「男性、でしたか」
サルタにそう言われて、ようやく
そうして、笑う。
「いやぁ、みぐさい格好で申し訳ない。しかしな、そなたらの手勢、『あわや』という場面が幾度もあった。実にいい『敵』であったぞ」
「男であるならば、手出しはされないはず。わたくしも、男性を斬るつもりはございません。新しい服をまとい、そこで待っていてください」
そこでミヤビが鼻で笑ったのはもちろん、サルタが『男性を斬るつもりはない』と述べたのが大嘘だとわかっているからだ。
宗田
だがそれ以前から、ミヤビの注意を逸らすためだけに男性を狙っていたし、そもそも、ミヤビの左腕がダメになっているのは、サルタが男性に向けて『振動』の
しかもたった今、『男性には一切の自由を許さないべきだ』などとのたまった。これで『男性を斬るつもりはございません』は、つまらない冗談にもほどがある。
しかしそのあたりの会話・状況を知らない千尋は、「うーむ」と唸った。
「それは困るな。俺は、そなたと斬り合いたい」
「……」
「しかしまぁ、そなたにもやる気になっていただきたいのでな。うーむ──お」
そこで千尋が、倒れる白と、傷つくミヤビを発見する。
そうして、顎を撫でた。
「うん、いかんな。これはいかん」
「……何がです」
サルタの声にはいら立ちがある。
あと一歩でミヤビを斬って天女教のすべてが手に入る──というところで、おあずけされているのだ。イライラもしよう。
……だが。
サルタも、本能で気付いているのだ。
千尋から目を離せない。
千尋に背を向けて、ミヤビを斬ってしまうことができない。
視界から外せば──
──斬られる。
本能が、そう判断していた。
男性を相手に、天女の血脈であるサルタの本能が。
千尋は、笑っている。
「俺はミヤビ殿の手伝いの最中でな。しかも、そこで倒れる白の兄だ」
「……」
「仇討の理由が出来てしまった。助太刀の理由もある。そういうわけで、斬りかかる。これは説得ではおさまらんので、本気で対応していただきたい」
完全に嘘だ、とサルタには思えた。
確かに熱くなって報復に来るのに充分な関係性であり、状況だ。
だが、嘘なのだ。本気で復讐を考える者が、あんなふうに『これこれこういう事情なので』と懇切丁寧に説明するはずがない。
そこでサルタは思い出す。
あの男性は、男性でありながら、人斬りである。
つまり道理の通じない生き物なのだ。
斬るしかない。
……サルタは『お兄様』以外には、男性に対してもさほど情や遠慮がない。
そして千尋よりむしろサルタの方が、悲願成就を直前で邪魔されたいら立ちがあり、斬りたい動機がある。
「いいでしょう。ですが」
だが。
……ここには男性たちがおり、これから自分の下につける女たちが見ている。
ミヤビとの戦いでは熱くなっていろいろ口走ってしまったが、『男性を斬る』ならば、周囲の者が納得できる演出が必要だ。
演出はサルタの最も得意とするところである。
「わたくしは、ミヤビの世よりも、男性が長く生きていける世を作るつもりでいます。加えて、より多くの女に出産の喜びをもたらし──この大陸の人口を増やす。そういう施策をするつもりです」
「……」
「ですから、ミヤビを倒すのを邪魔せぬのであれば、あなたも見逃します。そもそも、男性を斬るなどと、そのようなことをしたいわけがありませんから」
突っぱねれば斬る。のればそれでおしまい。
どうあがいてもサルタに損のない発言だった。
そのはずだった。
「いやいや。そいつはちょっと、おためごかしがすぎるのではないか?」
「……どういう意味ですか?」
「男性が長生きし、多くの女が子を持ち、人口を増やす──うん、立派だ。まことに立派だ。まさしく為政者の鑑だ」
「……」
「で、その施策のどこに、そなたの願いがある?」
「わたくしの願いはこの世の平穏です」
「いやァ、今ある『安定』を崩して現政権を倒そうとする者が、そんなに無欲なわけがあるまい」
「……」
「支配者を倒さんとするならば、支配者に不満があって当然だ。それも、命を奪うほどの不満とくれば、相当に強烈な願いがあるに決まっている。だが、そなたの成そうと述べること、あまりにも普通すぎる。そこにそなたの願いがない。こいつはもう、口からの出まかせにしか思えんよ」
「……わたくしはミヤビの治世では人口が減るばかりだと考えております」
「で、どうするのだ? 具体的には」
「……」
「お嬢さん、わかるぞ。この反乱、そなたの心が真っ先にあったのであろう。というかまぁ、反乱なんていうのはな、あとから大義名分だの『前の上役の問題点』だのをあげつらって、口のない死人を悪者にすることはあれど、起きた当初にあるのは『こいつを殺したい』という純粋な想いのみよ」
「……あなた、何がわかるのですか?」
「何もわからんから、わかるように、そなたが新たな天女になった時に起こる『いいこと』を、具体的に述べろと言っているのだが」
「……」
「だから無理して小難しいことを言わなくてもいいぞ、お嬢さん。『殺したいほど不満だから、殺したい』とこう言ってくれれば、そうか、ではやろう、と気持ちよく戦えるわけだ。あまり無理して難しいことを言うとな、後々、まあ、政策面ではどうか知らんが、思い出して恥ずかしくなるから、やめた方がいい。言葉はな、やはり身の丈に合ったものを使うべきだと、こう思うわけだ。俺はな」
「……わたくしの身の丈の、何がわかります?」
「そなたは力があっても中身がないガキであろう?」
「……」
「だから『欲望のために暴れます』でいいと思うぞ。……ああ、まあ、俺は『天女様』への信仰というか、尊崇は薄いからなァ。そなたらの血筋だの、立場だの、歴史だのに
千尋はそこでいったん言葉を止めて、
「……滑稽であったぞ」
遠慮がちに、申し訳なさそうに、声を発した。
サルタは……
「…………………………あなたを、殺す必要がありそうです」
「もう少し素直に、年齢相応の言葉を使ってもいいぞ」
「殺す!」
「そうだ。それでいい。いざ!」
人斬りと天女の血筋が同時に、互いに向かって進む。
天女教総本山の戦い──
決戦が、始まった。