火。
音。
水柱。
(銃も砲もなかったはずのこの
感心してしまう。感心するしかない、とも言う。
(これが、『戦争』か)
剣術というのは、遊びである。
千尋のいた時代、すでに銃があり、砲があった。
戦場における近接武器はすたれてはいなかったが、たいていが槍を用いるものであった。
剣という武器がそういった戦争の中で役立つことはなかった──とまで言えば言い過ぎだが、剣術が役立つ段階にまで追い詰められないような立ち回りこそが重要であったのは否定しようもない。
千尋は確かに、銃弾より速く、火砲より強い女どもと斬り合ってきたが……
その女どもは速く強力であるが、
このように遠方から狙撃めいたことはしてこない。
こちらの剣がどうあっても届かない距離から一方的に攻撃してきたりはしない。
だが、卑怯ではない。
これこそが戦争なのだ。相手に反撃を許さずに一方的に倒す方法を突き詰めていくこと、それは、味方の被害を抑え、相手を倒す最上の方法なのだ。そこは、否定しようもない。素晴らしいと絶賛さえしよう。
しかし、
(……うむ。つまらんなぁ)
千尋が望むものは『勝利』ではなく、戦いだ。
己のすべてを懸けた上で命を奪い合う戦いこそ、千尋が望み、弱さを身にまとってでもやりたかったことである。
だが、火砲、銃は──
(軽い、のよな)
命の手ごたえに乏しい。
……『戦い』という場でそんなものを求めるのは、よろしくないことだと理解している。
理解しているが、だからなんだという話だ。『正しいのはわかる。だが、自分の求めるものはそれではない』という話なのだ。
(とはいえ、ああも遠距離から一方的にやられては、反撃のしようもない。『詠唱魔法』というのも使わぬようにしているらしいし、はてさて、この戦場でただの人斬りが何を出来るのやら)
と、思った時点でやれることは決まっている。
だから千尋は、少し離れた場所で指示を飛ばしているラヴィニア・シルフ公へと声をかけた。
「もし、ちょっと敵の旗艦まで走って、総大将を斬って来ようかと思うが、いかがか?」
千尋の声はどのような状況でも女の耳を惹く。
その場にいた女ども、ラヴィニアも含め、この砲火の立てる轟音の中だというのに、一斉に千尋を見た。
しばらくは『何を言われたのかわからない』という沈黙があったが……
最初に持ち直したのはやはり、白い兎の耳を備えた小柄な公爵、ラヴィニアであった。
「……まぁ、それしかないんだわ。そんで決死隊をどうしようかっていう話──の前段階の話をしてたとこ、なんだけど」
言い回しから、公爵という立場がはらむ厄介なことが踏ませる、ラヴィニア一人きりであれば無視できる手順が発生しているのがわかった。
千尋は笑う。
「では行くか」
「ちょいちょいちょい待つんだわ。だから部隊編成を……ああとにかく、少し待つんだわ」
「あまり待たせるようなら行ってしまうが」
ラヴィニアがため息を一つついて、千尋から部下へと視線を動かした。
「……そういうわけで、あたしが行くから。いいね?」
「しかし、敵旗艦に公爵自ら突撃というのは、いくらシルフ公が陣頭指揮をとる家柄だと言っても──」
「だから! 時間の浪費は被害を広げるだけ! 相手が詠唱魔法を使わない以上、こっちから詠唱魔法を使うこともできない! 突撃するのが一番で、相手旗艦には『
「しかし、しかし、相手はこのわけのわからない『鉄の大岩』を飛ばしてくるのですよ!? 相手の旗艦でこれを喰らえば──」
「ああ、なるほど、そういう認識なのか」
千尋は思わず笑ってしまう。
……この世界には魔法がある。
それは精霊の力を借りているとはいっても、個人が発する力だ。
だから彼女たちは、この火砲というものが、詠唱魔法まで行かない誰かの魔法だと考えており、その魔法の性質として『鉄の大岩を飛ばす』という能力が発揮されていて……
この『鉄の大岩』は、近場の者に向けても放てると、そういう認識なのだ。
確かに遠距離からでも船を沈めるような、しかも雨あられと降り注ぐ『鉄の大岩』。
これを至近距離からその身一つに喰らっては、シルフ公といえどひとたまりもないだろう。
だから千尋は、言ってやることにした。
「この『鉄の大岩』はな、火薬によって、あの金属の筒から放たれるものよ。あの『火砲』のついた船に乗り込んでしまえば、飛んでは来ない」
「なぜそう言える!?」
「そういうものだからとしか言えんなぁ。詳しい仕組みを解説するほどの知識はなし。ま、そういうわけだ。乗り込んでしまえば安全だぞ」
「しかし」
「では、俺は行く」
「ちょいちょいちょい! 待てって! ああもう、あんたら! 食客を一人で突っ込ませんの!? 公爵の体面としてもそれはできないんだわ! あたしも行く! いいね!?」
ラヴィニアが苛立ったように叫ぶ。
周囲の者はまだ止めたそうだったが、千尋が歩き始めると声を発することもできない様子だった。
……とはいえ。
ラヴィニアの右腕である、長身の女性が言う。
「乗り込めば確かに安全なのでしょう。けれど、乗り込むまで、どうします」
「それはまァ、『お祈りの時間』というやつだ」
千尋が答える。
……実際。
女どもの攻撃をいなし、銃弾さえ返してのける千尋だが、火砲をどうこうすることは難しい。
まず千尋が女どもの攻撃を予測し、はるかに自分の認識を上回る速度と力に対応し、これを流したり返したりできるのは、相手に『意』があり、その行動予測が可能だからだ。
しかし火砲には『意』がない。
銃や砲といった兵器の良い点だと言ってしまえるが、命を奪うために必要なストレスが軽くなるこれら兵器は、発する者の意が乗りにくい傾向がある。
そういう『意』を読めない兵器から、暗闇の中で放たれる砲弾は、千尋といえど予測が難しかった。
また、あの砲弾は良くも悪くも狙いが正確ではない。
船載砲の特徴と言えるのかもしれないが、『一定範囲に弾をばらまく』という用法で使われるあの兵器、狙った個所に狙ったように落とせない。少なくとも、『人を狙って放ち、その人の胸あたりに当てる』などという繊細な──弓矢であれば可能であるコントロールが利かない。
意が読めない上に、砲門の向きからの軌道予測が困難であり、なおかつ速度があって質量があって、金属ゆえに刃が当たれば真っ二つになるといったたぐいのものでもない。
そういう兵器を前にしては、
「……この世界で、俺の常識を超える者どもを斬ってきたが──まさか、運に生死を預ける瞬間が来ようとはなぁ」
実力の伯仲した相手との戦い。その決着には運が絡むこともあろう。
だがそれは試し合い、斬り合いの果ての、最後の決着が運による、という性質のものだ。
ああも最初から『運ゲー』を強いてくるのは、やはり千尋の好みではない。
とはいえ、行かないとどうしようもない。
弾切れを期待するのも難しそうだ。どう作ったのか、どう収納しているのか、敵の弾幕は途切れることがない。
「あんたはあたしが守る」
ラヴィニアが『
千尋は笑った。
「これは心強い。では──」
いざ、行かん。
……そう、述べようとした時だった。
敵の旗艦。
その船体を左右に分けるように──
一筋の光が走る。
「超魔力反応! 警戒!」
ラヴィニアは『魔力』を感じたらしい。
だが、千尋は何も感じなかった。
それどころか、あれは『魔力』ではないという確信があった。
……一瞬のきらめき、その残光も消え去ったあと。
敵旗艦が、左右に真っ二つに分かれ始める。
「…………はぁ?」
詠唱魔法でも始まるかと思っていたラヴィニアが、気の抜けた声を発した。
千尋は──
「はっはっはっはっはっは!」
大笑する。
体を揺らし、上体をそらしての大笑いだ。
涙さえ浮かべるほどの、大笑いだ。
その理由は──
未だに笑いが収まらぬ中、千尋は、語る。
「……そうだよなぁ。ああ、そうだとも。やはり、こういった兵器は、つまらんよな。わかる、わかるぞ。俺も同じ気持ちだとも──
敵旗艦で何が起きたのか。
それは──