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第177話 『強者』と『弱者』

 砲火の轟音が響き渡る。

 あまたの銃が炎と煙に紛れて金属つぶてを撃ち出す。


 その光景は戦争だった。


 ただし、その戦争をしているのは、一人の商人マーチャントと……


 二人の人斬りである。


「いやはや、近付けん! 『弾幕』とはかくも厄介なものか!」


 嬉しそうに叫ぶ男はもちろん宗田そうだ千尋ちひろ

 後ろで一つ結びにした黒髪が揺れ動き、体に遅れたそれの先を弾丸がかすめる。


 銃弾を見てから避けるというのは御伽噺だ。

 そのようなこと、出来るわけがない。


 だから千尋の成すことはこれまで、この世界での戦いで行ってきたことと変わらない。

 予測し、相手が放つよりも先に避けておく。


 この『商人』の弾幕──

 船から放たれる砲火より、よほど読みやすい。


 それは『商人』の意が乗っているからだ。

 千尋への殺意が乗っているからだ。


 加えて、


(制御できる銃口は多くて三つ。それ以外は並べ、放つのみ)


 砲口と銃口がほとんど無数に──合わせて百にも及ぼうかというほど並んではいる。

 だが、その多くは『狙って』いないのだ。銃口なりの方向にしか飛ばないのだ。

 ライフリングのない銃である。精度は甘く、まぐれ当たりはありうる。

 だがそれを加味したところで──


(銃口が弾丸を吐き出す範囲を避け、こちらを狙う最大三つの銃口を避け、動き続ける限り、弾は当たらん)


 理論上、という話だ。

 だがしかし、人の身で理論値を出すのが千尋という男。脆弱な肉体でこの世界に降り立ち、あまたの女に勝利してきた剣神である。 


 その千尋をして、


(だが、避けられるだけで近寄ることができん。いや、近寄っても、銃口ごと別な位置に移動される)


 転移魔法。

 アンダイン大陸の中でも特異な技能に分類されるそれは、大陸から大陸へ渡るような超長距離移動も行うが、一方で、距離数メートルという範囲を矢継ぎ早に転移してのけるのもやってのけるらしい。


 その『商人』の、魔法込みでない速度──


(遅い。身のこなしがおおよそ、『武』をかじった者ではない。もちろん女であるから俺よりは速かろうが、この俺でさえ、相手が動き出してから間に合う程度の速度しかない)


 弱い。

『商人』は、『女』として、弱い。

 それを補う武術もない。ほんのわずかな手ぶり、視線の動く速度、認識能力、重心。そういうものを見るだけで、素人であることがまざまざと伝わってくる。


 だというのに、


(強い。なるほど──弱者の戦い、か)


 この世界は、女が強く、男が弱い。

 それは『女が強く男が弱い』という、言葉通りの意味ではある。

 だがそれ以上に、『女は強くあるべきだ』という、女に対して女が期待する義務があることもはらむ言葉だ。


 その中で、『商人』は明らかに『弱い女』だった。

 女が期待する、女が女に求める『女の条件』を満たしていない。そういう、女だった。


 ……『商人』はここまで魔法を自在に、そして大量に使うが。

 ではシルフ公などが、こういう魔法の用法をしていたかと言えば、そんなことはないのだ。


 魔法があろうが、神力による特殊な属性があろうが。結局のところ、女が女に期待するのは『マッチョイズム』──(肉体的な)とカッコ書きがつく、強靭さ、たくましさ、勇敢さなのだ。魔法に頼り切る戦いは、恐らく『女々男々しい』と言われてしまい、社会に認められない強さなのだろう。


 ある意味で『商人』は、千尋と同じなのだ。

 肉体的な強さでどうあがいても他者に敵わないから、世間ではあまり認められない『それ以外の強さ』を求め、鍛えた者、なのだろう。


 ……そこまで理解してしまえば、千尋の気持ちは、こうなる。


「同じ『弱者』同士──負けてやるわけにはいかんなァ!」


 踏み込む。


 銃弾が頬をかすめた。かすめただけで、首が持っていかれそうになる。

 弱い肉体。ほんのわずかな衝撃にも負けそうで、ほんの少しの傷で体の底からごっそりと力が奪われるような肉体。

 その千尋が、技術で銃弾の雨をかいくぐり、『敵』へ肉薄する。


 だがしかし、『敵』の逃げ足は速い。

『まるで消えたかのような速度』ではないのだ。実際に、『一回消えて、また出る』のだ。

 動きの初動を捉え切れたからといって予測ができるものではない。足の向きや重心の動き出しといった情報ではなんの役にも立たない。


 ……ただ。

 千尋と『商人』が戦いを始めてから、すでに十合はくだらぬやりとりが発生している。


 その中で敵の次の行動を──次にどう動きたがるかを読むのは、千尋にとっては当たり前に出来ることだ。

 加えて、


「見切った」


 この場にいるもう一人の人斬りは、千尋と斬り合い、決着をつけんとする手練れ、乖離かいりである。


 長刀が商人の出現位置に振るわれる。

 商人は防御のために金属の盾を出現させる、が……


 盾に、長刀が触れる。

 瞬間、商人の背筋を悪寒が走る。


 三十ミリの分厚い鋼板だ。盾、というよりも武骨な、板、と言うべき物体。加工前の素材である。

 だが、それに、長刀・乖離がめり込む光景を、商人は見た。


 慌てて再転位。


 それより一瞬速く、盾が斬り裂かれ……


 刃が商人の首を撫でた。


 ……転移、出現。


 千尋・乖離から充分に離れた場所に再び出現した商人は……


 首筋を抑え、流れ出る血を止めていた。


「断てなかったか」


 乖離は血振りをし、再び構える。


 商人は──


「……人の大砲を、全部ぶち壊してくれましたね」


 乖離を忌々し気ににらみ、悪態をついた。


 ……千尋が回避をしている間に、乖離がしていたこと。

 それは商人の展開する兵器の中でも厄介な大砲を、斬り裂き、し折り、ぶち壊すことであった。


「大砲を放置して、私を狙えば、殺せたでしょうに。……そっちの男を犠牲にすれば、勝てたでしょうに。経過にこだわりますか。強者め」


 憎悪である。

 それを受け止める乖離は、首をかしげた。


「経過というより結果だろう、これは。私はこのあと千尋との殺し合いがあるので、つまらん兵器で死なれても困る。加えて言うならば、別にこの男を守ろうという狙いだけではないぞ。大砲のみが私を殺し得る。だからその可能性を潰した。私の命に届くものがそれしかないのならば、それを潰せばあとは、無抵抗なお前を狩るだけの楽な仕事だ」


 認識のずれ。

 乖離は商人の相手を『戦い』とは考えていない。

 天女教で男隠しの村を焼いて有象無象を斬り捨てる時のような『作業』という認識だ。


 だから十分に安全に気を払う。

 ……そして、実際。


 乖離は肩口に突き刺さっていた金属のつぶて──銃弾をつまみ、ぽいっと捨てた。

 その銃弾が食い込んでいた場所にはわずかな傷があった。だが、それは、すぐに治っていく。


 これには千尋が笑った。


「つくづくすさまじいな、『女』!」

「いや、どうだろう。大抵の女はあの玩具・・でも殺せるだろう。異形刀程度の完成度はあるのではないか?」


 笑い合い。

 大砲を潰して安全を確保した乖離はもちろん、まだまだ『死』を前にしている千尋さえも、笑っている。


 商人は、その笑いが、とてつもなく癇に障った。


「……『経過にこだわる』『経過を楽しむ』『よりよい結果を目指す』」


 つぶやきには怨念が込められている。

 商人にとって、千尋らの余裕、強さは、手の届かぬところにある光だった。

 彼女の暗闇に満ちた人生の中で、いくら切望しても手に入らない、『生まれつき持っていなければどうしようもないもの』だった。


 ……だからこそ、伸ばした手は、震えている。

 怒りと憎悪で、震えている。


「それを『努力』で出来ると信じる余裕。……『成功しなかった者たちは必死でなかった』と嘲笑う傲慢──」

「別に嘲笑ったりはせんぞ」

「──お前たちにわからせてやる。世の中には生まれつき届かぬものがあまりにも多いのだと」


 千尋の声は、商人に届いていない。

 ……商人の目に映るものは、もはや、千尋でも乖離でもない。


『強者』だ。

 彼女が恨み続けた『強者』。彼女が憧れた光の中に生まれつき存在する『理不尽な強者』。

 ……千尋と乖離はこの時から、商人が恨む『特定個人ではないもの』を象徴する人物になってしまった。


 実際の千尋らの性質とは無関係に──


「──弱者の立場に立って、実感するといい。『努力の及ばぬことはあるのだ』と」


 ──千尋らは、商人が追い続け、恨みをぶつけるべき『宿敵』の属性を帯びさせられてしまった。


 ……商人の姿が、かき消える。


 千尋は肩をすくめ、


「あそこから首を刎ねられたと思うか?」


 問う。

 乖離は首を左右に振る。


「『転移』がある限りは無理だな。私の剣より速く移動する相手を捉え切ることはできん。やはり、暗殺か」

「とはいえ場所を掴もうにもやはり『転移』は厄介だぞ。加えて、無数の武器を取り出す『収納』も対策がいる。兵器の生産拠点を潰したいが、はてさて、『生産』まで魔法でやられているのだとしたら、こいつは厄介どころの話ではないぞ」

「ともあれ、もうこの場にはいなかろう。つけた傷は深かった。女であれば死ぬまではいかんだろうが、流した血の量から見て、しばらくは休息して血を増やさねばならんだろう。あとは、この戦いの決着を──」


 見届ける、と言おうとしたのか。

 あるいは、『つける』と言って、再び戦場に介入しようとしたのか。


 そのどちらの言葉も発せられることなく──


「……なんだ?」


 乖離と千尋、同時に『シルフの聖骸せいがい』へと目を向ける。


 そこで起こっていたことは……

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