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第161話 官と賊

 千尋ちひろが敵水賊すいぞく頭領に斬りかかるより少し前。


 お手並み拝見──

 と、いうことで見物を決め込んだ千尋は、横に立つ乖離かいりとともに、このような会話をしていた。


「動きがいいな。かなり武術訓練を積んでいるし、集団の戦術も心得ている」

「そうだな。お互いに、だ。領主兵も水賊も、どちらも『官』という感じの動きをしている」

「つまりこれは、単純な『暴れまわる犯罪者と治安を守る公権力との戦い』ではない──乖離もそう思うか」

「賊ならばもっとばらける。単純にその方が逃げやすいからだ。それに、賊なんぞ所詮は『弱ければ見捨てられる』。いかに大将がいようとも『隊列を組んで将を守りつつ、敵の隊伍とかみ合う』という戦いはしない。そのようなことをすれば、特に最前線の者の士気がもたない。隊列を組んでいるのに最前列の士気が低ければ、そのまま押しつぶされる。だから賊はそういう戦いが自分たちにとって不利だと知っているし、とらない」

「だが水賊一党、最前列の者まで、その目に『使命感』が見える。これは大層な訳アリだぞ」


「なんかこいつら普通に見物してるんだけど!?」

「そうなんだよ。本当にな」

「なんでアンタはちょっと嬉しそうなわけ!? その微笑みは何!?」


 青毛の猫耳娘の叫びはもっともである。

 戦場見物をする千尋と乖離も異常ではあるが、それに大声を発する猫耳娘を優しい微笑みを浮かべながら見つめる十子とおこも異様であった。


 十子の視点で語るならば、常識を語る役回りの者が一党パーティに増えたのを嬉しがっているわけだが、十子と千尋&乖離との積み上げたものを知らないキトゥンにとっては、『叫ぶ自分を優しく見つめる謎の女』であり、ようするに同じ穴のむじなであった。


 変人窟の外国人三名に囲まれたキトゥン、たまたま近場にいた乖離の腕をつかんで引っ張る。


「ねぇ! 逃げようって言って──こいつビクともしないんだけど!? 強っ! 力、強っ! 動くという意思を見せなさいよ! 目の前で起こってるの! 事件なの! 一般市民、特に外国人は逃げるべきなの! このへんにいた出店も一瞬で引っ込んだのわかんないの!?」


「キトゥン殿、何やらとびきり動きがいいのが、敵の頭目に躍りかかったぞ」


「あれは当代シルフ公のラヴィニア様! っていうか頭目って魔法杖ワンド持ちの方でしょ!?」

「いや、その魔法杖たらいう……宝石がはまった斧か? それを持っている者、先駆けなれど指揮官にはあらず。あれだけ統制がとれていると一目瞭然だが」

「何がイチモクリョーゼンよ! 何!? カレサンスイの一種!?」

「……一目でわかると思うが?」

「わかるわけないでしょ!? あ、っていうか、本当に指揮官なの!? え、嘘、待って、なんかつぶやいてない!? え、詠唱してる!? 嘘!?」

「詠唱とは?」

「古代魔法よ! 精霊語で詠唱して精霊に誓いを捧げると、代償がきつい代わりに大規模な破壊を──って説明してる場合じゃないんだけど!? 逃げるわよ! だから動けって! なんでこいつこんなにビクともしないの!?」


 乖離の腕を全体重をかけて引っ張っているが、乖離があまりに揺るがないので、キトゥンが驚いている。


 千尋はその行動を「はっはっは」と笑って見てから、


「乖離、どうする?」

「助けた方がよかろうな」

「俺はやはり、領主に助太刀すべきと思う」

「水賊の事情が気になる。詠唱というのは禁じられた、隠された技術のはずだ。『隠された技術に詠唱というものがある』というのは歴史書にもあるが、実際にその詠唱がどういうものかについての情報はない。ということは、隠された情報を閲覧できる立場の者であろう。気になる」

「では乖離は水賊に助太刀ということか」

「千尋は領主に助太刀だろう?」

「ではいったんここで、だな」

「ああ」


「こいつら頭おかしいの!? ねぇ! アンタも笑ってないで止めなさいよ! ウズメ大陸人ってまともな人いないわけ!?」


 キトゥンの叫び、というか嘆きである。

 これに応える十子、腕を組んでうなずく。


「ウズメ大陸全体っていうより、こいつらが上澄みだ」

「『こいつらが上澄みだ』じゃないんだけど!? 止めてよ! なんか仲間割れしそうな感じなんだけど!?」

「いやぁ、言っても止まらねぇからな……」

「あきらめないでよ! 戦うのよ、アタシと一緒に!」

「もうあたしは疲れちまったよ」

「がんばってよ!」


 キトゥンの嘆きはもう遅い。


 すでに千尋も乖離も、それぞれ味方すべき方へと駆けており……



 水賊頭領と千尋が、向かい合っている。


「かなりの手練れとお見受けする。我が名は千尋と申す。可能であれば名を教えていただきたいが、いかに」


 乱入してきた奇妙な外国人に、水賊頭領は眉をひそめていた。

 だが、千尋が名乗りを求めると、水賊頭領はフランキスカを腰からもう一つ抜き、両手にそれぞれ投げ斧を持った状態になって、微笑みを浮かべる。


 背の高い女だ。垂れた兎耳を備えた、純白の髪の女。

 上背は高く、乖離にも並ぶだろう。体格も太く、厚い。骨格と筋肉に優れた女がきちんと鍛え上げた、そういう肉体をしている。

 ぼろのシャツと腰巻スカートを身に着けているが、内側に何かを着ている。おそらく鎖のシャツか何かだろう。

 そして、大きな胸の谷間で白い光を放つものがある。いわゆる『魔法杖』の特徴として『宝石がはまっている』『その宝石は戦いの最中にうっすら光っている』というものがある。であれば、あの胸の谷間にある物も、『杖』とは到底呼べないが、魔法杖の一種であろう。


 その女は、穏やかな微笑のまま、応じる。


「名乗りを求められたならば、水賊頭領の身といえど、応じざるを得ませんね」


 もちろんアンダイン大陸の者全部が『名を求められたら応えねばならない』などという決まりを抱いているわけではない。


 騎士道ロウマンズだ。

 特に貴族教育に用いられる『道』。そこにおける堂々とした、規範たる振る舞い。

 ……誇りある者の所作。だからこそ、誇りを重んじる者は、名乗りに名乗りを返すことを避けられない。


「我が名、暴風テンペスト。これはそのまま、我が兵……賊どもの名でもあります」

「賊と自称する割に、声にも所作にも気品がにじんでいるが」

「賊のすべてに品がないというわけでもありませぬゆえ。特に、今のご時世であればなおさらです」

「そうか、やはり訳ありか。……まぁ、斬るが」

「ええ、気にすべきは敵の事情ではなく、味方の願い。こうして戦いの場に立つ以上、配慮するべきは、味方であり──踏みにじるべきが、敵なのです」

「実に好ましい」

「ありがとうございます。それでは──蹂躙いたしましょう」


 フランキスカが投げられる。


 出し抜けな投擲とうてきであった。

 千尋をして初動をつかみかねる、見事な業。


 回避しつつ接近しようと思った。

 投げられた瞬間までは、可能だと思っていた。


 だが、千尋の古強者としての直感が、大きな回避動作をとらせる。


 そのカンに従い動けば……


 投げられたフランキスカが、空中で不自然に軌道を曲げて、千尋に迫っていた。


 鈿女断うずめだちにて断とうとする。

 と、フランキスカはまた不自然な軌道で曲がり、持ち主の手に返っていく。


「面妖!」


 空中でぬるぬると動きを変えるフランキスカに、千尋が喜色を発した。


 視線を暴風へと戻す。

 と、彼女は腰から提げていたフランキスカ合計六本、すべてを、指の間に挟むように保持しており……


 同時に、投げた。


 戦場をフランキスカが舞う。


 その軌道は風に巻かれる木の葉のように不安定で読みにくい。

 だが暴れまわるのは刃のついた投擲用の重量バランスの手斧である。

 当然ながら周囲に被害がまき散らされる──


「暴風のごとし!」


 味方領主兵に迫るフランキスカ。

 その軌道を読んで、断つ。

 刃部分と柄部分に真っ二つになったフランキスカが、地に落ちる。


「が、破壊をすれば、この金属の風もやむらしい!」


「……奇妙な動きをなさいますね」

「応とも、よく言われる!」

「シルフ公もいる戦場で、あなたの相手をしている余裕はなさそうです。ここは、退きましょう」

「逃がすか!」


 千尋が飛び掛かる。

 事態に混乱していたシルフ公ラヴィニアも、千尋を味方とみなし、並ぶようにして暴風へと近づいていく。


 だが、この二人の前に立ちふさがる者がいた。


 長刀が薙ぐようにひらめき、接近していた千尋とラヴィニアを同時に払い散らす。


 その長刀の銘、もちろん、


「乖離ィ!」

「まずそうな戦場は片付けた。……少し早いが、やりあうか、千尋!」


 周囲に目を配れば、撤退ができなさそうなほど押し込まれていた水賊どもが、どうにか逃げ始めている。

 乖離が領主兵を蹴散らしたのだ。


 千尋はその時、乖離が倒したと思しき領主兵側に、一人の死者もいないことを看破する。


(なるほど、そういう決まりでか。相分かった)


 自分と乖離の勝負のルールを察する。

『死者を出さない』。


 この戦いに介入するが、人命を優先する。


 そういう立ち回りでやり合おう──というルール、だが。


 そのルールは、自分と乖離の間には適応されない。


 人斬りが二人、斬り合う。


 遠くから「あいつら本気で殺し合ってるんだけど!? なんで!?」という悲鳴のような声が聞こえてきたが、無視して刃を交わす。


 乖離の剛剣が石畳に亀裂を入れ、千尋が石畳の上を遅くとらえにくい動きで滑るように回る。

 刃を合わせる音というのはしなかった。互いに、剣を振って、体にも、刃にも、その剣は当たらない。


 だが嵐のように剣を振るう乖離と、その周囲で舞うように動く千尋との戦いは、その場の者たちの目を奪い魅了した。

 達人同士の戦いである。無駄な力は発生しない。だから、音もほとんどない。

 だというのに、人々はこの戦いから目を逸らせず……


「眼帯のお方、ともに我らの根城へ向かいますか?」

「そうだな、興味がある」

「では、こちらへ」


 暴風に招かれた乖離が、その長刀で地を叩く。

 すると石畳が砕けて飛び散り、千尋との間に一瞬、壁を作り上げた。


 暴風に引き連れられた乖離が、船に乗って去っていく。


 ラヴィニアと千尋の周りを領主兵が通り過ぎていき、彼女らも自分たちの船に乗り込もうとするが……

 領主兵側の船は目立たぬよう重要な部分が壊されていたらしく、一人二人と乗り込むと沈み始めたため、追いかけることがかなわない。


「鮮やか」


 思わず賞賛を口にしながら、千尋が刀を納める。


 かくして──


 アンダイン大陸来航初日。


 千尋と乖離は、敵味方に分かれた。

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