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第141話 『地虫』

「軍団の編成をしろ──と、言いたいのですが」


 そこでミヤビが床に置いていた薙刀を手にしたのを、その場にいる者たちは一名を除いて不思議そうに見ていた。


 除かれた一名、もちろん宗田そうだ千尋ちひろである。


 千尋も千尋で腰に差した細女断うずめだちを抜き放つ。

 そこでようやくもう一名、危機感を顔にあらわにする。


 千尋の旅路に同行し続け、この二人の唐突な行動には意味があると根っから染み付いてしまった十子とおこである。


 彼女も彼女で腰の荷物入れから鎚を抜いて構える。


 それをミヤビが一瞥してかすかに微笑み──


 薙刀を一閃。


 すると神力しんりきによって光の刃が放たれ、ただでさえボロボロだった広間のふすまを斬り裂く。

 光の刃の破壊によって爆発するように飛び散るふすま。

 見事な蒔絵の描かれた、いかにも高級そうなそれが千切れ、吹き飛び、破裂する向こうに見えたのは……


 黒い装束を着た一団の姿であった。


 ふすま越しとはいえ、半数以上がミヤビの光の刃を避けている。

 手練れであろう。


 千尋はのんびりと「あー」と声を発し、


「見たことのある気配だ。なぁミヤビ殿、確か『塔』にも似たようなのがおらんかったか?」

「反天女教集団の『地虫じむし』という連中ですね」

「かなり侵入されておるようだが」

「言い訳があります」

「どうぞ?」

「三つの院の構造を思い出してください。アレを引き入れたのがサルタだとすれば、サルタ院の側の山を上って侵入されれば、わたくしには干渉できません」

「なんだつまり、サルタの謀反を引き出した甘さが原因ということか?」

「わたくしに厳しくありませんか?」

「何にせよ、かの者ども、ここまで気付かれずに近づいた手腕は天晴あっぱれだぞ。はくらは大丈夫か?」

「精鋭を守備につけていますが……わたくしも出ましょう。というわけで、こいつらの相手はわたくしが。千尋は予定通りに」

「そうか。では任す」


 千尋が駆け出す。

 ミヤビが薙刀を二回、三回と振る。


 すると放たれた光の刃が暗殺者たちをどかし・・・、千尋の通り道を作った。


 千尋は振り返らずに駆けて、暗殺者の一団を通り過ぎる。

 その背に追いすがろうとする暗殺者どもを──


「わたくしがお前たちの相手をすると言いました」


 いつの間にか接近していたミヤビが、薙刀一閃、吹き飛ばす。


 暗殺者集団『地虫』。


 混迷する天女教クーデターに出没開始。



 きゃあきゃあと悲鳴があがっている。


 男どもが集められた部屋である。

 交流用の大広間はサクヤのムチと血で酷い有様になっているので、別な大広間に集められていた。

 集める、というのはもちろん守護しやすくするためだが、それは同時に、集めている場所への苛烈な攻めが発生する可能性をはらむ。


 男どもの集められた部屋──遊戯用大広間『春風しゅんぷうの間』は、まさにそういう状況におかれていた。


 黒い装束の暗殺者集団が来て、攻めかかっている。

 男どもを背にするように天女教ミヤビ派の巫女たちが応戦しているが、単純に相手側の人数が多く、苦戦しているように見えた。


 男ども──


「なんで僕たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだよぉ……!」

「早く、そいつらをどうにかしてくれ! お前たち、男を守るためにいるんだろ!」


 大騒ぎで守っている側に文句を言うばかりであった。

 身を寄せ合うように抱き合って震え、口ばかりやかましい。


 その様子を見ていた十和田とわだ雄一郎ゆういちろう、愕然とした顔で固まる。


(……僕は『こう』だったのか……)


 それは、かつての己の姿をそこに幻視したからだ。

『天女教から自由に!』というお題目を掲げ、男どもの説得をしていた。そのころは、『自分は、こんな場所で安穏と過ごし、女に搾取されるだけの人生を送る情けない男どもとはモノ・・が違う』と思っていた。


 だが、今、冷静になって──ついつい冷静になるほどひどい有様を見せつけられて振り返れば、自分は確かに、ああだった。他の男と違うなどという思い込みをしているだけで、臆病で、他責思考で、自分たちを襲う者よりもむしろ、自分たちの守護をお題目にしておきながら、それを完遂できなさそうな気配を発する味方へと文句を言うような、そういう存在だった。

 だって、敵に文句を言うのは、怖いから。

 文句を言っても自分をひどい目に遭わせなさそうな者の方へ、文句を言ったと、そう思えた。


 かつての自分であれば、あの一団に加わり、男たちと抱き合い、文句を言っていただろう。

 だが今の自分は、あの一団を一歩離れた場所から、冷静に見つめることができる。


 ……だが。

 今の自分は。

 ただ、一歩離れたところで冷静に見つめることができるというだけでは、不足だと感じる。


 かつての自分であれば『あの男どもより優れている』という優越感だけあれば満足しただろう。

 しかしもう、『自分の中にある優越感』だけでは、満足できなくなってしまっている。……実際に、何ができたか。実際に、自分にはどのような力があるか。それを意識している自分の存在に気付いた。


 では、女どもに混ざって自分も戦えば、満足できるか?


 ……そんなわけがない。


(僕は弱い。僕は、弱いって、思い知らされた。……そうだな、うん、僕は、弱い)


 何度も頭の中で繰り返し、だんだんと慣らしていく。

 弱いことを受け入れるのは、大変な度胸がいることだった。自分が何もできないことを認めるのは、目を背けたいほど怖かった。

 文句を言いながらも世話をされている。その状況が『弱さ』を理由にしているなどという情けない現実を認めたくなかった。


 今も認めたくはない。

 でも、


(男は弱くない。弱い男がいるだけだ。そして、僕は弱い男だ)


 強くなると決めた。

 ……その誓いはまあ、千尋のことを女だと思っていたから、というのはあるけれど。


 男だろうが、女だろうが。


(お前に言いたいことがある。僕は、強くなって……『どうだ、強くなっただろう』って、お前に言うことにする。それをとりあえずの、人生目標にしてやるよ)


 強くなる、とはどういうことか?

 千尋という特例がいることが発覚してしまったが、そもそも雄一郎は最初から、武力において女と並ぶとか、超えるとか、そういう方向性で強くなった自分を想像していない。

 雄一郎の思う強さは、もっと曖昧で、わかりにくいものだ。

 ただぼやけていただけのその『強さ』の正体。

 それが今、なんとなく、輪郭をはっきりさせていた。


「お前ら」


 きゃあきゃあ騒ぐ男どもに、声をかける。

 ……かつて雄一郎は、男どもに話を聞かせようとする時、いたずらに声を大きくすることで注意を惹こうとしてきた。


 しかし、今の声は静かだった。

 静かだったのに──


 声にこもる『何か』が、大騒ぎする男たちから、注目を引き出した。


「そうじゃないだろ。文句を言っても始まらない。責めたって事態はよくならない。僕らの生存のために努力するのは、天女教の連中じゃない。僕ら自身だ」


「で、でも、どうすりゃいいんだよ!?」

「戦えっていうのか!? 女と!」


「違う。……僕らは女と戦っても勝てない。だから、そんな無駄なことはしない方がいい」


「じゃあ何をしろっていうんだよ!?」


「応援しよう」


 そこで男どもがぽかんとしたのは、当たり前と言えば当たり前だった。

 応援。それが、なんの力になるものか。

 そんなことをして、目の前の危機をどう乗り越えることができるのか?


 応援には実際的な力は宿らない──

 ──というわけでもないのを、雄一郎は知っている。


「僕らの言葉は、女によく届く」


 賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんでのことを思い出す。

 雄一郎の発言一つ一つが女どもをかき乱し、大騒ぎさせた、あの記憶。

 ここでは『貌無かおなし』という、顔も見せない、声もかけられないという決まりに縛られた女どもとしかかかわらないから、自覚できないが……


「だから、味方に対して文句を言うんじゃなくて、声援を送ろう。僕らができることはほんのそれだけで、ほんのそれだけのことが、僕らには大きな一歩だろ」


 応援には実際的な力が宿らない、というわけでもない。

 この世界における特異な『男と女の関係性』というものを除いたとしても、『自分たちに文句しか言わない連中』よりも、『自分たちを応援する者たち』を守る方が、やる気が出る。

 やる気はすなわち士気である

 士気の高低はせいを生む。

 勢というのは、実戦において、特に集団戦において、馬鹿にできない重大な要素である。


 だから雄一郎は──ちょっと恥ずかしいなと思ったけれど──迷いを振り切って、大声で、こう述べた。


「がんばって僕らを守ってくれ!」


 ……雄一郎は知らないことだが。

『地虫』というのはそもそも、天女の存在が男がこの世に少ない原因であるとする宗教集団である。

 天女を殺して男をこの世界に増やそうという──つまり、『天女という支配者から男を解放しよう』といった思想を持つ集団であった。


 その集団の自任は、『男を救う』というものである。

 その『救う対象』が敵である天女教に声援を送り、救いに来た自分たちから『守ってくれ』という。

 これは、地虫どもの士気を落とし──


「はい!」


 味方の士気を上げた。

 士気が上がる様子が見えれば、他の男どもも、とりあえずで声援を送る。


 ……かくして大奥の戦況、勢は天女ミヤビ派に傾く。


 その大奥を抜けて──


 人斬りが、進んでいた。

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