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第105話 馬鹿の特攻

「──では、かくのごとく」


 宗田そうだ千尋ちひろが締めくくれば、いおりに集った一同がうなずく。


 作戦会議であった。

 ……とはいえ、用兵を学んだ者からすれば、こんなものは『作戦』とは到底呼べぬであろう。

 強いて言えば、


「いやァ……『馬鹿の特攻』よなぁ」


 善哉よきかな善哉、と千尋は笑う。


 その楽し気な様子にげんなりした表情を浮かべるのは、天野あまの十子とおこ

 この『作戦』の要である。


 要、ではあるのだが。

 その役割はと言えば──


「……あたしが言うのもどうかと思うけどよ。『天女教を囲む四千の軍勢に』『天野の里の千人もいない人員で戦うため』の作戦がよ、『十子岩斬の刀を完成させる』ってどうなんだと思うよ。本当にな」


 この世界には神力しんりきがあり、個人が奇跡めいたことを起こすこともできる。

 神力の高い者は、本当に、多くの女からすれば奇跡とは思えない事象を起こす。たとえばミヤビの放つ『光の刃』。あれは軍を相手にしても一人である程度まで立ち回ることが可能となる『奇跡』であろう。


 天野の里だけではないが、いわゆる『天女に功績を認められて苗字を授かるほどの一族』は、その神力の量において『その他大勢』を上回る。戦闘の専門家でなくとも、神力量だけで集団を圧倒することも不可能ではないのだ。

 ……もっともそれが、『街のケンカ自慢』とか、『農民の自警団』とかならば、の話だが。


 さすがに天女教の正式な軍隊を相手に、そんな街で集団と殴り合いをするようなノリで挑めば命がいくつあっても足りない。

 ……死人もけが人も出るであろう。


 だから十子は、問いかける。


「最後にもう一度だけ、この質問をさせてくれ。しつこいかもしれねぇが……本当に、『戦わずに済ませる』っていう道は、ねぇんだよな」

「ない」


 断言するのは千尋。

 それに補足するのは……


「賭けに勝っても負けてもね、『賭けたぶんだけ』やりとりされる場合ケースっていうのは、互いに『こいつに事前の取り決め以上の何かを要求したら、痛い目見るな』と思ってる時だけなんだよねぇ。だから博徒はドスを帯びるのさ。『もし、賭けで負けたヤツが乱暴狼藉を働くならこっちにも考えがあるぞ』『もし、賭けで勝った時に支払いをちょろまかすなら、覚悟しろよ』ってねぇ」


 沈丁花じんちょうげ


 博徒らしい観点であった。

 賭場の公正を司る中立勢力など、それこそ賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんぐらいにしかいない。だいたい、賭場と支払い担当の者と、壺振り師とは、同じ勢力が出すものだ。

 そういった状況の中では『勝ちすぎない』という配慮が必要になったり、入った途端カモに思われないためのある程度の威圧感が必要になる。

 ……『この賭けでイカサマが使われました。賭けに勝ったのに支払われませんでした。それどころか賭けの場にさえ立てず袋叩きにされて金品を奪われました』など訴えて、被害者のための動いてくれる勢力などこの世のどこにもいない。

 そもそもにして賭場はほとんどが非公式なものである。


 そして、今、この天野の里は、賭場である。

 それが沈丁花の感覚であった。


種銭たねせんは向こうが圧倒的。天野の里ははっきり言って、『穴』だよ。でもねぇ……穴に賭けて大勝ちして、賭場潰すほど金持って、帰り道で取り囲まれて、それを抜けて立ち去る時──たまらなく『生きてる』って感じがするんだよねぇ」

不法者アウトローがよ……」


 沈丁花、へにゃへにゃした柔らかい雰囲気と、いつでも微笑んでいる穏やかな様子から勘違いしそうになるが、各地の賭場を渡り歩いて一財産を成した、まぎれもなく裏社会の者である。

 当然ながら暴力沙汰の経験も十や二十では利かない。

 基本的にはそういった事態を回避するように立ち回る。それも博徒の『腕』ではある。しかし、いざそういう事態になった時にすぐさま反抗し、相手全員のして・・・も逃げきるという決断力もまた、博徒の素養であった。


「で、十子、覚悟は決まったかい?」


 里長の三太夫さんだゆうが問いかける。

 その目は『これ以上グダグダ言うんじゃないよ』という鋭さがあった。


「……言っとくけど、おかしいのはグダグダ言ってるあたしじゃなくて、一瞬で覚悟決めてるお前らの方だからな? 戦争だぞ、しかも、天女教とだ! その状況で『あたしが刀を打てば勝てる』だなんて──グダグダ言いたくなって悪いか!?」


「悪いか悪くないかで言えば悪くはないが、そういう場合ではないのは確かだなァ」


「……千尋こいつは本当によぉ……ああ、くそ、わかったよ! 覚悟決めりゃあいいんだろ! あたしが最高の刀を打つ! だから、それで勝てよ! それで負けたら承知しねぇぞ!」


「ああ」


 千尋は、にこりと微笑み、


「勝つさ」


「…………そうかよ」


 十子が顔を赤らめ、逸らす。


 千尋本人は当然自覚していないが、今の千尋の微笑み、女性視点だと『たまらず襲ってしまいたくなる』ようなものであった。

 戦争の高ぶりまであるのだから、これに耐え切れた者たちの自制心は相当なものである。

 なお、十子はどちらかと言えばヘタレであり、それは沈丁花に見抜かれている。


「ここはさぁ、抱きしめて口づけでもしたくなるところじゃない? お姉さんがやっていいのかな?」


「沈丁花よ、十子は引きこもりのへたれの色ボケなんだ。勘弁してやっておくれ」


「沈丁花とばあさんの仲の良さはなんなんだよ!?」


 十子が叫ぶと、千尋が「はっはっは」と笑った。


「で、俺は刀鍛冶には詳しくないのだが、十子殿が俺の刀を打ち終えるまでには、どのぐらいの時間がかかる?」

「…………五…………いや、四昼夜で終わらせてみせる」

「そうか。ではそのあいだ、俺たちでしのぎ切るか。おそらくだがな、そろそろ敵が動く」


「お、奇遇だねぇ。お姉さんもそんな気がしてたよ」

「ほォ、沈丁花がそう思う根拠を聞いておきたい」

「じりじりと炙るような熱を感じるからねぇ」

「……説明するというのもな、人を従える時には大事だ。そちらは俺がやってみようか」

無頼ぶらい渡世人とせいにんは人なんざ従えないからねぇ。男の子を侍らせるならするけど」

「では俺から理由として使えるものを提供しようか。……敵大将の青田コヤネ、あれが俺たちを取り逃がした。大軍を率いるならば、『大将が逃がした』という恥をそそぐために、なんらかの行動をとり始めるだろう。そして、『煙』だ」

「なるほどねぇ」

「炊事の煙ぐらいは向こうも観測しているであろうが、このたび、十子殿が炉に火を入れた時の煙は、恐らく、周囲で武器・防具の整備をしているものとは違った気配を発するであろう」


「理屈で説くわりに根拠は『気配』なんだな……」


「そうは言うがな十子殿、戦いというのは『気配』『勢い』というのが思うより重要だぞ? 加えれば、抗戦するこちらの目や動きから、敏い者ならば『なんらかの逆転の手段があるのではないか』と推測するであろうよ」

「逆転のために刀を打つのはそりゃそうなんだが、そのせいで敵の攻撃が激しくなるって聞かされるとなぁ」

「とはいえ補給面を考えても早期決着はつけるべきであろう。畑なども整備しているようだが、ここの人員を長く賄うにはまったく足らんぞ」

「そうなのか?」

「向こうは農業を専任している農地から食料を仕入れることができるが、こちらは戦う者、武具を整備する者、農地で働く者、ことごとく兵とせねばならん。ここ以外の場所をとられてしまえば川の上流を支配されることもあろう。腰を据えて戦い始めれば向こうが勝つ。そもそもにして、向こうは天女教という『この大陸を支配する勢力』であるから、あまり長引かせると我らを『社会の敵』にするであろうよ」

「……詳しいな」

「そういう戦いをする者と斬り結んだことがあり、政治的な力で勝たんとする者への必勝法を心得ている」

「なんだ?」

「『最速で斬って、己の口で正当性を高らかに叫ぶこと』。これしかない」

「…………まぁ、疑問はあるが、口にするのは今じゃねぇわな。……あとで聞かせろよ、いろいろ」

「そうだな。そろそろ、語ってもきっと、十子殿であれば、驚くまい」


『いつなのか?』

 千尋の人生で、千尋の立場で、いつ、『己を社会の敵とせん者』と斬り結んだことがあるのか?


 これまで語られた人生経験は、『これまでの人生の中で、まったくないとまでは言えないもの』であった。

 だが、己を社会の敵にせんとする勢力との戦いというのは、千尋の人生ではありえないものだ。


 ……転生。


 隠すほどのことでもない、というのが千尋の認識だ。

 だが、語っても混乱を呼ぶだけであろうな、というのもまた認識している。──というか以前に少し漏らした時には、取り合われなかった。

 が、この先の未来でならば。

 ……信じてもらえるように語ろうという気も、起こるだろう。


「すべてが終わったら、俺のことを語ろう。きっと」


 千尋の宣言に、十子がうなずく。


 かくして、気炎が、炉が、燃え始める。

 天野の里の炎、いよいよ大火へと発展す。

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