じんちょうげなる無頼の渡世人である。


 戦場が混迷し、すべてがその手に武器を持つ。

 敵味方さえ不明瞭なこの戦い。

 千尋、サグメ、ハスバ、沈丁花、四者が四者ともに、『その時』を──『間が合う』のを待ち、油断なく互いを見据えている。


 ……だが、その『間』という重要な概念、実際に武器を持って向かい合っていない第三者には、とんと理解が及ばぬものらしい。


 四者がにらみ合うよりやや離れた場所に十子とともに立つ雄一郎、言葉と動きが止まったと見て、声を発する。


「主催者が邪魔するなんて、卑怯だろ!」


 空気が動く。

 四者が『外野の男の声』に四様の、しかし神経をとがらせてなければ察することができぬほど微細な反応をする。


 ──『間』が、合った。


 最初に動いたのは、ハスバである。


 騎士めいた堅物で真面目そうな風情の、左手に盾のごとき刀を帯びた女だ。

 この女、百花繚乱船主サグメとのあいだに因縁があり、なおかつ、現在の天女教に物申すことがあるから、その狙いはサグメであろう──というのが大方の予想。


 だが異形刀『蓮華れんげ』を振り回し、盾から槍へと変形させながら迫る先は──


 ──宗田千尋。


 瞬時に千尋を間合いに入れる、超速度、左右への回避などまったく考えない、あまりにも真っ直ぐで豪胆な進撃。

 うなりを上げて回転する異形刀『蓮華』が、その回転の勢いのまま、千尋を袈裟に肩口から両断する軌道を描く。


 千尋、これを見て、いない。

 彼の視線は違う方向に向けられている。


(片腕はもらうぞ!)


 ハスバがこう思うのは、千尋がなんらかの妖術を──おおよそ想像もつかない使い方による神力しんりき運用をしており、その能力で分身、あるいは短距離の瞬間移動をしていると思い込んでいるからである。


 この世界は不可思議な現象に『神力』というものがほぼ必ずかかわっている。

 ゆえにハスバ、自分の刀で斬ったはずの千尋を斬れていなかったり、まったく意識できないまま距離を詰められたりといった様子から、『何か移動か認識を狂わすような神力技能を用いたに違いない』──

 つまり、『特殊な一族出身の女であろう・・・・・』と思い込んでいる。


 ゆえにこの一撃、彼女は『千尋の体を両断できる』とは思っていなかった。

 見た感じで神力に乏しそうに見えても、特殊な一族というのは強い神力を持つものだ。だから千尋もそうであろうという考えである。


 だが現実として、男の千尋には神力がない。


 なのでこの一撃、当たれば千尋を真っ二つにする。


 その一撃を千尋は見ずに、どこかを見ていた。

 当たる。


 ハスバが確信するのも無理はない。


 だが……


「はぁい、ちょっとごめんよぉ」


 千尋とハスバとの間に割り込む者こそ、千尋が見ていた人物。


 博徒、沈丁花。

 はだけていた着物を振るようにしてハスバの視界を塞ぎながら、その着物の陰から細い剣を突き出す。


 剣を突き出されたハスバは、いきなり目に迫る細い切っ先を前に進路を変えざるを得ない。

 よって剛力をもって放たれた変形異形刀『蓮華』の切っ先は逸れ、床を叩くのみにとどまった。


 進撃の勢いのまま、床を叩いた蓮華の切っ先を地に突き刺すようにして棒高跳びのように飛ぶ。

 跳び、着地するまでに姿勢を制御。頭上で『蓮華』を回し、その変形異形刀の長さを維持しながら、今しがた自分を阻んだ沈丁花を見る。


「なぜ、邪魔をする」


 硬い声音だった。


 沈丁花は逆にへにゃへにゃとした芯のない笑みで、柔らかすぎて誠意を感じられない声を出す。


「いやぁ、サグメ様は千尋くんと敵対でしょ? その上でそっちまで千尋くんの敵に回るんならさぁ、ここはお姉さんが千尋くんの味方をしないと、面白い賭けにならないでしょ」

「……理解が及ばぬ」

「そもそもさぁ、寄ってたかってこんなカワイイ子をどうにかしようって根性、さすがに引くんだけど?」

「その者、見た目に反して妖術を用いるぞ。分身なのか、瞬間移動なのかはわからんが……神力が弱いと舐めてかからぬ方がいい。タネがわからんのだから、まず・・潰す・・べきだ・・・


 ハスバが千尋に斬りかかった理由が、こういうものであった。


 サグメとの因縁はもちろんあるが、それ以前に、千尋は多くの宝を確保している。

 ハスバの目的が『雄一郎の獲得』である以上、サグメを抜けて終着地点へ行くことも、『宝を奪うこと』も、両方ともに果たさねばならない目的である。


 ゆえにこの戦場、ハスバは『サグメ、千尋を倒す』が勝利条件となり──

 それならばタネが知れているサグメより、人数が多いうちに、タネのよくわからぬ千尋を倒そう、と、こういう考えであった。


 その思考を、沈丁花は笑う。


「へぇ、つまり──君たちの目はそろって節穴ってことだねぇ」

「……何?」

「いやいや。ま、それならそれでいいや。お姉さん、千尋くんからの好感度稼いちゃうぞ」


 そう述べて沈丁花が構えたその姿──


 闘牛士・・・のようだった。


 はだけた着物を片腕にかぶせて緞帳どんちょうのようにし、その陰に顔以外を隠すように左半身はんみで構える。

 剣を持った右手を大きく引いて、着物で相手の視線を遮ることで、剣の出所がわからないようにする。


 布一枚という、盾と述べるにはあまりにも頼りないもの。

 だが……


 ハスバは、眉間にシワを作った。


(嫌な構えだ)


 布一枚など、人を叩き斬るのになんの邪魔にもならない。

 普通なら、そうだ。


 だが、ああして構えられると、その布一枚が、相手の動き全体を隠す壁になり、その壁の背後で細く鋭い剣の切っ先がこちらを狙っているとわかるので、攻めるに攻められぬ鉄壁と化している。


 ハスバ、ゆえに攻めかかれず、停止。

 沈丁花も後の先カウンター狙いなのか、自ら攻めかかることはなく、その場に構えたまま静止している。


 こうして乱入者が乱入者によって足止めされた。


 千尋は、背中合わせのようになった沈丁花を一瞬だけ肩越しに見てから、正面に視線を戻す。

 そこにいるのは、サグメ。


「で、どうする? 沈丁花と協力し、ハスバ殿を三人で倒すか?」


 問いかけはあくまでも冗談である。


 サグメも、とりあう気はなさそうだ。


「いえ。最初の状況に戻っただけのこと。……あなたを、黙らせてしまいましょうか」


 螺旋状の溝が入った、円錐形の穂先を構える。


 千尋はそれを見て、笑った。


「『最初の状況に戻っただけのこと』。……本当にそうかなァ?」

「戯言には付き合いません。……殺す」


 サグメが怒りとともに突進する。

 千尋は笑って、それを迎える。


 果たしてこの戦場は、二対二なのか、一対一対一対一なのか、それともまったく別なものなのか──

 戦いが、始まった。

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