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第76話 『ミヤビ』

 天野あまの十子とおこは世間一般の基準から言えば『常識知らず』ではある。

 だが、千尋ちひろほどではない。


 だから、こういう話を知っている。


(……『光の刃』。今出てきた化け物、これより下の階層で戦った連中とは一線を画する強さだったのは、あたしにもわかる。それを、一撃で両断する──神力しんりきの刃)


 神力というのは、すべての女性が持っている力だ。

 だがその多くは『種火を起こす』『清浄な水をちょっと出す』といった程度の現象を起こせるのみであり、ほとんどの者の身体の頑強さを保証している力ではあるが、『放って攻撃する』というのは、一部の者にしかできない。


 たとえば賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんで、船長領主のサグメが氷のやじりみたいなものを空中に生み出していたが、単純に神力が強いだけではああいったことはできない。『攻撃』と呼べるほどの現象を起こすには、血脈が不可欠であると言われている。


 天野の炎もそうだ。

 神力が自然とその形をとってしまうぐらいの血統。そういうのがない限り、『神力によって起こした現象を攻撃に使う』なんていうことはできない。頑張ってできても、肉体を強化して殴った方が早いし効率がいいし強い。


 だというのに、先ほどの光の刃。


(噂止まりだが、聞いたことがあるんだよなぁ……『天女は光の奇跡を起こす』って)


 光の刃を放ったこと。

 何より、神力感知がさほど鋭くもない十子でさえ、さっきから全身をびりびりと震わされるほどに感じる、圧倒的な神力の量。


(こいつ、もしかして……あたしらが会おうとしてた、『天女』か?)


 そうに違いない、と言いたいところだが、断定できない理由もある。


(その『天女』だとして、なんで一人でこんなとこにいるんだよ)


 いくらお忍びで来ているとしても、天女はウズメ大陸の最高権力者である。

 しかもここは『生存率一割』と言われる『塔』だ。さすがに少数の護衛ぐらいはつけていてしかるべき、というか、護衛の方がなんとしてもついてくるだろうと思われるのだが……


(天女本人じゃなく、天女の親戚筋か? ……いや、でも乖離かいりの寄越した情報だと天女が来るっつー話だし……)


 十子が常識があるがゆえに困惑している最中──


 天女? は千尋にずんずん近付いて、五歩ほどの距離で止まった。

 薙刀なぎなたの間合いである。


 対する千尋、戦闘が終わったので剣を納めた状態で棒立ちであった。


 千尋の不思議そうな視線と、天女? の厳しい視線が交錯し──


 音が、した。

 ずばん、とか、どごん、とか、そういう、重くて鋭い音だ。


 どうにもその音は、現象に一拍遅れて響いたらしい。


 十子の目には、『動き出し』と『動き終わり』の姿だけが見えて、『動いている最中』が見えなかった。


『動き終わり』の光景。

 天女? の歩幅で千尋とは五歩の距離があったはずが、今は鼻先が触れ合うような距離にいる。

 そして、天女? は薙刀を振り下ろした状態で……


 千尋は、体を半身はんみにひねって、薙刀を避けた姿で立っていた。


 すさまじい威力である。薙刀が叩いた地面が割れ、その地割れが後方はるか先にまで広がっているのだから。

 千尋のみならず、十子であろうが、あるいは乖離でさえも、一撃で一刀両断するかもしれない、それほどの一撃。


 十子は遅れて、全身に冷汗が噴き出すのを覚えた。


「千尋ォ!」


 思わず叫んでしまったのは、これまでのどの戦いよりも、『死』が鼻先近くを撫でていったような感覚ゆえか。


 一方で千尋、平気そうな顔をして、天女? を見ている。


「そういじめんでくれ。こちらは『軟弱』な身でな」


 その片手は納められた刀の鞘の口に添えられており……

 もう片方の手は、いつの間にか抜き放った刀を、天女? の首に当てているところであった。


 音を置き去りにする速度での薙刀の一撃もすさまじいが、いつ抜いたかもわからない抜き打ちもまたすさまじい。


 とはいえ、千尋の腕力では、ここから天女? の首を斬ることはできない。


 だが。


「謝罪します」


 天女? が、残身ざんしんを解きながら、声を発した。


「どう見ても弱者にしか見えませんでした。しかし、わたくしの薙刀を避けたということは、何かを隠していますね」


 主に性別である。

 しかし正直に『実は男で』などと告白する理由もないので、千尋はあいまいに微笑んで返した。


 天女? はその表情を見て、眠たげな顔でうなずく。


「なるほど。軽々に力の正体を明かさぬ。いいことです」

「いやぁ、隠すほどの力はないが」

「すべてわかっています」


 何か話の雲行きがおかしくなってきた気配がする。

 千尋はなんとなく十子の方を見たが、十子も冷汗をひかせた顔に困惑を浮かべていた。


 天女? は、眠たげな顔でうなずき、千尋を見下ろす。

 こうして並んでいる姿を見れば、その身長はさすがに千尋よりは高いものの、十子と大差ない。

 女性の中ではだいぶ小柄な方に入る。というより──まだ、『子供』と言える、そういう体格であった。


 ぼんやりした表情も相まって、その金髪金眼の美しい顔立ちは、臨戦態勢にないと『お嬢様』という感じが強くなる。


「実はここに来たのは、面白い人材を探すためでもありました。面白く、強い人材をです」


「こっちを待たずにぐいぐい話進めるヤツだな」


 十子が思わずつぶやく。

 しかし、相手を待たずに話をぐいぐい進めるタイプの天女? は気にした素振りもなくぐいぐい話を進める。


「あなたを観察します。なので、これから一緒に登頂を目指します。よろしくお願いします」

「……いや、まぁ、構わんが……」


 物静かで眠そうなのにとてつもなく押しが強い。

 断られるなどまったく想定していなさそうな様子に、千尋もつい、たじろいでいた。


 天女? はたじろぐ千尋と十子を見て、


「あ」


 と声を発し、


「お困りの様子。なるほど、すべてわかりました。わたくしは大事なことを忘れておりましたね。そう、自己紹介です」

「いや、俺たちの困惑の理由はそこではないが」

「わたくしは、『ミヤビ』と申します。あなたたちの番ですよ」

「いや、その……まぁいいか」千尋はあきらめたように笑った。「俺は、千尋と申す者。そちらは──」


「……天野十子だけどさあ」


「天野十子。天野の里の岩斬いわきりではないですか。なぜこんなところへ? 観光?」

「いや観光で塔の中までは来ねぇ──」

「なるほど、すべて理解しました」

「──さっきから理解できてねぇよなぁ!? その言葉を言う時さあ!」

「長年いおりに引きこもっていたという話は聞いています。つまり、引きこもりをやめ……」

「……」

「次はこの塔に引きこもろう、というわけですね?」

「いやまったく違うが!?」

「わかっていますとも」

「わかってねぇんだよだからさぁ!」

「しかし塔に引きこもるのはおすすめしませんね。岩斬が類稀たぐいまれなる炎の使い手であることは承知してしますが、鍛冶仕事中には警戒もできないでしょう。なるほど、そこでそちらの方を護衛に、と」

「間違った推測を根拠に突っ走るなっつってんだよ!? お前人の話聞かねぇって言われねぇか!?」

「ええ、わかっていますとも。あなたは鍛冶師。しかも、当代の岩斬の実力は歴代一位との誉も高い。あなたの刀の見事さはわたくしも知る通りです。ゆえに、あなたにまで『強さ』を強制はしませんとも。女は強くあらねばならないけれど、それは役割のない女に限った話。岩斬であれば強さよりも刀の出来で見るべき──そうですね?」

「いや、もう、さあ……!」


 十子は、ミヤビが天女ではないかとかなり疑っている。

 しかし独特すぎる会話ペースで、そんなことを気にして丁寧な態度をとる余裕がない。


(……まぁ、本人も天女だって名乗ってねぇし、ここからついてきそうだし、疲れるからこのままでいいか)


 千尋との旅で慣れている十子は、こういうわけのわからん手合いの受け流し方を覚えつつあった。

 その結果、まずはミヤビが天女かどうかを気にするのを、いったんやめることにした。


「では登頂を目指すことにします。みなさんよろしくお願いします」


 ミヤビが歩き始める。

 その背中は千尋と十子がついてくると疑っていない様子であり……


「……どうする?」


 千尋が十子へ問いかける。


 十子は肩をすくめ、


「……まあ、とりあえず目的地は同じだし、『世話する』ような相手でもねぇだろうし、ついてくかぁ」


 だいだい色の髪を掻きながら、歩き出す。

 こうして、どことなく珍道中みを帯びつつ、三人は六階層へと進んでいった。

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