「もしかしてあなた、男ではありませんか?」
ミヤビの言葉。
あまりにも唐突すぎて、
「……いやぁ、それは」
千尋とてすでにウズメ大陸での旅は長い。
なので、こういう時にはどうやって誤魔化すかというのを、いくらか(
しかし、だ。
(本当に『機』を外すのがうまい。行動すべてが不意打ちのような御仁よな)
ミヤビという少女、どこまでもどこまでもマイペースであり、行動は唐突、発言は強引、行動力は強靭と、とにかく『ついて来れない世界が悪い』みたいな独立独歩ぶりなのである。
今も、困っている千尋を見て、こんなふうにうなずく。
「わかりますとも」
「貴殿がその発言をする時、何もわかっておらんこと多数だが」
「まず、女というのは、強さを誇示せねばなりません。しかし、あなたは強いのに、それを誇示しようとしない。そうですね?」
「……いや、強い者は強さをいちいちひけらかさねばならん、などという決まりはないと思うが」
「次に」
「やはり話を聞かぬのか……」
「じっと観察していても、あなたからは
「……」
「隠しているにしても見事すぎます。とはいえ、わたくしは神力感知に自信がないので、ここは見逃してもいいでしょう。なぜなら、自分の神力が強すぎて、有象無象の力の多寡がわからないのです」
「そ、そうか」
「そして最後に、あなたはあまりにも男っぽすぎる」
「……どういった点──」
「なんとなく」
「なんとなく」
「以上の根拠からあなたは男だと判断しています。どうでしょう」
「どうでしょう、と言われてもなぁ」
この世間において、『男の旅』だの『男が強くなる』だのは認められない。
いくら十子に同行してもらっているとはいえ、男である千尋が『塔』とかいう生存率一割という風評の場所に入り、矢面に立って化け物どもへ剣を奮うというのは、この世界のジェンダーロールから言えば『ありえてはならないこと』である。
千尋は興味があって、聞いてみた。
「『そういう女もいる』ではいかんのか?」
「そんなのは女ではないです。玉つきです」
千尋の前世における、情けない男を指す『玉なし』のこの世界バージョンの言い回しのようだった。
お嬢様みたいな見た目でぽやーっとした表情をしているのだが、意外と口の悪いミヤビである。
千尋、「ふぅむ」と顎に手を添え、
「何やら『女』というものに強固な理想を抱いている様子であるが、そもそも、理想通りの実在人物などというのは、そうそういるものでもあるまいよ。まさか、その理想に則さない者はすべて男扱いしているというわけではあるまい?」
「そもそも、女は男を守るために強くなければなりません。それがこのウズメ大陸で生まれた女の使命です」
「いや、まあ、生き方は人それぞれだと思うが」
「人それぞれもいいでしょう。しかし、『それぞれ』の前の大前提として、女は強くなければならない」
「つまり、俺は弱い、と? 女とは思いたくないほどに」
「戦えば強いでしょう。しかし、弱い」
「……ふむ」
「技、神力運用、そういうものを極めて強さを得た人もいます。また、
「しかし──」
と、千尋が何かを言いかけながら、刀を抜き放つ。
ほぼ同時、ミヤビも薙刀を振る。
互いに互いの真横を刃が通過し……
影から飛び出すように出てきた化け物を両断した。
……ここは『塔』の内部なのである。
六階層。その様子はいくつもの鳥居が並ぶ迷宮である。
紅葉がどこからともなく舞い散り、夕暮れ時を思わせる茜色の日差しが長く濃い影を落としている。
その影の中から、出るのだ。化け物が。
いつしかミヤビ、千尋、そして十子は影の化け物──足が袴のようになった、のっぺりした薄っぺらい人型の化け物に囲まれていた。
その化け物の中を、二人の剣客が舞う。
千尋の動きは流麗であった。
一つの動作で複数のことをしてのける。それがあまりにも鮮やかゆえに、見惚れるほど美しい。
その動きには予備動作がなく、その足運びは複数体に囲まれている状況だというのに、決して前後左右を囲ませず、刃を奮う一瞬だけは一対一になれるように調整されていた。
あまりにも見事な足運びは地を滑るようであり、千尋自身の容姿の美しさも相まって、見惚れるほどであった。
一方でミヤビの動きは『剛』そのもの。
強くあるべき。強さを見せつけるべき──そういう主張にまったく恥じない、強く、重く、速い動きだ。
千尋と比べてしまうと流麗さには欠ける。だが、あまりにも猛々しい動き、踏み鳴らす地面の音や振動、振るわれる薙刀が空気を斬り裂き風を起こす様子などは、腹の底に響く和太鼓の演奏を思わせた。
まったく正反対の二人が、化け物どもの中を舞う。
並みの者が決死の覚悟で戦わねばならぬ包囲網、この二人にとってはそよ風にも等しいらしい。
二人は舞うように戦いながら、会話を続けた。
「ミヤビ殿、俺は弱いか?」
「はい。とても」
「敵を殺す手腕ならば、そこそこには見えぬか?」
「はい。とても」
「であれば、俺は、なぜ弱い?」
「あなたは敵に勝てる。しかし、生き延びることができない」
「その心は?」
「あなたが勝てる相手は、爪や牙、刃を備えた敵だけです。あなたは、『病魔』や『衰え』に勝つことができない」
じゃぎん、と六体もの化け物が、薙刀によってまとめて上下に分断された。
同時、千尋の針の穴を通すような刺突が化け物の喉あたりに突き刺さり、影のようなそいつが霧散していく。
千尋とミヤビは再び、向かい合う。
その手には抜き身の刃物があった。
「千尋……あなたは、病魔に勝てますか?」
「さァて、どうだろうなあ? あいにくと斬り結んだことはない」
「斬り結べない相手に、あなたは勝てない。なぜならば、神力がないから。こうまで言われて神力を見せない。だから、あなたは男です」
「で、俺がもし男だと、どうなる?」
「わたくしが保護します」
「………………なぜ?」
「男を保護するのは女の役目だからです。女は強く、賢くあらねばならない。それはすべて、
千尋は、ミヤビの主張をようやく理解した。
そして、思った。
(なるほど、正しい)
賭博船・
確かに、弱かった。神力がないというのは本来、あそこまで弱いのだ。
そして病魔。なるほど、千尋は武器を持った相手との殺し合いで死ぬのは納得しているが、病魔にやられてというのは、確かに避けたい。
この肉体で生きてわかった。この世界の男は弱い。筋力、骨格のみならず、内臓も弱い。病魔への抵抗力も弱いのだろう。
人間の相手は技を鍛え、機を見ればどうにかなる。
しかし病魔の相手となれば……なるほど、神力がなければどうにもならない世界なのであろう。
だが……
「とはいえ、守られることを好まぬ男もいるとは思うが」
「ええ。自分がどれほど脆弱で、どれほど他者の世話になっているかがわからない男性はたくさんいらっしゃいます。ですから、力づくで守るのです。たとえ男性に恨まれたとして、その身命を守るのです。そのために必要なのが、強さなのです」
「で、俺がそういう『男』だと?」
「そう見えます。違うなら神力を放出してください」
「ふむ」
十子が口を開こうとしているのを察する。
だから千尋は、片手を出して止めた。
(強引で身勝手。独善的で気まま。だが……真っ直ぐだ)
たとえば百花繚乱のサグメやハスバなどは、『男を守る』という主張の裏に、優越感とか、下心みたいなものがあった。
しかし、ミヤビからはそういうものを感じない。彼女にとって『女が強くなり、男を守る』というのは、心の底からの願いなのであろうことがわかる。
つまりこれは、真剣勝負だ。
相手が願いを見せた。
この願いを打ち破るだけの、なにがしかの力を示さねば、この会話は終わらない。
「神力は見せられん」
千尋は声を発する。
ミヤビがぼんやりとした、しかしギラギラときらめく黄金の瞳で千尋を見ている。
次の一言次第では斬り合いになる──そういう予感が、千尋の背を伝った。
ゆえに、自然体で言葉を発する。
「俺にとって『強さ』はひけらかすものではない。俺はな、人から『強者』と思われたくはないのだ」
「なぜ」
「斬り合いを望むゆえに」
最強、無敵。……何がいいものか。
ひけらかした強さは争いを遠ざける。争いのない世のためには、強い者がきちんと強さを誇示する必要があるというのは、わかる。
わかる、が。
「そちらにも信念があるように、俺にも信念がある。それでもなお『神力を見せろ』『見せないなら男だから保護する』などと述べるならば、もう、ここから先は、互いの信念のために斬り結ぶしかないが、いかがか?」
千尋は誰彼構わず襲い掛かるようなことはしない。
戦いには『気構え』が大事だと思っている。可能であれば、相手が強者であるほど、相手の『気構え』が整った状態で戦いたい。だからこそ、相手の信念を大事にする。相手の『大事なもの』を重んじる。
だが、その『相手の大事なもの』がこちらの信念を否定しにかかるとくれば──
もう、殺し合うしかない。
殺気も怒気もなかった。ただし、『ここが最後の一線だ』ということは伝えた。
一瞬あとの言葉次第では、ここから殺し合いが始まる。
ミヤビは……
「……なるほど、尊重すべき信念であることを感じ取りました」
引き下がった。
ただし、眠たげな瞳には、先ほどよりも強い興味が灯っている。
「千尋。しばらく様子を見ます。とりあえず『塔』の最上階までは、あなたを女として扱いましょう」
「それはどうも、と言うべきか?」
「早くあなたの正体が知りたい。行きましょう、上へ」
そう述べるが早いか、ミヤビが勝手に進み始める。
千尋が肩をすくめていると、背後から声がかかった。
十子だ。
「おい、いきなり殺し合いそうな雰囲気になるのはやめろ。血の気が引いたぞ」
「そう言われてもな。まあ、覚悟はしておいてくれ。ミヤビ殿は読めん」
「……お願いだからやめてほしいが、まあ、お前ら本当にわかんねぇからなあ」
はぁ、と肩を落とす十子。
千尋は励ますように十子の背を叩き、ミヤビに続いて歩き始めた。