目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第82話 妄想

 競い合うように登らんとすれば、自然と歩調は駆け抜けるように早まっていく。


 宗田そうだ千尋ちひろとミヤビとの関係は、傍で見ていると、子供同士の意地の張り合いのようでさえあった。


 ただし、その意地の張り方がすさまじい。


 岩のような巨人が出た。

 動き出す間さえ与えられず、ミヤビの放つ『光の斬撃』に両断されていく。


 靄のように不定の体を持つ狼の群れに襲われた。

 千尋へと踊りかかった連中が、気付けばすべて斬られている。


 空からこちらを狙う、鴉のような生き物の群れがあった。

 鷹のような大きさの鴉どもが、ミヤビが薙刀を回しただけで蹴散らされ、ぼとぼとと落ちていく。


 ぼろをまとった剣客といった風情の、人型のモノが出た。

 ミヤビが飛び出そうとする瞬間にはすでに千尋が出ており、一刀にてそいつを斬り伏せたあと、『遅かったな』とでも言わんばかりにミヤビに向けてにやりと笑う。


 ミヤビは地団駄を踏んで、「本当に! 本当に! ほんっとうに!」と、最初の眠そうで超越的な様子などもはや面影もなく悔しがって見せた。


 仲のいい兄と妹のようだった。

 あるいはもっと年齢の離れた、生意気盛りの姪っ子と、叔父のようでもあった。


 それを見せつけられている十子とおこ、蚊帳の外というよりは微笑ましいといった印象を受ける。

 二人が二人だけの世界を作り上げている──ということもなく、その世界の中には、確かに自分がいるという実感もあるのだ。


 まさしく親戚の集まりである。

 千尋と、それにつっかかるミヤビ。それを少し離れたところで見ており、何か致命的な衝突でも起きそうなら、『はいはい、それまで』と諫めるような、二人より少し年上の親戚。十子は自分がそういった立ち位置に確かにいる実感がある。


(まぁ、それもそれで年寄り臭くてどうなんだって感じではあるが……)


 蚊帳の外、ではなかった。

 それはとりもなおさず、『剣を振る者』と『剣を創る者』との適切な距離感なのかもしれないと思えた。


 ……だが。


 ふと、妄想してみる。


 ここにいる自分は刀鍛冶だ。それは間違いない。

 しかし、もしも、なんらかの理由で千尋とともに旅をする剣客で……

 ミヤビや千尋には及ばずとも、横に立って戦えるぐらいの腕前であったならば。


 千尋の視線。

 ミヤビに向ける、対等な視線、とでも言おうか。

 乖離かいりとやりとりをしていた時の、親し気な距離感、とでも言おうか。


 ……そういうものが、自分に向いていたのではないか、と。妄想してみて。


(……やっぱ、惜しいとは思っちまうなあ)


 ミヤビと千尋の関係、かなり、『いい』。

 自分がそこに立てないことはわかっている。わかっているが、少しだけ悔しい。千尋はやはり十子を気遣ってくれるし、王子様(お姫様)扱いにはかなり脳を焼かれるし、今も疲れている時など『こいつ、あたしのこと好きなんじゃねぇか』と気の迷いが発生するが……

 ああいうふうに並び立つ関係というのも、かなり、こう、距離感が特有に近くて、うらやましい──


 そこまで考えて。


 十子は、己の頬を強めに叩いた。


 あんまりにもすごい音がしたものだから、戦っている最中の千尋とミヤビがこちらを振り返る。

 十子は「なんでもねぇ!」と叫んで、固めた拳で己の腹を叩いた。

 やりきれない恥ずかしさをごまかすためである。


(なァにを考えてんだよあたしはァ!? 里のばあさんに言われた『色ボケ』そのものじゃねぇか!? なんか普通に処女おとめ丸出しの妄想しちまった! くそ! バレたら死ぬぞ!? 恥ずかしさで死ぬ!)


 天野あまの十子岩斬、死因が『恥ずかしい』はさすがに受け入れられない。

 幾度も深呼吸をして、心を落ち着ける。


(っていうかミヤビの位置に自分を入れ込むって、それもう自分の立ち位置を『妹』にしてるじゃねぇか! 千尋は年下だっつーの! くそ、これが『年下のお兄ちゃん妄想』か!?)


 年下のお父さんとかお兄ちゃんは、乙女たちの脳内には存在する。

 若くてかわいくて幼気いたいけで、しかし包容力がある男性──というのは、誰もが抱かずにはいられない理想なのだ。


 男女比がそう偏ってもいない世界における『年下のママ妄想』に近いものであり、これを実在人物生モノ相手にしてしまうのは、かなりの恥というか、社会性に大ダメージである。


(いやでも千尋なら『まぁ、何を思おうがかまわんよ。なんなら妹扱いをした方がいいか?』とか普通に聞いてきそうだな……だからさァ! 落ち着けよあたしは!? ここは生還率一割未満とかいう『塔』だぞ!? 色ボケしてる場合じゃねぇだろ!?)


 十子は、千尋とミヤビが強すぎて出番がないから変なことを考えるんだ、と決めつけた。

 なので腕に神力しんりきをまとわせ、戦場に躍り出る。


 千尋とミヤビにすれば、今まで離れた場所で見ていた十子が奇妙に叫び神力を異常にたぎらせながら突撃してくるという図で、十分以上に『正気を失ったか』『何かの罠にかかったか』と疑うべき状況であった。

 実際、ミヤビはちょっとだけギョッとしていた。


 しかし千尋は、人間にはたまに何かわけのわからぬことを叫びながら暴れまわりたくなる時があり、そういった時は脈絡なく訪れるということを知る身である。

 いわゆるところの人生経験の賜物であった。なので、十子を見る目もどこか優しい。


 その優しさが背筋を撫でる感触がむず痒くて、十子はますます叫び、ますます暴れる。


 その後ろで千尋がミヤビに目配せすると、ミヤビは『とりあえず、誰かに幻覚剤を盛られたわけではない』ぐらいには理解したらしい。

 戦いに戻りつつ……


「あれ、なんですか?」

「吹き矢を喰らったわけではないようだ。……まぁ、『そういう時もある』という、数ある事象にしかすぎんよ。人はな、複雑だ。そして人の頭はな、なんというか……時を選ばん挙動をすることがある」

「わかりません」

「歳を重ねればわかるぞ。重要な会議の中でな、まったく関係ない過去の記憶がよぎり、唐突に叫んで転げまわりたくなる時に平静を装う……それが『大人になる』ということだ」

「わかりません」

「そのうちわかる」

「わかりたくない……それにしても、紛らわしい動きはやめてほしいところですが。何か盛られたかと思いますから」

「なに」


 千尋は十子の背後を狙う敵を突き刺しつつ、


手を出せぬ・・・・・さ。俺たちが警戒している」

「……別に、心配しているわけではないですけど」

「そうか」

「ちょっとむかつく笑いです」


 戦いに、戻る。

 命懸けである。敵は化け物である。

 だが、三人のあいだにはどこか、日常を過ごしているような空気があった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?