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第80話 一歩離れた場所

 宗田そうだ千尋ちひろが斬り伏せるのは、大量に湧き出た『人型の木』であった。

 森のような階層である。そこここにある木が突然動き始め、襲い掛かってきたのだ。


 その丈夫さは生木のようであった。

 だがいかんせん、人型だ。何より、首だの心臓だの、人と共通の『弱点』があるとくれば、この皮を削いで急所を抉ることなど造作もない。


 ミヤビは、千尋の背を庇うように戦っている。

 どうにも骸骨がいこつ剣士との戦いの際に、何かの意地を刺激してしまったらしい。あれからミヤビは『けん』に回ることなく、むしろ千尋と競い、千尋に見せつけるように戦うようになった。


 敵が多い時などは十子とおこも戦いに参加するのだが、ミヤビに巻き込まれないように離れた場所でしか戦えていないのが現状である。

 ミヤビの荒れ狂う激烈な、嵐のような暴力の中、何も恐れていないような顔で、そばに立って戦えるのは、千尋のみであった。


 ミヤビは千尋が自分の力にさえビビらない・・・・・のが気に入らないようで、彼女本人が求めるように、ことさら力をひけらかすように大立ち回りを演じている。

 荒れ狂う光の神力しんりきと、薙刀なぎなた

 そのそばに寄りそうように戦う、あまりにも静かな千尋。


 その静けさが、ますますミヤビを苛立たせているようで……


「あまり近くで戦わない方がいいですよ。巻き込まれますから」

「何、気持ちのいいそよ風よ。全身で浴びるが礼儀であろう」

「……うっかりで死なないように、神力で身を守ってはいかがですか」

「そのような『うっかり』で仮に死ぬようならば、俺もそこまでの者であった、というだけの話。気にせず暴れてくれ。ああ、ただ……」

「?」

「力を使いすぎて疲れたならば、下がっていてもいいぞ?」

「……もしかして千尋、性格がめちゃくちゃ悪いのでは?」

「『それなり』の相手に『それなり』の言葉を返しているだけだ。俺は人間関係において、向けられた以上のものは向け返さぬよ」

「……ぐ、ぬ、ぬ」


 このように言い争いみたいなことを始めるのだが、千尋のレスバが強いので、ミヤビは毎回、こんなふうに黙らされてしまっていた。


 それでもミヤビは何かを言わずにはいられないようで、たびたび同じように挑発を始め、同じようにやりこめられている。

 その様子は、二人をやや離れたところで見る十子からすると、このように感じ取れた。


(『仲のいい親戚』みたいだなぁ……)


 お兄ちゃん──千尋は性別を明言していないのでミヤビ視点では『お姉ちゃん』かもしれないが──につっかかる、生意気盛りの妹、という感じだ。

 ミヤビの、何を考えているのかわからなかった眠たげな美貌は、今ではよく感情がにじむ。意地になっているのだ。何かがずっと琴線に引っかかっているのだろう。


 最初の超然としていた雰囲気は消え去って、すっかり……


(人間に見える)


 ……たとえミヤビが『天女』であろうが、現代の天女は人間ではあるはずだ。

 だが、人間に見える。とりもなおさず、今まで十子は、ミヤビにどことなく距離を感じていた。それが、近くなった。そういうこと、なのだろう。


 もっとも、あの二人の会話に十子が混ざることはできていない。


 千尋はやはり強者であるミヤビを認めている様子がある。

 その評価は、十子に対するものとは違った。たびたび千尋が口にする言葉からとるに、『敵』になりうる者、向かい合う者、あるいは背中を任せる者として認めている、といったところであろうか。


 ミヤビもまた、十子に一定の尊敬は向けているように思える。

 だがそれは、自分と同じ世界に住んでいない者への尊敬なのだ。尊重、であろうか。『お前は私と同じ世界にはいないけれど、お前の能力は客観的に認められるものであると理解し、そこに敬意を表します』という──

 一歩引いた場所からの、態度。


 寂しくない、と言えば嘘になる。

 だが、不思議なほど、心は安定していた。乖離かいりと千尋の仲を見せつけ・・・・られた・・・時ほど、心に響かない。


 精神が安定した、というか。


(『そういう関係性もある』ってわかったんだろうな)


 頭ではわかっていた。剣客と刀鍛冶の生きる世界は違うと。

 だが、心で理解することができた。……整理がついた、のだろう。


(刀鍛冶には、刀鍛冶の戦いがある。……あたしも、『戦い』を始めなきゃなぁ)


 命懸けの戦場に放り込まれて──

 命懸けで戦う者の戦いをずっと真横で見ていて、十子は『何か』をつかみかけている。


 その『何か』は試練であろうという予感がする。

『それ』に立ち向かうことこそ──


(乖離を超える刀を打つために、必要な、『戦い』)


 ……悩める刀匠の中で、何かが固まりつつあった。

 手が、鎚に触れる。

 とにかく無心で、何かを打ちたい。十子は、久しぶりに、『創りたい』という欲求を覚えていることに気付いた。 


 だが、今は──


「千尋、わたくしは、女には礼儀も必要だと思います。他者に対する敬意です」

「そうか。それで、貴殿はどのような礼儀を俺に示してくれる? そのまま返そう」

「……」


 ミヤビが普通に泣きそうになっているので。


「待て待て。千尋もミヤビも、敵がいねぇのになんで剣呑な雰囲気になってんだよ!」


 十子は『子守り』に走るのだった。

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