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第66話 殺意に相対するは

(殺す)


 石動いするぎサグメの動きには、間違いなく殺意があった。


 得物は十子とおこ岩斬いわきり作異形刀『睡蓮すいれん

 螺旋の溝が入った、円錐型の穂先を持つ異質な槍である。


 その槍の真価は、強く回しながら突きこめば螺旋の溝から鋼鉄の糸が飛び出し、触れたものをみな斬り裂く盾となることだろう。

 製作技術面での真価は、穂先にそれだけの溝を入れておきながら、一切の剛性を損なわず、どれほど強く突きこもうが、叩こうが、決して壊れぬところにある。


 まずは突き。

 続いて突き。

 三度突き。


 突くと鋼鉄の糸が展開し、サグメの背の高さを超える範囲で『なんでも斬り裂く傘』が展開する。

 ゆえにこの槍は紙一重での回避がかなわない。相手は後ろに逃げるしかなく、槍の間合いで相手を後ろに下げ続ければ、いつか追いつき穂先、あるいは『傘』が相手の身に届く。


 つまりこの武器、ただ突きを繰り返すだけで相手をハメ殺せるものである。

 これに対処するには、『傘』に見えるほどの密度・速度で回転する鋼鉄の糸を見切ってかいくぐるか、『睡蓮』よりさらに間合いの長い武器で横に回り込んで攻撃するしかない。


 だが、サグメの異能がそれを許さない。


 神力しんりきには本来、属性というものがない。

 しかしサグメのような特別な血筋を持つ者は、神力を放つと不思議な現象が発現する。


 サグメの場合は神力が冷気となって放出される。

 その温度は空気中の水分が凍り付いてあたりにキラキラとした粒子が舞うほどであり……


 充分に神力が行き渡った粒子は、サグメの意思一つで、『空間に置かれた氷の刃』になる。


「ほう! 面妖な!」


 鋼鉄の『傘』の向こうから千尋ちひろの声。


 現在千尋は、正面を『傘』にふさがれ、あたりを『氷の刃』にふさがれ、追い詰められている状態のはずだ。

 サグメの神力が空間に行き渡り、背後に『氷の刃』を発現できるようになれば、詰み。逃げ場をなくしたあの女を、かわいらしい顔から順番にズタズタにできるはず。


 つまり、『面妖な!』などと、楽しむかのような声を出している余裕はない、はずなのだが。


(……気に入らない!)


 サグメは歯を食いしばって、怒りを噛み砕く。

 そして、怒りを乗せた突きを出しつつ、己を冷静にするために考える。


(……ハスバによれば、やつの神力も、何か特殊な運用がなされるらしい。分身? 幻術? ……相変わらず観察力がなくて使えない女ですね、あいつは。けれど……もしも『居場所を幻惑する』ような神力の使い方ができるなら、当方との相性は最悪と言えるでしょう。……当方を見下したツケは、払ってもらいます。ああ、しかし、殺してしまうのは、いけませんね。この賭場は、殺しはご法度。だから……)


 そこでサグメは、ようやく、いつものように穏やかな笑みを取り戻せた。

 しかしその内心でたどり着いた『千尋への処遇』はこのようなものだった。


(顔をズタズタにして、手足を潰す程度で、容赦してあげましょう)


 ……独善的かつ攻撃的かつ狂信的なサグメは、己を見下す者を決して許さない。

 彼女の報復は理外かつ苛烈である。


「後ろに逃れるだけしかできないのですか?」


 勝利を確信し、余裕を取り戻したサグメの口からこぼれるのは、嘲るような声であった。

 さんざん強そうなことを言っていたわりに、相手は防戦一方なのだ。悔しがれ。精一杯強がってもいい。声に少しの震えでもあれば、そこを突いて、さらに責め立ててやる──


 そう考えて言葉を待てば、千尋がこんなことを言う。


「そうさなぁ。もしかしてだがサグメ殿、あなたは──槍を回している間、向こう側が見えないのか?」

「は?」


 見えるか見えないか、で言えば、視界は悪いが見えないことはない。

 この異形刀『睡蓮』、回転突きを放つと鋼鉄の糸が傘のように展開する。

 しかしその正体は『高速回転する鋼鉄の糸』ではあるので、手を目の前で高速で振っている時のような視界ではあるが、向こう側は見える。


 一体なんだ、と思いながらサグメが言葉に詰まっていると──


「う、お、サグメ!? 貴様!」


 ギャリイイイイ! という耳をつんざく音がする。


 同時に聞こえたのは、ハスバの声。


 一体何が、と思うまもなく、起きたことを理解する。


 サグメの『睡蓮』の鋼鉄の糸が、ハスバの『蓮華』の盾刀にぶつかったのだ。


(ハスバという障害物の方向に誘導された!)


 そのせいで、『傘』がわずかにたわむ・・・


 たわんだ傘の外を、千尋が通過する。

 後ろに回り込まれた。


「しまっ……ハスバ! 何をしているのですか!?」

「先に糸を絡めてきたのはお前だろう!?」


 ハスバの『蓮華』の柄に、サグメの『睡蓮』の糸が絡まっており、身動きがとれない。

 その状態のサグメの背後に、千尋が迫り……


「それ」


 と、刀で頭を叩かれる。


「ッ……………………?」


 死を覚悟した。

 だが、起きたことは、覚悟をはるかに下回った。


 背後から脳天にぶつけられた一撃は、まるで子供の腕でも当たったかのように、柔らかい。


 未だ睡蓮の糸が絡まったままで身動きがとれないサグメは、肩越しに千尋を振り返る。

 千尋は、笑っていた。


「待ってやるから、ゆっくりほどけ」

「……………………なに、を」

「そもそも『殺し合い』はご法度であろう? しかし、尋常には通してもらえぬ様子。であるから──そちらが納得するまで、優しく相手をしてやろうと思ってな」

「…………」

「今回のサグメ殿の悪手は、正面しか見えておらなかったことだなァ。戦いとはいえ、道場で一対一の乱取り稽古でもあるまいに、周囲をもっとよく見て、利用できる状況は利用した方がいい。まぁ、あまり実戦をしておらんのであれば、仕方ないことではある、か。次は周囲環境も見つつ、だ。気を付けてみてくれ」


 サグメはしばらく、何を言われているのかわからなかった。


 だが、ハスバが怒鳴りながら、ようやく、サグメの睡蓮の糸を武器から解き終わるころ、ようやく、理解できた。

 ……いや。言葉の意味はわかったが、理解はできなかった、という表現が正しかろう。


(『指導』している? 当方を? ……この戦いの中で、指導……? 指導……? ……指導!? 当方を指導!?)


 もちろんこれは、『宝物遊戯』を盛り上げるための余興である。

 ……が、それは建前だ。サグメの本気の殺意、まさかわからぬほど鈍いわけではあるまい。とっくに、心構えは殺し合いになっていた、はず、だった。


 はず、だったのに──


(当方が顔をズタズタにしてやろうと、四肢を潰してやろうとしているのに、あいつは、それを、意にも介さない……?)


 衝撃だった。


 サグメは天女教の天女側近かつ実力行使部隊である『天使』の一員でもある。

 普段は穏やかな態度を心がけているが、ひとたび殺意を向ければ多くの者──生意気な他の天使以外──が震えあがる。


 その自分の殺意を受けて、『指導』。


 サグメは、手が震えているのを感じた。

 それは、まだ・・恐怖による震えではない。


 甚だしく侮られていることに対する、総身が震えるほどの怒りだった。


「貴様ァ……!」

「やりこめられて怒ったか? しかしなぁサグメ殿。せっかくの機会なのだ。学べるうちに学ぶ姿勢というのはな、大事だぞ。俺を敵とみなしているのならば、なおさら、敵から学ぶのだ。学べぬならば、死ぬ」

「……」

「まぁ、しかし、自分に自信のある若い者ほど、先達の指導を受け入れられぬものよ。そういう時にはな、うむ、こればかりは他の方法を見つけられなかったので、自分でもどうかと思うが──ボコボコに打ち据えて頭の血を抜いてやるしかないのだよな」

「貴様、貴様、貴様ァァァァ!!!」

「うん、いい勢いだ。来るといい。俺が実戦を教えてやろう」


 サグメが勢い込んで突進していく。


 対する千尋、穏やかに微笑み、


「勢いはいいのだがなァ」


 半歩、斜め前へ踏み出す。

 ……周囲からは、そのようにしか見えない動きであった。


 だが、それだけでサグメの突きも、槍の穂先から展開される鋼鉄の糸も当たらない。

 糸の内側に侵入した千尋が刀の切っ先でサグメの足の甲をチクリとつつくと、サグメはバランスを崩して前のめりに倒れこんでしまう。


 倒れて信じられないものを見るかのように見つめて来るサグメに対し……

 千尋は、ため息をついた。


「武器、良し。勢い、良し。だがな、サグメ殿、そなたの面妖な術も、その槍も、『相手から逃げ場を奪う』という運用に適性があるというのに、そなたの攻め気が強すぎて、活かせておらんぞ。もう少し歩法を覚えた方がいいな」

「な、な、な、な、な……!?」

「ほれ、立て。もう一度だ」

「……」

「大丈夫だ、見込みはある。力もあり、思い切りもいい。そなたにないのは──技量だけだ」

「…………」

「技量であれば、後天的に身に着けることができる。そなたはもっと強くなれるぞ、サグメ殿」


 さ、次。


 そう述べる千尋を、サグメは、どういう感情で見ていいのかわからなかった。

 ……長らく、その感情をサグメは抱いたことがなかった。だから、その感情が、どういう名前か、忘れていたのだ。


 その感情は──


 ──恐怖。


 こちらの『殺す気』が全く通用しない。

 何をしても、触れられる気もしない。


 圧倒的に隔絶した『何か』が、自分で遊んでいる。


「う、う、うあああああああ!」


 サグメは、人生で初めて、自分でもよくわからない絶叫をあげながら、立ち上がる。

 ……もうすでにそれは、『戦い』ではなかった。


 千尋によるサグメへの指導が、始まっていた。

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