「あらぁ。つまり──どこの方面も抜けない、ということかしらぁ」
三部隊──『山間の
言い訳をしようと口を動かしかけた者もいた。しかし、コヤネの静かでねばつくような迫力のせいで、何も言えずに押し黙る。
天幕の中、床に座らせた三名を椅子に腰かけて見下ろすコヤネ。横に置かれた
だがしかし、コヤネの浮かべる表情はあくまで優しく、口調は柔らかい。
実際、機嫌も悪くはなかった。そもそもこれは『本番に備えた演習』であり『練兵』なのだ。本番、すなわち天女攻めの前に部隊の弱点・問題が浮き彫りになるのは、コヤネとしてはありがたいことである。
その問題点というのは……
「『破壊力』の不足、ですわねぇ」
天女教の軍は、『軍』として至上の強さを目指した。
みな真面目に鍛錬をし、一人ひとりの質も高い。もちろん、そこらの街のケンカ自慢なんかと一対一でやっても負けはしないだろう。
だが、特異な才能を持つ者や、一定以上の手練れが徒党を組むなどすると、突破するための破壊力が足りない。
軍の破壊力というのは速度や威力だ。神力を用いて走れば速いため『馬に乗る』という文化のないウズメ大陸の軍勢、その速度や威力はどうしても神力に依存する。
そして軍隊というのは『一番下』に進軍速度を合わせるものだ。軍として整い、強い。だからこそ、破壊力が足りない。これは『あちらをとれば、こちらを捨てるしかない』という、どうしようもないことであった。
軍の中にも強い者はもちろんいるので、全軍を再編成して、破壊力重視の部隊を作り上げてもいい。
だが、コヤネはこの状況で軍の再編はよろしくないと結論付けた。軍団指揮官にはある程度の『どっしり構えた感じ』が必要であり、うまく成果が上がらないからわたわたと部隊を組み直すというのは、人心掌握の面でよろしくなかろう。
であれば、どのように破壊力を確保するか。
コヤネは、今一度戦況を語らせることにした。
「まず、隘路を攻めた軍勢。相手の出方と現状、課題と対策を語りなさい」
指揮官巫女は「はい!」とことさら大声で返事をし、語る。
「我ら軍勢、狭い道を進まざるを得ず、相手は出口で待ち構えて、我が軍の先端を叩き、追い返すといったことを繰り返しておりました。そこに多くの兵を投入し抜けようとしたところ、山から岩を落とされ、道がふさがれ、多くの者が怪我を負い……しかし、こういった卑怯なことをする女などには──」
「それで、課題とその対策は何かしらぁ?」
「……課題は、我らの攻め方が限定されてしまっていることにあります。登山をし別な進路をとるか、あるいは周囲を探って別な道を探すかといった方法を考えております」
「なるほど。ならば、そうなさい。軽々に攻めかからず、押し包んで相手を
「……は!」
コヤネが瑞々しい唇を持ち上げ、笑顔を向ける。
そして、次に視線が向いたのは……
「それで、林を進ませた部隊は、なぜ進めなかったのかしら?」
「…………わかりません」
「そうねぇ、そう言われたけれど、時間をかけて考えても、わからないままなのかしら?」
「はい。……我々は少数で林を進んでおりました。なんの変哲もない、林のはずだったのです。ところが、尖らせた木の枝、大量の石、あるいは落とし穴……そういったものがいつの間にか仕掛けられており、我らが罠にかかった瞬間をどこか天から見下ろすがごとく、敵の少勢が躍りかかり、我らを狩りとっていくのです」
「……」
「も、もちろん、罠には警戒しております! 索敵も、慎重にしております! ……しかし、どこに潜んでいるのか、いつ攻めかかってくるのか、相手がどこから我らを見ているのか、まったくわからないのです……! 罠も、確認を終えたと思った場所にさえ、いつの間にか出現し……もう、私は、私は……これは、妖術です! 天野の里の林には妖怪が……」
「わかりました。あなたたちは、林を見張って、そこから誰も出ないようにだけ、気を付けていなさい。いいわね?」
「…………はい」
コヤネは優しい顔を作ったが、この報告には失望を隠せたか怪しいなと自覚した。
妖怪。妖術。……弱い女が隔絶した使い手を見た時に語る常套句だ。まさか自分が指揮官に選んだ者の口からこんな言葉が出てくるとは思わず、失笑をこらえきるのが大変だった。
(やはり、指揮官に据えられる『天使』が手駒に欲しいですわね……)
それもかつての時代の天使ではなく、現在の天女になってからの、『戦闘を専門にする』天使。
軍というのは画一化された質の高い者たちの集まりだが、やはり破壊力という面では、多少扱いにくくとも天使を指揮官に据えたい。
(ミヤビ様を相手にするには天使が欲しい。しかし……天使たちは、わたくしには従わないでしょうから、わたくしが天女にならない限り手に入らない……ああ、ミヤビ様から奪いたいものが、また一つ増えてしまいましたわね)
コヤネが『奪う愉しみ』に心を躍らせていると、「あの」と遠慮がちな声がした。
そういえばもう一人、まだ話をさせていない指揮官がいたなと思い出す。
「それで、もっとも広い場所を任せたはずだけれど、あなたはなぜ、敗走したのですかしら?」
妄想にふけっているところを邪魔されたせいで、無意識に物言いに圧力が発してしまう。
指揮官は「はい……」と今にも死にそうなほど顔を青ざめさせて、語る。
「……
「課題と対策は?」
「相手が逃げるより早く、あるいは伏兵に横を突かれても振り切って、三太夫を倒すことができれば……」
「なるほど。つまり、最も『破壊力』が必要な戦場がそこ、というわけですわね。でしたら……天野
コヤネがにっこり微笑み、横にある大長巻に視線を落とす。
(もう少しこの『演習』を続けてもよかったのですが……三正面あって、一つぐらいは戦勝報告がなければ士気にもかかわるでしょう。三太夫様、わたくしの軍の士気のために、死んでいただきますねぇ)
このままなし崩しに天女へ攻める予定なのだ。
だから、士気のために、一つの勝利を拾いに行く。
青田コヤネ──
『破壊力』として、参戦を決定する。