森のような階層である。そこここにある木が突然動き始め、襲い掛かってきたのだ。
その丈夫さは生木のようであった。
だがいかんせん、人型だ。何より、首だの心臓だの、人と共通の『弱点』があるとくれば、この皮を削いで急所を抉ることなど造作もない。
ミヤビは、千尋の背を庇うように戦っている。
どうにも
敵が多い時などは
ミヤビの荒れ狂う激烈な、嵐のような暴力の中、何も恐れていないような顔で、そばに立って戦えるのは、千尋のみであった。
ミヤビは千尋が自分の力にさえ
荒れ狂う光の
そのそばに寄りそうように戦う、あまりにも静かな千尋。
その静けさが、ますますミヤビを苛立たせているようで……
「あまり近くで戦わない方がいいですよ。巻き込まれますから」
「何、気持ちのいいそよ風よ。全身で浴びるが礼儀であろう」
「……うっかりで死なないように、神力で身を守ってはいかがですか」
「そのような『うっかり』で仮に死ぬようならば、俺もそこまでの者であった、というだけの話。気にせず暴れてくれ。ああ、ただ……」
「?」
「力を使いすぎて疲れたならば、下がっていてもいいぞ?」
「……もしかして千尋、性格がめちゃくちゃ悪いのでは?」
「『それなり』の相手に『それなり』の言葉を返しているだけだ。俺は人間関係において、向けられた以上のものは向け返さぬよ」
「……ぐ、ぬ、ぬ」
このように言い争いみたいなことを始めるのだが、千尋のレスバが強いので、ミヤビは毎回、こんなふうに黙らされてしまっていた。
それでもミヤビは何かを言わずにはいられないようで、たびたび同じように挑発を始め、同じようにやりこめられている。
その様子は、二人をやや離れたところで見る十子からすると、このように感じ取れた。
(『仲のいい親戚』みたいだなぁ……)
お兄ちゃん──千尋は性別を明言していないのでミヤビ視点では『お姉ちゃん』かもしれないが──につっかかる、生意気盛りの妹、という感じだ。
ミヤビの、何を考えているのかわからなかった眠たげな美貌は、今ではよく感情がにじむ。意地になっているのだ。何かがずっと琴線に引っかかっているのだろう。
最初の超然としていた雰囲気は消え去って、すっかり……
(人間に見える)
……たとえミヤビが『天女』であろうが、現代の天女は人間ではあるはずだ。
だが、人間に見える。とりもなおさず、今まで十子は、ミヤビにどことなく距離を感じていた。それが、近くなった。そういうこと、なのだろう。
もっとも、あの二人の会話に十子が混ざることはできていない。
千尋はやはり強者であるミヤビを認めている様子がある。
その評価は、十子に対するものとは違った。たびたび千尋が口にする言葉からとるに、『敵』になりうる者、向かい合う者、あるいは背中を任せる者として認めている、といったところであろうか。
ミヤビもまた、十子に一定の尊敬は向けているように思える。
だがそれは、自分と同じ世界に住んでいない者への尊敬なのだ。尊重、であろうか。『お前は私と同じ世界にはいないけれど、お前の能力は客観的に認められるものであると理解し、そこに敬意を表します』という──
一歩引いた場所からの、態度。
寂しくない、と言えば嘘になる。
だが、不思議なほど、心は安定していた。
精神が安定した、というか。
(『そういう関係性もある』ってわかったんだろうな)
頭ではわかっていた。剣客と刀鍛冶の生きる世界は違うと。
だが、心で理解することができた。……整理がついた、のだろう。
(刀鍛冶には、刀鍛冶の戦いがある。……あたしも、『戦い』を始めなきゃなぁ)
命懸けの戦場に放り込まれて──
命懸けで戦う者の戦いをずっと真横で見ていて、十子は『何か』をつかみかけている。
その『何か』は試練であろうという予感がする。
『それ』に立ち向かうことこそ──
(乖離を超える刀を打つために、必要な、『戦い』)
……悩める刀匠の中で、何かが固まりつつあった。
手が、鎚に触れる。
とにかく無心で、何かを打ちたい。十子は、久しぶりに、『創りたい』という欲求を覚えていることに気付いた。
だが、今は──
「千尋、わたくしは、女には礼儀も必要だと思います。他者に対する敬意です」
「そうか。それで、貴殿はどのような礼儀を俺に示してくれる? そのまま返そう」
「……」
ミヤビが普通に泣きそうになっているので。
「待て待て。千尋もミヤビも、敵がいねぇのになんで剣呑な雰囲気になってんだよ!」
十子は『子守り』に走るのだった。