『大奥』──
ミヤビは舌打ちと鼻で笑うのを同時にしたくなるような、そういう心地でいた。
(サルタ、こいつ──男性が巻き込まれることをまったく気にしていませんね)
ミヤビとサルタとの対決。
大技の撃ち合いである。
天女の子孫はそれぞれが『光』の権能を持つ。
だがしかし、細かいところを語れば、それは『光』ではない。
光って見えるものを放つ権能、と述べる方が正しい。
まず、この時、
白く輝く熱の光線を放つ
そしてミヤビの権能──
(距離、角度、位置よし。
──『爆発』である。
その見た目だけならば『薙刀を振ると光の刃が飛ぶ』というもの。
いかにも斬撃を飛ばすといった様子に見えるこの権能、やっていることは空気中の微細な塵などを震動・拡散させ爆発させるというもの。
力の急激な発生により出現した光こそがミヤビの薙刀から飛ぶものであり、あれは『斬撃』ではなく『衝撃』と呼ぶのが本来はふさわしい。
では。
その爆発を真正面から打ち消すサルタの『光』はなんなのか?
視線を向けて放つ何かによってミヤビの『光』を打ち消したサルタは、そのまま西洋剣を振り上げて斬りかかる。
回避は不可能ではない大振りだった。
ただし、これまでのサルタの戦いぶりから、もしも自分が避ければ、そのまま進んで男性に向けて剣を振るという疑いが生まれる。
実際にはやらないかもしれない。
だが、疑いがある以上、ミヤビは背後にいる男性たちを守らなければならない。
彼女の治世──
彼女の願いは、男性が守られ、生き延びる社会の形成だ。
サルタの剣を受ける。
瞬間、剣と剣がぶつかった場所から、すさまじい音がする。
ただ刃を合わせているだけだというのに、高速で金属と金属をこすり合わせるような、けたたましい音がした。
そして、ただ押しているだけのサルタの刃が、ミヤビの薙刀の刃を斬り始める。
……サルタの権能、それは。
(厄介な──『振動』ですね)
振動をまとう。放つ。
今のサルタの刃はチェーンソーにも等しい。
しかも木材のみならず、金属も斬れる、神力の振動刃をまとったチェーンソーだ。
ミヤビは刃を引いてサルタの腹部を蹴る。
感触は薄い。蹴りが入る前に後ろへ跳ばれた。
だが距離が離れた相手への追撃の手段がある。
薙刀を振るう。
同時、サルタの目が光る。
爆発に振動がぶつかり、かき消される。
一撃では終わらない。
光の刃をたびたび放つ。
サルタが視線で振動を放つ位置を定め、爆発を消し去り、再び接近してくる。
ミヤビは眉根を寄せた。
(武器に神力をまとわせるのは、女ならば誰でもできる。けれど、属性付きとなると話が変わってくる──)
たとえばミヤビが爆発を『飛ばす』のは、属性付きの神力を薙刀にまとわせてそれで相手を叩くと、相手はもちろんだが、自分の武器まで爆発に巻き込まれて壊れるからだ。
オオミヤの『熱』もそうだろう。まとわせることは可能。しかし、金属の武器などまとわせた瞬間にとろけてしまう。
サルタの振動も、同じだ。同じ、はずだ。
だが……
(──なぜ、自分の発する振動で武器が崩れない?)
それほど繊細に神力操作をしている?
この自分と戦い、斬り合いながらそんな余裕がある?
(違う。サルタは強くも巧くもない)
思い上がりではなく、今、刃を交えてわかった。
サルタにはミヤビほどの強迫観念はなく、それだけに鍛錬量も足りない。
また、ミヤビが無理をしてでも強くなるための武者修行──『塔』に挑んだりなど──をしていたのに対し、サルタは自分の院から出て来ない。
鍛錬量も実戦経験も、自分が上だというのは、ミヤビの客観的かつ冷静な判断により導き出された答えだった。
ましてサルタは『刺激』を受けようがない。
実際に自分で及ばぬものを見て、それと刃を交える経験は、知らずに下がっていた目標を修正し、高くする。目標が高くなれば、そこに合わせてより厳しく鍛錬をするようになる。だからこそ、そういった経験のないサルタが、実力でミヤビを上回ることはありえない。
では、もともとの才能の差か?
違うと思われる。
(サルタは神力を発する時に、一瞬、停止する。それは戦い慣れてない証拠。それを本人もわかっているから、あえて『男性に被害が及ぶ状況』を作って、わたくしが斬り込みにくいようにしている)
事前準備と策略においてサルタは天才的だろう。
だが戦いにおいては違う。
サルタの戦い方は技能を誇る、才能を誇るというより、むしろ……
「いい武器ですね」
互いに互いの神力を打ち消し合い、距離が空き、にらみ合いが始まっている。
ミヤビはサルタに呼び掛けた。
サルタは、西洋剣を撫でた。
「わかりますか。この武器は、一目見た時に気に入ったのです」
「
「ええ。
「……はぁ?」
「ですから、生きて、努力して、つかむ必要があったのです。この剣は、そのうち一つ。いえ……わたくしの努力の象徴。あなたのように『持てる者』として生まれなかったわたくしが、あなたにないものをつかんだ。その象徴なのです」
何を言っているんだこいつは、というのがミヤビの正直な感想だった。
サルタはなぜか自分のことを『持たざる者』みたいに思っているようだが、これだけの神力があり、そもそも天女の子孫として生まれているのだから、圧倒的に『持てる者』の側にいるだろうに。
ミヤビと比べれば──という話なのはわかるのだが。
……その条件でさえ、『持てる者』であるとミヤビは思う。
「サルタ、お前は自分が『持たざる者』と思っているようですが……血があり、力があり、財力がある。その剣も、今回の蜂起も、才能と血脈と資金があってこそでしょう? お前は『ただいる』だけで、それらを持っている。矢面に立たず、役目を負わず、持っている。わたくしとお前と、どちらが恵まれているかは、議論の余地があると思われますけれど」
「血。力。財力。才能。……ふふふ。そんなもの、どうだっていい。わたくしの一番欲しかったものは、そんなものではない」
「……」
「わたくしはただ、お兄様と結ばれたかっただけ。……お前が無駄に費やした『お兄様の時間』が自分のものであってほしかっただけ。お前だけが持っていた『お兄様の時間』こそ、わたくしが最も欲するもの」
「もしかしてお前、『最も欲するもの』以外のものに目を向けることができないのですか?」
「……」
「血も、立場も、財力も、才能も、大陸政治を差配し、人々からの上納によって維持されてきたものです。我々の暮らしの足元には、多くの民の犠牲と努力がある。それを、一番欲しいものが手に入らないというだけで『何もない』などと、そのようなことを言うべきではない」
「我々は天女様の血筋ですもの。これを守るのはすべての
サルタの声はあきれていたし、不愉快そうだった。
ミヤビの視線が冷えていく。
「改めてわかりました。……わたくしも完璧ではないが、天女として、お前未満ではない。やはりここで、倒しておくべきですね」
「そうやって他者の命をないがしろにするあなたに、天女はつとまりませんよ、ミヤビ」
先ほどまでは『わざと』だったが、このたびの会話は『わざと』ではなさそうだった。
話が通じない。
愚かすぎて──理解できない。
『現状』は『当然』ではないのだ。
『現状』を支えている無数の者がいて成り立っているのだ。
サルタがミヤビを責める時、急進的だの専横的だの、心がないだの言うが……
少なくともミヤビは『何かをしている』。
何もせず批判だけするような女に、天女の座がどうこう言われる筋合いはない。
ようするに、
「ムカつく女」
「あなたこそ」
二人の攻撃が、苛烈さを増していく。
爆発と振動が二人の間できらめき、またたく。
ミヤビの動きが怒りによって早くなっている。サルタは実戦慣れしていない。振動に耐える強力な武器を持ってはいても、武器性能があるだけで、本人の経験がお粗末だ。
爆発の打消しが遅くなる。
二人の中間地点で光が爆ぜるようになる。
幾度も幾度も耳をつんざく轟音と振動が鳴り響き、周囲が破壊され、畳が飛沫となり、柱が木っ端となり、ふすまが砕けて吹き飛び、天井まで衝撃が伝わって部屋がぐらぐらと揺れる。
爆発を起こしながらミヤビは急速接近。
サルタも持ち前の身体能力でこれに応戦。
二人の刃が合わさり、とてつもない音と衝撃があたりの者を吹き飛ばす。
ミヤビがわずかに背後を振り返って舌打ちをした。
サルタは、ミヤビの耳に口を寄せるようにして、ささやく。
「守る者が多いと、大変そうですね、ミヤビ?」
「……」
「わたくしには、ない。わたくしが大事だと思っていたのは、守りたかったのは、お兄様だけ」
「人の兄に欲情しないでください。気持ち悪い」
「一途な想いが、人の心のわからないお前に理解できるとは思っていません。……ええ、わたくしは一途ですとも。だから、このようなこともできます」
サルタの目が光る。
その視線は、ミヤビを向いておらず、ミヤビの肩越しにその背後──
男性がいる場所を、向いていた。
「チィッ!」
はしたない舌打ちとともに、ミヤビがサルタの視線の先に回り込む。
振動を打ち消す──ことはできなかった。
神力を込めた左腕で受ける。
瞬間、左腕を包む袖が崩れて消え去り、ミヤビの腕から血が噴き出した。
神力を込めていたから完全崩壊は免れたが……
「あらぁ、ミヤビ、その腕、大変なことになってしまっておりますわね?」
……だらんと下がる腕。
激痛を発し、血が流れ続ける。
強い神力を持つミヤビをして、治癒にはしばらく時間がかかることが明らかだった。
サルタが微笑み、真っ白い髪を棚引かせるように接近してくる。
右腕で薙刀を振るうが、長柄武器を片腕で制御するのは、ミヤビの力をもってしても難しい。
まして相手は振動を操る。
西洋剣が、ミヤビの薙刀の刃を斬り飛ばした。
そうして、返す刃でミヤビの首に迫る。
「あ!? 馬鹿ッ!」
その時に背後から聞こえた声の意味は、ミヤビにはわからない。
だが、続く現象から推測はできた。
後ろから抱き着かれ、引き倒される。
神力による筋力。足腰の安定。だが、戦いに集中し、片腕をやられたミヤビが、背後からの奇襲にまで対応できるわけではない。
その奇襲の結果、
ミヤビは首に迫っていた刃を回避できた。
慌てて立ち上がりながら素早く下がり、サルタから距離をとる。
それからミヤビは、後ろを振り返り、何が起きたかをようやく理解する。
彼が飛び出し、ミヤビの腰に腕を回し、引き倒したのだ。
ミヤビを助けるために。
その結果、サルタが振った刃のそばに来てしまった。
……刃が当たっているわけではない。
だが、サルタという天女の神力を宿す者の刃が振られた、その近くにいた。刃が生み出した圧力を受けた。
ただそれだけで、
「みや、びさん、大丈夫……が、ハッ」
血を吐くのだ。
『女が、女を殺すために振った刃から発せられる衝撃』。
たったこれだけのものが、男の体にはとてつもないダメージとなる。
「あら、ミヤビ。男性に守られるだなんて、強さを標榜する天女として、大恥ですわね?」
サルタが笑っている。
追撃は来ない。どうにも、ミヤビに一気にとどめを刺すより、ミヤビを嘲笑する方を優先したらしい。
本当に性格の悪い女だ。
そして……
(余計なことを)
ミヤビは、白の行動をそう判断する。
自分とサルタの戦闘速度について来れるわけもない少年。状況を理解して適切なタイミングで適切な行動をとったというより、なんだか危なそうな気配につい体が動いてしまったという感じだろう。
今回ミヤビが助かったのは本当に偶然で、ともすれば、二人まとめて両断されていた可能性もあった──というより、その可能性の方が高かった。
だから、間違いなく『余計なこと』をしたのだ。
……理性では、損得計算では、そう思っている。
だが。
(……わたくしのためになんか、傷つかなくていいのに)
感情は、そうではなかった。
男性に守られる──それも、千尋のような者ではなく、本当に弱々しい男性に、守られる。
それはミヤビにとってとてつもない衝撃であり、素直に心の奥底を見つめれば、『嬉しい』という気持ちも、確かにあるものだった。
「ミヤビ、あなたの治世について、一つだけ同意があるとすればそれは、『男性はもっと厳重に守られるべきだ』というものに対してです」
サルタがゆっくりと近づいてくる。
すぐ後ろに男性たちを抱え、左腕が動かないほどのケガを負い、薙刀の刃を斬り飛ばされたミヤビには、もう抵抗らしい抵抗はできまいという判断だった。
勝利が確定した。だから、嬲る。
サルタの性格・性質の現れた行動選択。
「ですが、わたくしならば、あなたよりもっと効率的にやれます。男性にここまでの自由など許しません。すべての男性は、
本格的に何を言っているのか、ミヤビにはわからない。
何かの信仰に基づいたたわごとだ。そしてそれは天女教信仰ではなく……
サルタ自身も、たった今思いついたもの、らしかった。
「……ええ、わたくしはこんなにも天女にふさわしい。だから、お兄様も、天の国からわたくしのもとへと戻ってくださるはず。天女様がきっと、そうしてくださるでしょう。だから……ミヤビ、わたくしは、お前をどかして天女になり、お兄様を産みます」
「……頭がおかしいということだけ理解しました」
「お前には理解できないのでしょうね。最後まで」
まったく正しくもないし、まったく賛同できないし、理解さえもできない主張をしながら、サルタがミヤビに迫る。
このままではサルタが勝つ。
そうして、勝ったサルタは、己の正しさに基づいて政治を進めるだろう。
世の中は結局、勝った者が正しいのだ。
(こんな、理も義もない女を相手に、正しさを貫き通す力もなかったのですか)
ミヤビは目を閉じる。
だが、あきらめたわけではない。
「サルタ、お前のことはやはりまったく支持できません。だから、最後の最後まで抵抗します」
「ええ、よろしいかと。その方が──わたくしに巡って来た様々な『理不尽』の否定、その最後の戦いとして、華々しいものとなりますので」
西洋剣が振り上げられる。
ミヤビは薙刀を構える。
……だが。
構えた薙刀──もはや刃のないただの棒から、力が抜ける。
サルタが微笑み。
その微笑みが、
「おお、間に合ったか!」
背後から聞こえた声に、固まった。
……サルタは振り返る。
そこにいたのは……
「サルタ殿。ツブタツ、戦線復帰したアワサク、そしてその兵ども、残らず斬り伏せて来たゆえ──」
黒髪の、美しい見た目をした。
かなりの激闘を制したのだろう。ボロボロになり、血をにじませ……
上着がはだけてもろ肌をさらす。
男。
「──この俺と死合ってもらおう!」
命懸けの戦いを超えて昂揚し、自分の状態にも気付かぬ宗田千尋。
最後の戦場に、乱入す。