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第162話 ラヴィニア・シルフ公爵

 アンダイン大陸──


 この大陸は四大精霊と縁深い者たちが、それぞれ『王家』『公爵家』としてその血統と『精霊との契約』を引き継いでいる。


 貴族家の興りというのが『もともと精霊と相性がよく、その寵愛を受け、精霊が直接言葉を交わす者』であり、その者が精霊と交わした契約を代々の儀式によって子々孫々まで伝え、更新し続けることが『貴族家の存続』と呼ばれる。


 この港街シルフィアには風の精霊シルフと契約を重ね続けたシルフ公爵家がある。


 その領主屋敷は真っ白い石でできた五階建ての、遠くから見ると細長い印象を受ける屋敷であった。

 色が白であり、遠目に見れば塔のように見えることから、天女教を信じるウズメ大陸人からも印象がいい。白は天女教において(黄金を上におくとはいえ)神聖な色であり、塔という形状は天女の奇跡による例の建造物(ダンジョン)を思い起こさせるからだ。


 俗説として『天女とは、アンダイン大陸で言うところのシルフと同一の存在ではないか?』という説も語られることがあるほどで、アンダイン大陸とウズメ大陸との外交がさほどの問題なく続いている背景には、シルフと天女の共通点も、少なからぬ関係があるだろう。


 そのシルフ公爵家領主屋敷に、宗田そうだ千尋ちひろは招かれていた。


「このたびは助力に感謝をいたします。あなたたちがいなければ、水賊すいぞくのまき散らす被害はより甚大になっていたことでしょう」


 ぼかしてはいるが、シルフ公爵家当主ラヴィニア視点では、『詠唱を止めてくれた』というのが自らもてなすほどの大功にあたる。


 実際、あの詠唱を止めなければあの区画一帯が瓦礫の山と化していた。

 人的被害もすさまじかった──というより、水賊ども、詠唱が成ったあと、どう逃げるつもりだったのか、ラヴィニアにはそこがわからないほど、無差別な『暴風』が吹き荒れていたであろう。


 もちろん詠唱魔法は古代技術であり、禁じられ封じられた技法である。だから、『これこれこういうものでして、こういう被害が出る想定でしたよ』というのを、どこの誰とも知らない外国人に教えられはしない。

 だがこの『公爵自らが外国人を屋敷に招いてもてなす』という事実に、察する者はある程度察するであろう。


 実際──


 流れの中で巻き込まれたキトゥンなどは緊張しきりでガッチガチになっており、スカートの穴から出た長い尻尾がずっと立って、毛も逆立っている。

 椅子にテーブル、昼日中の日差しさしこむ東屋ガゼボ。柔らかな風があたりの草花を揺らす音の中で領主手ずからお茶を淹れ、上等な菓子を出してのもてなしだ。アンダイン大陸における『公爵』が『国のトップのトップ、上には王しかいない』ということ、そして当代領主がすべて武闘派であり、特にシルフ公は水賊との戦いの歴史がある怖い人・・・という風聞を知っている者として、キトゥンの緊張は無理のないものであった。


 十子とおこの身も固い。

 もともとこういうお上品な雰囲気が苦手なのと、キトゥンのガッチガチぶりを横目にしてるので、『今、自分はヤバい場所に座っている』というのがわかるからだ。


 この中で自然体なのは、千尋ぐらいであった。

 とはいえ、相手の立場や力などを察していないというわけでもない。単純に、慣れと心構えの問題である。


「おもてなし、痛み入ります。とはいえ、興味本位で加わったのみの、旅の剣士にしかすぎぬ我らには、あまりに過分。また、ご覧の通り異国の者ゆえ、作法、言葉遣いなど不十分かと思われますが、どうぞご容赦いただきたい」


「いえ。確かにアンダイン大陸風のマナーは知らぬ様子ではありますが、その身に『礼節』が隅々まで行き渡っているように感じられます。こうなると言葉遣いだの、所作だのといったものをあげつらう方こそ、マナー知らずのそしりを受けてしまいますね。どうぞ、言葉や姿勢などにこだわらず、当家自慢のお茶とお菓子をお楽しみください。……で」


 と、そこでシルフ公ラヴィニアが、席に着いて、テーブルに両肘を乗せる。


 長い兎耳の生えた小柄な女性だ。

 顔立ちには気品をまとっていたが、今の『で』と同時に心をよろっていた気品をはがせば、イタズラ好きな少女という様子に変化する。


 真っ白いふわふわの髪に、白い肌、その中で浮かび上がるような真っ赤な瞳、口角の他に唇の真ん中を持ち上げるような笑顔が、なんとも曲者の雰囲気を漂わせている。

 ただ白いワンピースタイプのドレスをまとった姿がどうしようもなく子供にしか見えず、それが彼女の知性と謀略の香りをいい具合にまで薄めていた。


「ウズメ大陸っていうのはただの旅行者誰でもが『魔法使い』に撤退を考えさえるほど強い──ってわけじゃないんでしょ。何者かっていうのは聞いてもいいの?」


 言葉を崩すと声の高さ、微妙に鼻にかかった幼さが際立つ。

 しかしこれでも千尋の倍は生きているという話だ。……もちろん、『現在の千尋の』倍、ようするに二十代半ば、ということらしい──と、ガイドのキトゥンがここに来るまでに、小声で興奮気味に語っていたのを、千尋は思い出す。


 千尋は少しばかり考えてから、方針を決定し、口を開く。


「基本的には暴力を売り物にしている身。この大陸にはまァ、仕事でな。とある貴人から頼まれた人物を探している、というわけだ」


 天女ミヤビ公認かつ公表はしない隠密の『商人マーチャント』捜索活動なので、嘘は一つもついていない。

 もっとも、公認の経緯を思えばミヤビは苦虫を噛み潰したような顔をするであろう。正確な『公認』の経緯は、『乖離かいりと千尋があまりにもゆずらないので、認めざるをえなかった』というものである。


 その乖離だが、


「で、同じ目的でこの大陸に渡ったはずの仲間がな、どうにも敵についてしまったらしい」

「……それ、言う?」

「いやぁ、気付いているであろう? で、そういう事情もあって、どういう人物か見定めるために、こうして御自ら言葉を交わしてくださっているのでは?」

「……大抵さあ、ナメてかかられるんだよね。子供っぽいから。この見た目と声がね」

「子供であることは侮る理由にならない。それが実際は子供でなく、見た目だけが幼いならば、なおさらだ」

はらを割った話がお望みってことかな?」

「それ以外を好まない、と言う方が近いな」

「好まなければ斬りかかりそうな雰囲気だぁね」

「さすがにそこまで狂ってはいないつもりだが、他者にどう評されるかは俺の関知するところではない」

「よろしい。ようするに傭兵ってことだ。んじゃあ仕事を依頼しよう」

「別にこちらの身内が向こうにいる間に手を貸すぐらいであれば、何もいらんが」

「あたしの領地で、あたしがなんも支払ってない兵力が、あたしの味方について戦うのは認めらんないねぇ」

「なるほど、そういうものだな。わかった。依頼を拝聴しよう」

「水賊『暴風テンペスト』の討伐」

「わかった。斬ろうか」

「……二つ返事はやりがいがないねぇ」

「肚を割った話がこれから始まるのであろう? そういうのは大体、『聞いたからには……』というやつだ。先に承諾しておいた方が話しやすいかと思ってな。いらぬ気遣いであったか?」

「いや、好みだよ。火の精霊サラマンダーの気質は、風と相性がいい」

「……ええと」

「真っ直ぐで好ましい、ってこと」


 アンダイン大陸とウズメ大陸、本当に言葉は『天の国』からもたらされたものらしく、通じる。

 だが文化背景が違うので、言い回しなどにはやはり、差異がある。


(方言のようなものか。まあ、どちらが『方言』かを突き詰めるといい結果にはならなかろうな)


 ラヴィニアがにんまりと笑って、千尋を見ている。


「いい顔だね、あんた」

「最近そう言われることが増えた気がするが、どうにも慣れんな」

「いいや、顔立ちじゃなくって──まぁ顔立ちもだいぶいいが、スピリット……『面魂つらだま』だっけ? そっちの方の話さ」

「なるほど。光栄です──と申し上げておこう」

「旅人って言ってたね? 今は街から出入りできないというのを最初に言っておくか。まぁ、『だからあんたたちは水賊をどうにかする必要がある』って説得材料にするつもりだったんだけども。二つ返事で引き受けられちゃったからねぇ」

「なるほど、水賊に外部協力者がいるという想定なのか」

「……いくつかの説明を省略できそうだわ。ま、そういうこと。最近の水賊は、血筋もいいんだが、装備と食料が潤沢すぎる。どっからかそういうのを運んでる手合いがいて──今回、『詠唱』まで使われた。こいつは街を封鎖する大義名分にもなる。本音を言えばさっさと封鎖したかったんだがね」

「詠唱というのはやはり、まずいのか」

「ああ、まずいね。とってもまずいんだわ。そっちの大陸で言うなら、天女様がいかにも破壊的な光をぶっ放そうと手の平にためてる──みたいなイメージかね?」

国崩くにくずしの導火線に火が点いた──というところか」

「なんだいそいつは?」

「……いや。俺の地方独特の言い回しだ。なるほど、『目の前の敵』を殺すには過剰な何かが行われようとしていたのだな。そして、そういう、大量破壊兵器の行使も辞さない相手であることが判明した、と」

「そそ。だから水賊『暴風』の討伐は、ようやく街や領を挙げて行うべき急務に格上げってこと。……シルフ公家は水賊との戦いの歴史が長いし、勝って来たんだわ。だからね、『水賊の相手』っていうのをそんなに本腰をあげてやらない風潮があった。これでようやく年寄りどもを説得できるってわけ」

「名家の当主だからこその苦労か」

「もしかしてなかなかの家柄の人?」

「いいや、地方の村生まれの、本来であればあなたのような貴人にお目通りすることなど適わぬ田舎者よ」

「……で、そういう状況なもんだから、向こうについたお仲間の命は保証できないよ」

「構わん」

「あの斬り合いを見て『だろうな』と思ったから、向こうに行かれる前に引き込んだんだけどねぇ」

「向こうも向こうで、こちらに俺がいるから手心を加えるとか、そういったことはせんがな。むしろ、俺がいないより躍起になってくれれば、嬉しい限りだ」

「面倒くさい関係性の相手ってことはわかったよ。……シルフ公爵家当主は代々、水賊相手の兵を陣頭指揮するから、市井に出ることも多い。言葉遣いも、人間関係も、貴族と市井両方を実地で学ぶ。が、それでもあんたらみたいな関係性は、ちょっとわかんないね」

「そうか」

「とにかく遠慮しなくていいことがわかりゃいいや。そんじゃあ、契約締結ってことで」

「いや、待ってくれ」

「条件?」

「そうではない」


 そこで千尋が十子を見て、


「いいか?」


「…………そのさあ。『許可はとりましたよ』みたいな問いかけはなんなんだ? もう最後まで決めちまえよ」


「いや、流れで公爵家につくことになったが、十子殿が水賊側につきたい可能性もあるのでな」

「そんな意思あったとして公爵様の前で口にしねぇよ!」

「素直になっていいぞ。ここから逃げる時間ぐらいは稼ぐ」

「殺し合い前提で意思確認をするのをやめろォ!? いや、つかねぇよ水賊になんか! あたしはこっちでいい! ついでに乖離もぶっ殺せ! 協調性ってのをオヤジの玉ん中に落としてきたのかあいつは!? もう死ななきゃ直んねぇなあいつの性質は!」


「というわけだそうだ。公爵様──シルフ公とお呼びするべきなのか?」


「ラヴィでいいよ」

「ラヴィ殿」

「……なんかあんたさあ、たまらない声してるよね」

「そうか? ……ともあれ、意思は聞いての通りだ。俺と十子殿はこちらにつくし、向こうにいる仲間は気にしなくていい。あとはキトゥン殿の意思確認をすれば──」


「つくわけないでしょ!? 水賊なんかに!」


「──これで、俺たち三人の意思は明確だ。街から出たい事情もある。水賊退治を手伝おう」


「めちゃくちゃな集団だあね。わかったわかった。最後の疑いも払拭されたよ。途中で説得されて向こうに寝返ることはなさそうだ」


「そうだな。同じ目的なので同行しているが、仲間かと言われると首をかしげる関係性ではある。そもそもにして旅の目的が『殺し合い』だ」

「……えーっと、まぁ、市井でも貴族界隈でもね、『知らなくていいことは、知らなくていい』ってのが円滑なコミュニケーションのコツなんだわ」

「金言だな」

「多くは聞かない。味方であり、敵に容赦しないならいい」


 その時ラヴィから発せられた気配は、現場で指揮をとり、実際に刃を振るい続けた武人のものであった。


 見た目が子供ぽく幼くて、ふわふわとした白い毛やドレスなど、いかにも御嬢様だが……

 実際には、水賊の相手をし続けた家で生まれた『魔法使い』──つわものである。


(……暴風、か。このラヴィ殿が仕留めきれなかった相手。俺の奇襲に反応した女)


 かなり大柄の、垂れ耳の女。

 あれもまた、つわものである。


 千尋は舌なめずりをした。


「……楽しみだな」


「ちょっとなんだろう、その顔危ないからやめたほうがいいんだわ」


 ラヴィが突っ込む声に、十子が『わかるよ』とうなずいた。


 ……かくして、千尋らの行動指針は決定し。


 一方、乖離はといえば──

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