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第139話 天女の血筋

『大奥』──


 ここはいわゆる日本の江戸時代にあった『大奥』とは別物なので、天女でさえもめったに来ることはない。

 ハーレム、後宮としての属性を持つ場所ではなく、あくまでも男性の保護・管理施設なのである。


 そこに、天女天宮売命あめのみやびのみことが来ていた。


「……酷いありさまですね」


 場所は先ほどまでサルタ派天使の山里やまさとサクヤがいた、男性同士の交流のための大広間だ。


 今はサクヤのムチで壁と言わず天井と言わず床と言わず、そこらじゅうに裂傷が刻まれ──

 サクヤのいた痕跡である赤黒いシミが一部に広がっている。


 とてもじゃないが気の弱い男性を置いておける空間ではないので、全員、安全な部屋に送り届けてある。

 ミヤビも事情説明のついでに現場を見に来ただけだが、この光景が広がる前に男性たちがほぼ全員気を失っていたという話を聞いて安堵した。こんな光景、ミヤビからすれば、男性にはとても耐えられない、一生もののトラウマを負うに決まっているからだ。


 ミヤビは黄金の瞳をわずかに細めたが、そのまま、その場にいる者どもに話を始めることにしたようだ。


 その場にいる者──


 いわゆる『ミヤビ派』の首脳たる、天女教巫女三名。

 それから宗田そうだ千尋ちひろおよび乖離かいり、それに加えて天野あまの十子とおこである。


 ミヤビが、黄金の瞳で居並ぶ一同を見回し、声を発する。


「さて、まずは『大奥』の奪取に感謝をいたします。ここをとれたことで、男性の保護ができ、わたくしが打って出られるようになりました。……天女教総本山の構造としても、院から院へ渡るには、断崖にしがみついて進まない限り、大奥のあるここを経由するしかない。戦略的に重要な地を確保できたとも言えるでしょう」


「そういえば」


 千尋が思いついたように口を開く。

 そこでミヤビがちょっと目を細めたのは、千尋、思い付きのような調子でとてつもなく芯を喰ったことを言いだすので、今度は何を言われるんだと緊張したためである。


 千尋の発言は、こうだった。


「サルタたらいうのが宣戦布告してきたのは聞いたが、院は三つ、『天女と始まりの男性との子』を開祖にする家系も三つ。ミヤビ殿とサルタが争っている間、残りの一つは何をしとるんだ? 静観か?」

「静観でしたよ。さっきまでは」

「と、言うと?」

「改めて使者が来て宣戦布告をされました。サルタに味方するという旨ですね」

「……」

「大奥をとったと報告が来る直前でした。もしかすると今頃、宣戦布告を後悔しているころやもしれませんね」

「ミヤビ殿、陰謀が下手そうだな」

「違います。院というのは特殊な環境なのです。わたくしの政治力が弱いわけではありません」

「いやぁ……まぁ、そうさな。そのへんの話はまあ、うん。俺が言うことではないか」


 とはいえ千尋、大きな道場の師範をやっていた。

 千尋の前世は剣術のブランド化というのが一つの大きな商売になっていた時代であった。そのため、いわゆる『商売敵』との陰謀戦みたいなことも多々あったのだ。


 なので実は陰謀戦もやろうと思えばできる。

 まぁ、その『陰謀戦』、『手練手管を尽くして最終的に斬り合いに持っていき、千尋が出て倒す』というものなので、陰謀というか、『相手をケンカの場に引きずり出す方法』といったもので、まったく穏便に片付くものではなかったのだが。


 ミヤビはじっとりと千尋を見たあと、話を進める。


「……ともあれ状況は単純になりましたよ。これであとは──他の二家を滅ぼすのみです」

「宣戦布告をして・・くれた・・・のであれば、そうだな」


「いいのかよ?」


 と、問うのは十子だった。

 なぜか乖離が真横にいるのでとても居心地が悪そうだが、気になることがあって黙り込んでいられるほど無言を貫けもしないらしい。

 視線が集まる。なので、十子は補足する羽目になってしまった。


「……いや、こういうのは天女教側が真っ先に気にすべきことだから、当然、気にし終わってるんだろうけどよ。その、『始まりの男性と天女の、三人の子』の家ってのはさ、血筋の……あー、その、予備、なんだろ? 滅ぼしちまっていいのか?」

「構いません。わたくしがいっぱい産めばいいので」

「…………」

「そもそも、同格の分家を作っておくというのがよろしくないと思います。……『そもそも』の話で言えば、天女というのが、政治的、経済的な力を持つべきではないと、わたくしは考えています。わたくしの急激な方針転換が通ったように、この形式では政治が天女の個性に寄りすぎる。そして、政治や権力、お金というものが、今回のような愚かな反逆者を生み出しもするのです。権力は人ならざる者が持つべきであり、今回はちょうどいいので、その下準備のために一掃します。『宣戦布告』という大義名分も、向こうから与えられたことですし」

「……まぁ、いいんならいいんだけどさぁ。なーんかなぁ。信心深いわけじゃねぇけど、天女様の血筋を、天女様の血筋が絶やすのかあ。なーんかなぁ。……いや反対ってほどじゃねえんだが」


 神聖なるもの。

 侵し難きもの。

 この大陸の根幹である天女教。その重大な血筋を絶やす。

 その行いには、『実利』や『方針』以上の、なんらかの神聖……あるいは不可思議な、『目には見えざる何か』を侵す、そういう抵抗を抱いてしまうものだった。


 というか十子視点では『なんでこの中で千尋の次に信心深くない立ち位置の自分が、一番気にしてる感じなんだ』という思いだ。

 ミヤビや乖離がもっと気にしろ、と思ってしまう。


 そして同時に理解する。

 ミヤビは『こう』だから、反発を生むのだ。


 彼女は未来を見すぎているし、効率を見すぎている。

 天女という座なのに、その血や、信仰というものを『意味がない』とあっさり切り捨てる。……本当にあらゆる意味で、たぶん十子がこれまでなんとなく思っていたより、ずっとずっと『急進的』な天女。それが、ミヤビなのだろう。


「さて、現実の話をしましょう」


 天女に連なる家を滅ぼそう、という話から、すぐにこの切り替えである。

 十子はまぁ究極的には無関係なのであまり言わないが、天女教に傾倒している人からすればかなり我慢ならないほどモヤモヤするだろうなとは想像に易い。


「天女の血筋を滅ぼす──これはようするに、わたくしと、血筋だけならば同格の者どもを倒すということです。なので当然、わたくしが行きます」


 この眠そうな顔をした娘、かなり好戦的である。


 だがこれに待ったをかける者がいた。


 千尋である。


「いやぁ、大将は本陣にいるべきであろう」


 これに同調するのは、乖離だ。


「男性の守護役も必要でしょう」


 二人の声を受けて、ミヤビがつまらなさそうな顔をする。


「『男性の守護』であれば、あなたたちがこの大奥に詰めていればいいでしょう」

「俺たちでは『人』を使えん。守護というのはどうしても『人』に命じねばならん。そなたから権限を委譲してもらえればまあ、形式上は可能であろうが……ここが襲われる時、どうしても同門の天女教団同士の戦いになり、そして死闘にもなりうるであろう。そういう時に、天女そのものが陣頭指揮をとるのと、天女から権限を委譲されただけの者が陣頭指揮をとるのとでは、士気も動きの機敏さもまったく違うぞ」


 ミヤビは言葉に詰まった。

 千尋の言葉に納得するところが多かったのだろう。

 だが、そろそろ出て行って暴れたいのだろう。


 ……ミヤビの視点で語らば、今回の騒動、かなりのストレスをミヤビにかけている。

 なのでその元凶の首を自分であげたいというのは、心情的には千尋らさえも同意するところではあるのだ。


 だが、


「あくまでも『問題の解決』を主眼に置く場合──」今度口を挟むのは乖離だった。「──ミヤビ様が自らの姿をさらし、男性たちを守った方が、その後の男性との関係性がいいものになると思われます。男性の保護という方針をとるのであれば、男性に、自ら彼らを守る姿を見せつけるべきかと。間違っても『ムカつく。突っ込め』という野蛮にして、組織の長であるのに軽々に動く姿を見せるべきではないでしょう」


「千尋と乖離が二人ずついるようです。ムカつきます」


「一人ずつです」


「わかっています。乖離、お前は本当に比喩を……」

「しかし実際に一人ずつです。二人ずつだと四人になってしまいます」

「ええい、もういいです。……では現実的な話をしましょう。それぞれの院には、『天女の血筋』がいます。当然ながら、わたくしと同等の神力を持っているものと考えていいでしょう。……それらの相手を、わたくしをおいて、他の誰ができるというので──」


 そこまで理論展開した時点で、ミヤビは、見てしまった。


 ほんのりと笑顔になる乖離と……

 あからさまに楽し気になる千尋である。


「そういえばこいつら、やばい連中でしたね……」


 ミヤビが後悔するようなことを言うが、もう遅い。


 千尋と乖離、顔を見合わせ、


「俺が引き受けよう」

「私がやりましょう」


「そう来ると途中で気付きました。本当にムカつく連中」


「さァて、どちらがどちらに行くか」

「どちらも『天女』級の敵なのだろう? あまり差異はなさそうだが」


「あの、まだ『行っていい』と許可は出していませんよ、わたくしは」


「相手に覚悟がありそうな度合いで言えば、サルタの方が『敵』足り得る気がするなぁ」

「ふむ。私はもう片方のお方に興味があるな。あるいはそちらが全体を差配している可能性も見られる」


「だから、」


「では、俺はサルタの院へ行こう」

「私はもう一つの方へ」


「……」


「そういうことだ」

「よろしいですか、ミヤビ様」


 ミヤビは両手で顔を覆い、天を仰いだ。


 手の下からわずかに見える口元が『ムカつく』と動いた。


「……お前たち、わたくしを無視して勝手に話を進めるのをやめてくれます?」


「無視してはおらんぞ」

「許可をとっているではないですか」


「なんで息がぴったりなんですか!? 本当にこいつら! 馬鹿と言ってやる!」


「で?」

「許可をいただけますか」


 もう許可を出さない限り、延々と同じような感じで見せつけ・・・・られるとミヤビは理解した。

 だから、重苦しいため息のあと、こう述べるしかなかった。


「……許可します。ただし」


「あいわかった」

「承りました」


「わたくしの言葉を最後まで聞け。……ただし、死ぬことは許しませんよ。お前たちはわたくしの名代として行くのです。そして、天女は最強でなければなりません。死ぬことも許されません。わたくしの名代ならば、わたくしと同等の結果を──『死なず、勝つ』という結果を出しなさい。いいですね?」


「わかったわかった」

「では向かっても?」


「真面目に聞け!!!」


 天女ミヤビが大声を出すのを初めて聞いた側近たちが目を丸くして驚く。


 その陰で、千尋と乖離が『昔からずっと仲良しで相棒です』みたいな雰囲気にどんどんなっていくのを、十子がどういう顔をしていいかわからないという様子で見ていた。

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