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第147話 正しき治世

『大奥』──


 ミヤビは男性たちの集められた場所にたどり着いており、そこには複数の暗殺者どもが転がっていた。


 ミヤビ派の巫女たちも存在し、こちらも無傷というわけではない。


 だが、奮戦していた。

 男たちが低い声で巫女たちを応援している。それに応じるように、傷だらけになりながらも奮戦していた。


(…………状況)


 ミヤビは戦う巫女たちの後ろに立ち、周囲を観察する。


(わたくしの突入時に多くを薙ぎ払った。しかし、相手はまだ絶えていない。そして、戦い方を『暗殺』から『遅延』へと変化させた)


 意味はわかる。

 ミヤビという最高戦力をこの場に留めおくため、だろう。


 時間稼ぎというのは、長期的に見ればミヤビの有利に働く戦術だ。

 だが、『まだ外部に応援要請をしていない』今の状況であれば、三つある院のうち二つが反ミヤビ派に回ったこの状況、時間稼ぎは相手の有利に働く。


 暗殺者たち一人一人が適宜現場判断で戦い方を変えているとも思えないので、あらかじめ、サルタあたりが『こういう状況ならこういう戦術で』と指導していたのだろう。

 ……そう、サルタは、こういった状況を想定していた。

 自分の革命が簡単に済むとはまったく思っていなかったのだろう。『大奥』が奪い返されることまで想定していたというか、大奥が奪い返されることは前提であるような準備をしていた。

 用心深いというよりも、なんらかの恐怖症めいたものを感じる。

『自分の行うことは決してうまくいかない』という確信のもと、幾重にも幾重にも失敗の想定をし、執拗に失敗前提の準備を重ねるような、そういう恐怖症を感じる。


 そしてサルタには、そういう恐怖症に基づいた戦術を呑ませるだけの人材がついている。


 たとえば。


「……」


 ミヤビは、自分の側で、暗殺者どもと戦う巫女──

 そのうち一人に、視線を向けていた。


 傷つきながら戦っている。

 暗殺者と斬り結び、槍を振って追い散らしている。

 飛び道具が後ろにいる男性に及ばないように払い、時には身を挺して受け止めてもいる。


 だが、


「……ミヤビ、覚悟!」


 本当に唐突に、襲い掛かってくる。


 ミヤビは──


 薙刀で、迫ってくる巫女を斬り捨てた。


「…………」


 唐突な裏切り。

 ……まさか戦いの中で心変わりした、というわけではないだろう。

 あらかじめサルタに仕込まれていた。この状況を想定していたサルタに、この状況でミヤビに斬りかかれと言い含められていた。

 それまでの戦いだって、本気に見えた。本気で、暗殺者から男性を守ろうとしているように見えた。

 だというのに、サルタの仕込んだ『条件』に反応して、仕込まれた役目をこなす。


 ……カリスマ性、というのでは足りない。


(『支配』)


 サルタの姿、声、言葉。

 それが人にもたらす影響は、真実、大きかった。


 今、斬りかかって来た者──

 ……利益も与えた。ミヤビなりに厚遇もしていた。

 急進的なのはどうしようもなかったけれど、それでも、理解を得ようと言葉を尽くした。納得もしてくれたし、共感もされているように思えた。


 だというのに、この状況で、迷いなく、『サルタからの言葉』に従い、ミヤビに刃を向けた。

 しかも──


「え!? な、なんで味方を斬ったんだよ!?」


 戦場の緊張と混乱は、人の耳目と判断力を鈍らせる。

『ミヤビ、覚悟』と叫びながら、いきなりこちらに槍の穂先を突き出してきたから斬った。斬って、当たり前だった。

 けれど男性たちにとっては、『今まで自分たちを守ってくれた者』であり、女の声など聴き分けもつかないであろう彼らにとって、この戦いという極限状況──そもそも日常的な緊張でも気絶してしまうぐらい弱い男性が放り込まれるにはあまりにも過酷なこの状況で、真実を認識し、それに基づいた判断をしろというのは、酷なことなのだろう。


 男性には、ミヤビが急に味方を斬ったように見えたらしい。


「え、何、ど、どういう、どういうことだ!?」

「今何が……」


 男性たちが応援をやめてどよめく。


「おい! 落ち着けよ! 聞こえなかったのか!? あいつは裏切ったんだよ!」


 冷静な者もいるらしい。

 ……だが、ミヤビは知っているのだ。

 冷静で理知的であることが、必ず理解を得られるわけではない、と。


「馬鹿なこと言うなよ! あいつは、俺たちを必死で守ってくれてたんだぞ!」

「そうだ! 俺だって、あいつのことを応援してた!」

「そ、それを、後から出て来て、なんで、斬って……」

「天女様じゃなかったのか!?」

「まさか、偽物!?」


「そんなわけあるか! いいから、落ち着け! 僕の言葉を聞いて──」


 言い募る者の声がどこか遠い。

 男性たちの喧騒も、ミヤビからしたら、どこか別世界のもののようだった。


(……わたくしの、治世)


 それは、彼らを守るためのものだった。


 必要なことをした。天女教には旧態依然としたところがあった。それを締めあげ、正そうとした。

 ろくを無駄に貪るような者どもを追い出した。より男性を守れるように、知識と志と力のある女が上へ登れるように。そういう組織に作り替えようと、無茶をした。

 しなければならなかった。後世の歴史家には『急進的』『拙速』と評価を受けるだろう。現世においても、理解を示されない。だが、必要があった。一刻も早く組織を変えねばならなかった。それ以上に、女の意識を変えねばならなかった。


 そうしなければ、兄のような犠牲者がまた出る。


 ミヤビにとって正しいことをしていた。


(理解を得ることを、軽視していた。そこは認めましょう。けれど、理解を得るのを待っていては、遅すぎた。わたくしは正しかった。誰になんと言われようと、わたくしは、これまで自分でしたことの正しさを、これから自分が成すことの正しさを信じる。けれど……)


 理解を得なければいけない場面。

 利益や必要性、正しさではなく、『ただ、認め、味方になってくれ』と言わねばならない、この場面。


 ここでミヤビには、できることがない。


 ただ、正しいことをし続けようと生きてきたミヤビには、『正しくなくても、その場しのぎでも、人が理解したつもりになり、気持ちよくなれる言葉』を吐くことができなかった。

 それは政治的に必要なことだとわかってはいる。だが、幼い潔癖さが、そういうものを唾棄すべき邪悪に感じてしまっていた。

 だから避けていた。そして今、必要な時に、その能力が育っていない。すなわち──


 一から十まで、この状況は、治世の結果。


(それでも、わたくしの役割に変わりはない)


 潜み、迫る暗殺者を斬り捨てる。


 血が舞う。

 男性からの悲鳴が上がる。


 巫女たちの中にも、先ほどの『斬り捨て』について把握できていない者がいる様子で、ミヤビが薙刀を振るたび、注意がこちらに集まり、緊張が走るのがわかる。

 ……いや。裏切りを理解しているのだろう。警戒しているのは、ミヤビが疑心暗鬼に陥って、他にも裏切り者が出るぐらいなら味方を全員殺してしまおうとしないかどうか──


 そういうことをしそうなほど、急進的で、断固としていたから。

 ……そのツケが、味方に無駄な緊張を強いている。



「ミヤビ」



 暗殺者たちの列を成す場所から、入ってくる者がいた。

 引きずるほど長い白髪の女。……同い年。祖に天女を持つ同じ血脈。

 だけれどミヤビにできない『その場その場で人が気持ちよくなり、人を利益や理屈ではないもので味方につける』ということに長じている女──


「サルタ」


 ……千尋ちひろを差し向けた院から、サルタが、大奥にまで、出て来ていた。


 サルタは儚げで神々しい微笑を浮かべ、声を発する。


「少し、話しませんか、ミヤビ。この状況でも、わたくしは、あなたを傷つけたり……後ろにいる男性たちに、これ以上血なまぐさいところを見せたくはないのです」


 ミヤビはつい、鼻で笑ってしまう。


 明らかに嘘だからだ。暗殺者を男性のいる場所に差し向けている時点で、もう、あの言葉にはなんの真実も宿っていないのがわかる。

 状況を冷静に見て、文脈から判断すれば、ありえない発言であるとわかるのだ。


 だが、周囲の目は、サルタの提案を鼻で笑った自分に対して厳しかった。


 ……ミヤビの見える範囲は広く、その視座は高い。

 だからこそ、ミヤビが『普通にわかること』と、それ以外の者が『普通にわかること』には大きな隔たりがある。


 その隔たりに、指導者としての格を見た者もいたが……


 今、この場では『幼さ』『厳しさ』『傲慢さ』として、見られるようだった。


 だが、今さら柔らかくもなれない。

 どこまでも硬いのが、ミヤビだ。だから。


「……話、ですか。いいでしょう」


 ここからミヤビができることは、『正しさ』を証明する以外にない。


 ……かくして、ミヤビとサルタ。

 この戦いを行う二つの『頭』が……


 男性と、巫女と、暗殺者たちの前で、話をすることになる。


『真実の正しさ』を証明すべく。

 自分の正しさをわからせるべく。


 二人の少女が、口を開いた。

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