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第106話 天野の里防衛戦

 里の状況について。


 十子とおこいおりは里の本領からはやや離れたところにある。

 これを城塞化して『天野あまのの里軍本拠地』と成しているわけだが、この庵に続く道、その中で軍隊が通れそうな場所は二つである。


 一つは本道、すなわち天野の里から十子の庵に通じる道だ。

 ここが整備された、軍隊も通れる道である理由は、普段から買い付けた鋼などをその道を使って運んでいるからである。

 十子は長らく異形刀を作るのに庵に引きこもっていたわけだが、その鍛造量は天野の里の鍛冶場が集まった地帯と互角なのだ。

 そこで道が整備された、というよりも、『あまりにも頻繁に多くの鋼を運ぶので、通っている間に通っている場所がならされて道になった』というのが来歴としては正しい。

 天野の里人はそもそも他の鍛冶師よりかなり仕事が早く、完成品の質が高い。その中で『岩斬いわきり』に任じられる者は、速度も質も並ではない。一人で里全体と分けることのできる量・質を生み出し続けるのもあり、引きこもりの十子を岩斬のままにしておくことに誰も異を唱えなかった、という背景もある。


 続いてもう一つの『軍が通れそうな道』は、北部の山の隘路あいろである。


 十子の庵は天野の里のだいたい北西に外れた場所にあるのだが、里の南には湾があり、鋼鉄などはここから運ばれてくる。

 一方で北方にはそこそこの高さの山があって、山と山の切れ目に広めの道があった。そこが、もう一つの『軍が通れそうな道』である。


 この道は千尋ちひろが初めてこの場所に来た時にも通った場所だ。

 通常は北方から里に入るともっと大きな道(天女教が最初に攻めてきたところ)を通って里へ向かうのだが、途中の分かれ道を西へ向かうと十子の庵に出るのだ。

 道を知らないと登山をせねば行けないように思うが、ぐるりと回ると隘路があり、そこから入れる。その隘路は、軍が通れるだけの広さがある、というわけだ。


 そしてもう一つ。

 西の林。こちらも警戒せねばならない場所だ。

 軍勢を展開して入れるほど開けた道はないのだけれど、少数の精鋭を忍ばせて侵入させることは可能だ。


 以上三つが十子たちが警戒せねばならない『天女教の進軍路』である。


 ここに配備された三つの『天野の里』の軍勢。

 その中心人物たちは、同時に、天女教軍の動きを察知していた。



 ──里から鋼を運び入れるための道。

 そこに布陣するのは里長・三太夫さんだゆう


「……はぁ、来ちまったねぇ」


 手がしきりに煙管きせるを探すのは、この女傑をして、現在の天野の里の状況、そこを進軍する天女教の軍勢には重圧プレッシャーを感じているからだろう。

 実際、いかに女傑とはいえ、戦争の経験はない。

 あくまでもこの天野の里の中での女傑──ようするに『鍛冶師』として優れている、というのが三太夫の特徴である。


 とはいえ、三太夫は若いころから『器用』なのが最大の武器であり、特徴であった。

 一点に絞れば自分より優れた者は数多くいたと思っている。だけれど、何もかもを、最初から経験者であるがごとく器用にこなしてきた。それゆえに『岩斬』を襲名するに至ったというのが、三太夫自身の評価だ。

 ……加えて言うならば、覚悟・思いきりのよさというのもまた、彼女の長所である。


 ゆえに……


 燃えかすが残る天野の里。

 収穫間際だった稲を踏みながら田園のあぜ道を、田を進んでくる武装巫女集団。

 これを見て、後ろに率いた里の者たちに、三太夫はこう告げる。


「さぁて、戦いだの兵法だのは知らないがね、『運ばれてきたモノを、叩いて伸ばして売っぱらう』ってのはあたしらの得意分野さね。……屑鉄どもを叩きなおしてやろうじゃないか、御嬢様方」


 静かで重苦しい。

 だが、確かに熱い。


 里を守るため、天野の里古参勢が、静かに武器を握りしめた。



 一方。

 十子岩斬の庵近くの林の中に布陣する者は、木の幹に背をあずけ、目を閉じていた。

 その口元にはかすかな笑みが浮かぶ。


 その者、宗田そうだ千尋。


 そして率いる手勢、宿屋で回収した七名のみ。


 その七名のうちもっとも背が高い、髪の長い女、ゆらりと長身をかがめ、千尋の目の前に立つ。

 その気配に、千尋は目を開いた。


「いかがした?」

「……いや……」


 おどおどとした陰気な様子の女である。

 だが、その目にこもる情念は熱い。


 彼女は言葉を探していたが、しかし、何かを言うこともできず、千尋の前から去る。

 そういったことが、この陰気そうな女だけではなく、他の六名からも行われており、千尋としては『もの言いたげに来て、何も言わずに去っていく連中だな……』と戸惑いを覚える状況であった。


 なので、こう解釈する。


「まァ、勢いでついて来てしまったからなぁ。帰りたいのであれば、今からこの林を抜けて……そうさな、北へ回り込み、木々の隙間を縫って隙をうかがえば、帰れんこともないとは思うが」


 そう言えば、七名が一気に反応する。


「それはねぇ!」

「今さら帰るもんか!」

「アンタについていく!」


 あまりの勢いに、千尋、やや引きつつ「そ、そうか」と答え、


「……ともあれ、もうすぐ誰かが来るであろう。我らの目的はここから先に誰も進ませぬこと。一人残らず消えてもらおう。準備はいいか、淑女方」


 返ってくる声から判断し、やる気は充分である。


 ……千尋にはわからぬことだが。

 この戦争という状況下。もうじき敵が来るという緊張感。

 その中で、この先の戦いを妄想しほくそ笑む千尋──


 男日照りの流れの乱暴者たちからすると、えっちすぎた。


 ゆえに声をかけよう、戦闘前だしどさくさに紛れて抱き着く、いや、手を握る、いや、言葉を交わすだけでもどうにか、と思い、しかし男慣れしていないので何も言えずに、目の前をうろつくだけうろついて去っていく、ということが繰り返されていたのだった。


 くれぐれも正確に認識しておかねばならないことだが、千尋が男だと知るのは、十子、三太夫、そして沈丁花じんちょうげのみ。ここにいる七名には性別を明かしていない。

 だが、にじみ出る男性特有の色香が、性別を知らずとも女どもを狂わせるのであった。


 そういうわけで、


「……必ず、恰好いいところを、見せてやる」


 といった心情で、ここにいる七名はやる気充分。

 林の密やかな攻防戦にも、異常な熱が灯っていた。



 また別の場所。


 切り立った山と山の間には確かに軍が通れそうな道が広がっており、そこにある山影に隠れるようにして、二つの部隊が布陣している。

 それぞれの部隊には指揮官がおり、片方はもちろん天野の里の者だが、もう片方の指揮官にされたのは、博徒の沈丁花であった。


 昼を少し過ぎたあたりの日差しは短い影を落とすのみではあるが、向こうから攻めてくる相手には、山影に潜む部隊の様子はうかがえぬであろう。

 とはいえ、ここに軍がいるという警戒はしているはずだ。


「ひりついて来たねぇ。いや、数奇すうき数奇。まさか旅のついでで受けた護衛で、軍を並べて将棋指しとは、こいつはお姉さんでもちょっと経験のない賭場だよ。こういうのもいいねぇ」


 気楽に述べる沈丁花の横で、天野の里の者が苦笑している。

 ……この戦時でもあろうがへらへら、へにゃへにゃし、まったく緊張をした様子のない大物感こそ、彼女が外部の人間でありながら指揮権を任されている理由もあった。

 もちろん、剣の腕前、里長と気が合う様子などもまた、指揮官という立場に異を唱えられていない理由である。


「沈丁花さん、山の上で見張らせてるヤツから連絡が。『来た』らしいッス」

「そうかい。そんじゃあ──さいを投げようか。ド派手にねぇ」


 天野の里防衛戦が、始まった。

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