だが、
だから、こういう話を知っている。
(……『光の刃』。今出てきた化け物、これより下の階層で戦った連中とは一線を画する強さだったのは、あたしにもわかる。それを、一撃で両断する──
神力というのは、すべての女性が持っている力だ。
だがその多くは『種火を起こす』『清浄な水をちょっと出す』といった程度の現象を起こせるのみであり、ほとんどの者の身体の頑強さを保証している力ではあるが、『放って攻撃する』というのは、一部の者にしかできない。
たとえば賭博船・
天野の炎もそうだ。
神力が自然とその形をとってしまうぐらいの血統。そういうのがない限り、『神力によって起こした現象を攻撃に使う』なんていうことはできない。頑張ってできても、肉体を強化して殴った方が早いし効率がいいし強い。
だというのに、先ほどの光の刃。
(噂止まりだが、聞いたことがあるんだよなぁ……『天女は光の奇跡を起こす』って)
光の刃を放ったこと。
何より、神力感知がさほど鋭くもない十子でさえ、さっきから全身をびりびりと震わされるほどに感じる、圧倒的な神力の量。
(こいつ、もしかして……あたしらが会おうとしてた、『天女』か?)
そうに違いない、と言いたいところだが、断定できない理由もある。
(その『天女』だとして、なんで一人でこんなとこにいるんだよ)
いくらお忍びで来ているとしても、天女はウズメ大陸の最高権力者である。
しかもここは『生存率一割』と言われる『塔』だ。さすがに少数の護衛ぐらいはつけていてしかるべき、というか、護衛の方がなんとしてもついてくるだろうと思われるのだが……
(天女本人じゃなく、天女の親戚筋か? ……いや、でも
十子が常識があるがゆえに困惑している最中──
天女? は千尋にずんずん近付いて、五歩ほどの距離で止まった。
対する千尋、戦闘が終わったので剣を納めた状態で棒立ちであった。
千尋の不思議そうな視線と、天女? の厳しい視線が交錯し──
音が、した。
ずばん、とか、どごん、とか、そういう、重くて鋭い音だ。
どうにもその音は、現象に一拍遅れて響いたらしい。
十子の目には、『動き出し』と『動き終わり』の姿だけが見えて、『動いている最中』が見えなかった。
『動き終わり』の光景。
天女? の歩幅で千尋とは五歩の距離があったはずが、今は鼻先が触れ合うような距離にいる。
そして、天女? は薙刀を振り下ろした状態で……
千尋は、体を
すさまじい威力である。薙刀が叩いた地面が割れ、その地割れが後方はるか先にまで広がっているのだから。
千尋のみならず、十子であろうが、あるいは乖離でさえも、一撃で一刀両断するかもしれない、それほどの一撃。
十子は遅れて、全身に冷汗が噴き出すのを覚えた。
「千尋ォ!」
思わず叫んでしまったのは、これまでのどの戦いよりも、『死』が鼻先近くを撫でていったような感覚ゆえか。
一方で千尋、平気そうな顔をして、天女? を見ている。
「そう
その片手は納められた刀の鞘の口に添えられており……
もう片方の手は、いつの間にか抜き放った刀を、天女? の首に当てているところであった。
音を置き去りにする速度での薙刀の一撃もすさまじいが、いつ抜いたかもわからない抜き打ちもまたすさまじい。
とはいえ、千尋の腕力では、ここから天女? の首を斬ることはできない。
だが。
「謝罪します」
天女? が、
「どう見ても弱者にしか見えませんでした。しかし、わたくしの薙刀を避けたということは、何かを隠していますね」
主に性別である。
しかし正直に『実は男で』などと告白する理由もないので、千尋はあいまいに微笑んで返した。
天女? はその表情を見て、眠たげな顔でうなずく。
「なるほど。軽々に力の正体を明かさぬ。いいことです」
「いやぁ、隠すほどの力はないが」
「すべてわかっています」
何か話の雲行きがおかしくなってきた気配がする。
千尋はなんとなく十子の方を見たが、十子も冷汗をひかせた顔に困惑を浮かべていた。
天女? は、眠たげな顔でうなずき、千尋を見下ろす。
こうして並んでいる姿を見れば、その身長はさすがに千尋よりは高いものの、十子と大差ない。
女性の中ではだいぶ小柄な方に入る。というより──まだ、『子供』と言える、そういう体格であった。
ぼんやりした表情も相まって、その金髪金眼の美しい顔立ちは、臨戦態勢にないと『お嬢様』という感じが強くなる。
「実はここに来たのは、面白い人材を探すためでもありました。面白く、強い人材をです」
「こっちを待たずにぐいぐい話進めるヤツだな」
十子が思わずつぶやく。
しかし、相手を待たずに話をぐいぐい進めるタイプの天女? は気にした素振りもなくぐいぐい話を進める。
「あなたを観察します。なので、これから一緒に登頂を目指します。よろしくお願いします」
「……いや、まぁ、構わんが……」
物静かで眠そうなのにとてつもなく押しが強い。
断られるなどまったく想定していなさそうな様子に、千尋もつい、たじろいでいた。
天女? はたじろぐ千尋と十子を見て、
「あ」
と声を発し、
「お困りの様子。なるほど、すべてわかりました。わたくしは大事なことを忘れておりましたね。そう、自己紹介です」
「いや、俺たちの困惑の理由はそこではないが」
「わたくしは、『ミヤビ』と申します。あなたたちの番ですよ」
「いや、その……まぁいいか」千尋はあきらめたように笑った。「俺は、千尋と申す者。そちらは──」
「……天野十子だけどさあ」
「天野十子。天野の里の
「いや観光で塔の中までは来ねぇ──」
「なるほど、すべて理解しました」
「──さっきから理解できてねぇよなぁ!? その言葉を言う時さあ!」
「長年
「……」
「次はこの塔に引きこもろう、というわけですね?」
「いやまったく違うが!?」
「わかっていますとも」
「わかってねぇんだよだからさぁ!」
「しかし塔に引きこもるのはおすすめしませんね。岩斬が
「間違った推測を根拠に突っ走るなっつってんだよ!? お前人の話聞かねぇって言われねぇか!?」
「ええ、わかっていますとも。あなたは鍛冶師。しかも、当代の岩斬の実力は歴代一位との誉も高い。あなたの刀の見事さはわたくしも知る通りです。ゆえに、あなたにまで『強さ』を強制はしませんとも。女は強くあらねばならないけれど、それは役割のない女に限った話。岩斬であれば強さよりも刀の出来で見るべき──そうですね?」
「いや、もう、さあ……!」
十子は、ミヤビが天女ではないかとかなり疑っている。
しかし独特すぎる会話ペースで、そんなことを気にして丁寧な態度をとる余裕がない。
(……まぁ、本人も天女だって名乗ってねぇし、ここからついてきそうだし、疲れるからこのままでいいか)
千尋との旅で慣れている十子は、こういうわけのわからん手合いの受け流し方を覚えつつあった。
その結果、まずはミヤビが天女かどうかを気にするのを、いったんやめることにした。
「では登頂を目指すことにします。みなさんよろしくお願いします」
ミヤビが歩き始める。
その背中は千尋と十子がついてくると疑っていない様子であり……
「……どうする?」
千尋が十子へ問いかける。
十子は肩をすくめ、
「……まあ、とりあえず目的地は同じだし、『世話する』ような相手でもねぇだろうし、ついてくかぁ」
こうして、どことなく珍道中みを帯びつつ、三人は六階層へと進んでいった。