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第84話 愛と歪

 千尋ちひろとミヤビが敵を蹴散らし、十子とおこがそれに食らいつく──


 その様子を見ながら、こちらもまた、息を切らせて追いすがる者があった。


 反天女教集団『地虫じむし』が遣わした、対天女用暗殺者の石榑いしくれである。


 鋭い爪型の剣を備え、黒い装束に身を包んだこの女……


(なん、なんで、なんで私を遠ざけようとするの、ミヤビ……!)


 追いすがるだけで精一杯であった。


 石榑。


 罠や毒といったものを得意とする暗殺者である。


 そもそも血統によって神力しんりきの多寡が決まると思われているウズメ大陸。天女という最高の血統の持ち主と正面切って戦って勝てるわけがないというのは当然の見立て。

 ゆえにこそ、執念があり、実績があり、決して正面から敵とぶつからない──いわゆる『強い女のプライド』みたいなものがない暗殺者である石榑は、まさしく組織にとって理想的な『天女を殺す人材』であった。


 そして、場所は『塔』である。


 ここは、初代天女が創造したと言われる修行場。


 階層をまたぐごとに景色が変わる不可思議なこの場所では、あらゆる者が『地の利』を得ることができない。

 そして天女は、いかに強いとはいえ、都会育ちだ。石榑などの山野で厳しい訓練を積んだ者であれば、内装が自然環境になった場合、天女に有利をとれる算段であった。


 そもそもにして、この『塔』は最上階に至るまでに七日かかると言われている。

 その七日、まさか不眠不休で駆け抜けるわけではなかろう。当然、眠る。天女は一人きりで塔に挑むという前情報があったし、これについて行ける人材の筆頭である天使──特に最近の天女のお気に入りである乖離かいりなどは同行を許されていないという情報もつかんでいる。

 乖離と双璧を成す『天女の塔攻略ペースに追いつけそうな人材』に至っては、そもそも情報源・・・である。ゆえに、一人きりで寝ずの番もつけられない天女が休んでいるうちに、罠などを駆使して必殺の空間を形成するといった予定が、石榑にはあった。


 ところが、なんか、急に出会った連中が、天女のペースに追いすがってしまっている。


 そして現在、天女の『塔』攻略は二日目なわけだが……


(二日目で進める距離じゃないでしょコレェ!?)


 石榑の距離感覚は確かであった。

 天女と、それが偶然出会って引き連れている二人、とうに六日分の距離を進んでいる。


 石榑とて山野で己を鍛えた。また、神力も少ないわけではないし、何より、『高貴なる者に愛によって執着し、愛する相手を苦しめて殺したい』という歪んだ性質を持っているので、執念もある。

 だが、ついていくだけで精一杯で、罠を仕掛ける余裕がない。


 そしてどうにか先回りをして短い時間で仕掛けた罠は、なんだか男みたいなのに全部看破され、外されてしまっている。


(私とミヤビの間に挟まるあの女、なんなのォ!? ミヤビはいい! ミヤビが速いのはいい! 素敵! でも、ことごとく挟まってくるお前、なんなのォ!? 私とミヤビの関係の間に挟まるんじゃないよ! 神力もほとんどないくせに──)


 石榑の神力感知能力は高いので、もっとまともに頭が働いていれば、千尋には『ほとんど神力がない』のではなく、『まったく神力がない』ことにも気づけただろう。

 だが、異常な進行ペースに加え、石榑の潜在的な弱点が、千尋の正体を見誤らせていた。


 石榑は、ターゲットに執着し、ターゲットを愛し、これを苦しめて殺すことに全精力を傾ける暗殺者である。

 その気持ちは歪んではいても、彼女にとってはまさしく愛であり恋であり……


 恋をすると人は、恋した相手のこと以外、どうでもよくなる。


 石榑は特にその傾向が強かった。だから、『興味もわかないのになんか自分と愛するミヤビちゃんの間に挟まってくる謎のやつ』が、そもそもミヤビのペースについていけている事実もあり、『もしや、男か?』という疑いなど抱きようもない状態になっていたのだ。


 だがここで、石榑の脳裏に電撃的な閃きがよぎる。


(そうだ、そうだよ。あいつ……ミヤビと私の間に挟まるあいつ……神力は強くないんだ。足は速い。なんだか感知能力も高い。でもねぇ、ここに出るような雑魚の化け物どもじゃなく……神力で身を守った女には、きっと、敵わないよねぇ!?)


『塔』で障害として出て来る化け物どもには、神力がない。

 不可思議な原理で動いている、とても生物とは思えない連中もいる。いるが、そいつらは骨ならば骨なりの硬さしかなく、肉ならば肉なりの硬さしかない。足裏に神力を集中して異常な挙動をしたりということもないし、人型であろうが、神力がない前提の武術しか使わない。


 もちろん一定以下の実力者にとっては脅威である。

 だが一方で、一定以上の実力者にとっては、まったく問題にもならないという──


 ふるい


『一定』というラインを越えているかどうかで、まったく難易度が変わる。そういう敵しか出てこないのだ。


 とはいえ、最上階で『ぎょく』を守る番人は、苦戦するほどの強さではある、らしいが……


 石榑は、こう考える。


(あの男みたいなやつ、ああ、ああ、そうだねぇ。『一定』以上ではあるんだろうよ。けどねぇ、私は……特に、愛するミヤビとの間を引き裂こうというお前には、間違いなく『一定』以上だよ! ……ああ、ミヤビ、ミヤビ? なんでそんな、嬉しそうな顔でそいつを見るんだい? なんで、なんで、なんでだよ!? その顔は私に向けるべきだろう!? ……許せないねぇ。許せないよ。ミヤビ、わからせてあげるからねぇ。そいつは、お前が笑いかけるような女じゃないんだ。お前の笑顔も、お前の悲鳴も、お前の苦しみも、全部、全部、全部全部全部! 私のものだよォ!)


「ひ、ひ、ひ、ひー……!」


 石榑は尽きかけた呼吸の中で奇妙に笑う。


 ミヤビを想う。ミヤビが信頼しているような顔を向けているあの女を、自分がさらって、『肉』に解体して、ミヤビの前にさらしてやるのだ。

 誘拐しよう。少しずつ引き裂いて、パーツごとにミヤビに返してやろう。

 そうすればきっと、ミヤビは素敵な顔をしてくれるはずだ──


「ひー、ひ、ひ、ひ、ひ……げほっごほっ!」


 目的が定まれば力もわくし、頭も巡る。

 石榑は、ミヤビが笑いかける、神力の弱い女を──


 ──千尋ちひろを誘拐する算段を立て始めた。


 ……もちろんのこと。

 ただでさらわれる千尋ではなく、そもそもの前提条件として、『千尋は一定程度の神力しか持たない』というあたりから間違えているのだが……


 夢中になった石榑の脳裏には、美しい未来が描かれるばかりである。

 失敗など、ありえない。そう、だって……


「愛の力に、不可能はないからねぇ……!」


 彼女の中では、そうなっているのだから。

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