疑問に思ったことがある。
なぜ、『ミヤビ』なのか?
「…………」
サルタ院は初代天女、つまり
初代天女は『始まりの男性』との間に三人の子を成した。
そのうち長女であった者が
歴代の天女はすべて、まずは『ミヤビ』から選出され、その天女に何か『天女足り得ない事情』があった場合、オオミヤ、サルタの家から代理が選出されるというようになっている。
なぜ、ミヤビなのか?
三つの家は『初代天女と始まりの男性との子』という共通点を備えている。
神力の量、運用、すなわち『属性』だって、ミヤビ、オオミヤ、サルタ、すべて、個人差はあっても大きな差はないはずだ。
だというのに、なぜ、ミヤビというだけで、天女に選ばれるのか?
サルタ──現猿田は、己の院にて、考えていた。
ふと考えることの多い議題だ。今までも、幾度も考えてきた。
初代ミヤビが長女だから?
初代ミヤビが男の子を産んだから?
ミヤビの血にはなんとなく男の子が生まれやすい素質があると言われているから?
それとも、あの黄金の髪と瞳が──『白をよりまばゆくした色』が決め手だろうか?
天女教において白というのは神聖な色だ。だがそれはあくまでも、教団員たち、つまり『天女ではない者』が扱うことができる中で最上の色、という意味にしかすぎない。もっとも最上の聖性を持つのは『黄金』であり、それを身にまとうことができるのは、その代の天女のみだとされている。
サルタは、院の奥、己の部屋で、鏡を見ていた。
そこにいるのは真っ白い少女だ。
床に引きずるほど長く伸ばした白髪。色素の薄い目。病弱さを感じさせる肌。
年齢にしても細く薄い体。
サルタは──
己が生まれた時にかけられた言葉を覚えている。
目も開かぬ赤ん坊であったころに、こう言われたのだ。
『美しい白い瞳です。きっと、黄金によく仕える
「……お兄様」
サルタが『お兄様』とつぶやく時、その真っ白い頬に朱が差した。
お兄様。三家は分かれてすでにしばらく経つが、数少ない高貴な男性を『共有』してきた歴史もあるので、その血は近い。細かく言えば違うが、
ミヤビにとっての兄であり、サルタにとっての従兄。
……病死した人。
……どうして『ミヤビ』なのかを、考え続けてきた。
どうして──ミヤビが一番で、自分は二番、三番なのか。
今思い返せば短く貴重であった『兄』との時間。なぜ、そのほとんどをミヤビが独占し、自分は何重にも手続きを経ないと面会さえ叶わなかったのかを考える。
天女の血筋を引いた男性というのは貴重だった。だから、天女の血を濃くするためにお兄様はミヤビに
あの人はミヤビの実の兄でありながら、ミヤビの
サルタが接触させてもらえなかったのは『間違いがあってはならないから』らしかった。まだまだ幼いが、女は早熟だ。だから、『間違い』があってはならないと──
……サルタの認識していない事実を語れば、ミヤビの母から、サルタの性質に危険なところがあると見抜かれていたゆえでもあったが。
サルタの自認では、こうなる。
「もしもわたくしが
どうして『ミヤビ』なのかを考え続けてきた。
どうして、『何もかも一番最初に最優先で与えられるのがミヤビの名を継ぐ者なのか』を考え続けてきた。
初代ミヤビが長女であったから?
ミヤビの家はなんとなく男の子が生まれやすいと、根拠もなく言われているから?
……そんな理由で、彼との貴重な時間をすべて、ミヤビに奪われた?
──許せるわけがない。
「……」
サルタの目の前で、姿見にヒビが入る。
そうして、手も触れていないというのに、姿見のヒビはどんどん増え……
最後には、砂のように無数の粒になり、鏡だったものが、ざらざらと床に落ちていく。
「サルタ様」
部屋の障子の向こうから声がした。
サルタはそちらをゆっくりと振り返る。
振り返ったのを察したように、障子が開けられた。
そこに片膝をついて座るのは、黒い装束を身にまとった天使。
……反天女教組織『
「『大奥』再奪還の準備が整いました」
「ご苦労」
サルタが微笑を浮かべると、側近の女はわずかに目を逸らした。
後ろめたさなどではない。側近の女の、ほとんど黒い布で隠れた口元。膝をついて頭を下げているがゆえに覗く頬には、かすかに朱が差している。
敬愛する者からの労いに、照れているのだ。
サルタは生まれつきどうしようもなく他者を魅了する容姿・雰囲気をまとう者ではあるが、それにしても、ここまであからさまに『惚れている』という様子を見せる者は珍しい。
……反天女教団『地虫』において、高貴なる者へ差し向ける暗殺者には、『暗殺対象を想う』という奥義を授けられることがある。
その想いの強さ、身勝手な愛によってモチベーションを確保し、限界以上の能力と執着を呼び起こし、『暗殺対象をなんとしても殺して自分のものにする』という心理にさせる方法だ。
だがその方法、何せ『自分の命や生活などどうでもよくなるほど相手を想わなければならない』という難易度の高さから、できない者が多かった。
……その中でただ二人いた『愛の獲得』に成功した暗殺者の一人。
それがサルタを暗殺に来て、その『愛』の強さゆえにサルタに心服させられ、今では忠実な腹心となっている。
サルタは、微笑の陰でこう思う。
(気色悪い)
女が女に惚れる、恋愛の対象とするというのは、このウズメ大陸において『ありえない』ということではない。
だがサルタの恋愛対象はどうしようもなく男性だし、女性を恋愛対象に見る女性は気持ち悪く見えてしまう。
しかし、
(利用できるものは、なんでも利用しなければいけません、よね。……だって、ミヤビ。あなたと違って、わたくしは、生まれつき『二番手、三番手』なのですから。……ねぇ、ミヤビ。あなたが当たり前のように使っている『一番手の権利』。どうして、それがあなたの手の中にあるのかを考えました。考え続けましたよ。……でも、答えは出なかった。納得できる、答えは、出なかった)
家の開祖が初代天女の長女であったから。
なんとなく男の子が生まれやすいから。
……それはようするに、
(今、生きているわたくしにはどうしようもない、『たまたま』。そんなもののせいで、わたくしは、お兄様との時間を邪魔された。亡くなられたお兄様と結ばれる時間どころか、思い出を作る時間さえ確保できなかった。……これ以上、お前に奪われてたまるものか。お前が『一番』である限り、わたくしはずっと、お前に遠慮させられて、貴重な、本来わたくしが手にするはずだったものを譲り続けねばならない。……許せない。絶対に許せない。もう、奪わせない。だから……)
サルタは瞳を閉じ、また開いた。
一瞬、怒りに呑まれかけたから、それを鎮めるために、数秒の呼吸が必要だったのだ。
……そう、怒りだ。
『理不尽に奪われることへの怒り』こそ、サルタの革命の原動力である。
ゆえにこの革命の終着点は、こうなるのだ。
「参りましょうか。『サルタ』が天女の座に就くために。……ミヤビにこれから奪われるものを、これまで奪われ続けてきたものを、奪い返しに、参りましょう」
『大奥』を奪還されて、均衡は崩れた。
しかしその間に準備は整い、『地虫』どもを中へ
どうしようもないものを理由に、不当に奪われ続けないために。
サルタはミヤビを殺し、『
革命は走り出している。
だから、あとはもう、力と力のぶつかり合い。
(天に問いましょう。わたくしに与えられている理不尽が『生まれつき持っているもの』だけを理由としているのか。……わたくしの力の強さが天女の座にふさわしいかどうか、現天女の首をとることで、『ミヤビとわたくしには、生まれつき持っているものの差以外には、差がなかった』と。……『運が悪かっただけなのだ』と、証明しましょう)
状況は踊る。
鮮明な殺意をもって、サルタがついに出陣した。