狭い道にひしめく化け物ども。
その多くが小型かつ『強敵』ほどでもない存在ではあるが、それらはこれまでの階層で出て来た者どもの総決算。
とはいえミヤビが『光の刃』で薙ぎ払うことは可能であろう。
……だが、ミヤビは、
それは温存を考えている、というよりは──
「もうすぐ終わりますね」
この冒険の終幕を惜しんでいるような。
少しでもこの時間を終わらせたくないと思っているような。
そういう様子であった。
壁から、床から、絶え間なく湧き出してくる敵ども。
だが千尋たちは進んでいる。着実に『最後の部屋』は近付いている。
雲霞のごとき敵どもの向こうに見える、白いつるりとした素材でできた扉。
女性の上半身をかたどった
歩みは遅々としている──とはいえそれは、これまでと比較すれば、というだけの話。
千尋もミヤビも大陸有数の使い手である。特に、ここの者どもは神力がない。肉は肉なり、骨は骨なりの強度。とくれば千尋の剣が止まる理由はなく、非力なれど身体操作に
「そうさな。あと、まぁ、二十合もやればたどり着くか」
言っているあいだに、十九に減る。
ひと振りごとに、最後の扉との距離が近づく。
「千尋」
ミヤビのひと振り。
千尋の算出した『扉まで二十合』というのは、千尋とミヤビ、双方を合算してのことであったらしい。
ミヤビの薙刀が敵をまとめて斬り裂けば、死して黒い泥のようなものになり消え失せた敵のぶん、扉との距離が縮まる。
あと十八。惜しむように、ミヤビは前へと進む。
「どうした、ミヤビ殿」
十七、十六。
千尋はさすがに複数体をまとめて薙ぎ払うようなことまでは、基本的にはできない。
敵が薄紙程度の強度であればまた話は変わってくるものの、獣のような、しっかりと肉と骨を備えた化け物であれば、ひと振りで一体を倒すが関の山。
しかしその『一体』の選出がうまい。空から己らを見下ろしているとしか思えぬ観点から、自分たちが進むのにもっとも邪魔な位置にいるモノを斬り裂く。
その結果、大量の神力により剛力を誇るミヤビと、それがない千尋、ひと振りで進める距離がほぼ同じであり……
競うように、互いが、『ひと振りの距離』を、一合ごとに伸ばしている。
「『塔』を出れば、わたくしはなかなか、お前と会うことも適わなくなるでしょう」
「なんだ、つまり、『次に会う時は敵』というやつか」
「そうですね。なので、今のうちに言っておきます」
「拝聴しよう」
「お前に会ってしまったのは、わたくしの人生の中でも最悪に類する経験です。お前みたいなやつのことなんか、知りたくなかった」
「そうか、光栄だな」
「……でも、お前と会えてよかったと、わたくしは思っていますよ」
「そうか、光栄だな」
「聞いてます?」
「聞いているが」
「聞いた上で二回とも同じ返答?」
「そう言われてもな……光栄であろうよ。どの道、そなたにとって得難い経験となった、という話であろう? 誰かにそう言ってもらえるのは、敵としてでも、味方としてでも、光栄に決まっているが」
十五、十四、十三、十二──
無言のまま、さらに、残り七まで。
ミヤビは残りの合数を五に減らすまで無言でいて、それからようやく、口を開いた。
「わたくしをこんなにムカつかせたのは、お前と、兄さまぐらいです」
「いい性格の兄君であったのだな」
「男としては変わった人でした。……だからこそ、『普通の男』を見て驚きました。
「まぁ、賭博船で少しな」
「あんなに身の程を知らず、弱く、それでいて優しくもない男がこの世にいる……それどころか多数派であることは、幼い私にとって衝撃でした。だからこそ、今は、『ああいうのが男の標準なのだから、女はそれさえ守れなければならない』と強く思うのです」
「つまりそなたの兄君は、身の程を知り、強く、優しかったのか」
「ええ。だからこそムカつく。……いえ二つ訂正を。わたくしに優しくできるほど強くなかった。だから、身の程を知っていたとは言えません。けれど……最期の瞬間まで、気高かった。これから死ぬなんて、思えないほどに。死が目の前にある人とは思えないほどに、己の運命を受け入れていた」
「……」
「死の前にても笑うお前の姿は、兄と重なります。それがムカつく」
「そうは言われてもな」
「だからお前は、生きなさい」
「……」
「死を前にして笑うなら、乗り越えなければ許しませんよ」
「死ぬつもりで何かに挑む阿呆はおらん」
「けれど、死が目の前にあることをわかっていない阿呆はいます」
「そうさな。……たとえば──
瞬間──
千尋が目を向けた先。
……一本道の通路。
その、背後から顔を出す、黒い女──
最後尾にいる十子へ向けて、吹き矢を放った。