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八章 鋼と煙のサラマンデル

第182話 サラマンダー領へ

 宗田そうだ千尋ちひろの前にあるのは、『煙』だった。


「あれが──『サラマンダー公』の領地かァ」


 ごつごつした黄土色の大地の向こうには、連なるはげ山が見えた。

 噴き上がる煙は白黒、そして灰色と様々なものである。


 火山がある。

 恐らく、温泉もあろう。


 鉱山がある。

 恐らく、採掘場があろう。


 そして──兵器を製造している。

 ゆえにこそ、工廠こうしょう、工房があろう。


 シルフ公から聞いた話では、サラマンダー公の領地、特に領都サラマンデルでは武器製造が盛んらしい。

 戦乱もないこの世に武器というのがそこまで勢いこんで製作されるものか? という疑問はあったが、なんでもサラマンダー公の領地は全体的に──『公爵』の領地は下位の貴族に貸している土地まで含むため、極めて広大だ──尚武の気風が盛んであり、実戦さながらの演習が行われることも多いのだとか。

 そのため戦時中かのごとく武器、防具製造が盛んなのが常であり……


 たとえば、大砲などを製造する設備もあるし、いきなりそういった『近代兵器』を製造し始めても他の領地からは気付けないほど、もともとかなり武器を作っているのだとか。


 とはいえシルフ公がなんの情報も持っていなさそうだったというのは、心に留めおかねばならない情報ではあろうが。


「『あの剣』はここで作られてのかねぇ」


 そう述べるのは天野あまの十子とおこ

 天野の里という、天女に認められた御用達の鍛冶屋の里。その時代ごとに一人しかその名を名乗ることを許されない岩斬いわきりを継いだ天才刀鍛冶である。


 十子が述べる『あの剣』とは、天女教総本山襲撃のさいに、サルタが所持していた両刃の剣だ。

 いわゆるロングソードと呼ばれるものであり、その製法は『鍛造』ではなく『鋳造』である。


 鍛造というのが鋼を叩いて伸ばして折り重ねていくつもの層を作り、極めて単純に述べれば鋼をミルフィーユのようにして薄い鋼の柔軟性、粘りと厚い鋼の硬度を併せ持つように仕上げるものだ。


 その点で言えば鋳造品というのは叩かず、溶かした金属を型に流し込んで造り出す。

 もちろん刃であるから、研いだり磨いたりということはするものの、『薄い鋼と厚い鋼、両方の性質を併せ持つ』というものにはならない。厚ければ堅いが脆い。薄ければ柔らかいがすぐ曲がる。

 鍛造品に比べればさほど質がいいとは言えないが、その製作方法から大量生産が容易い──と、よく・・言われる・・・・刃物である。


 だがしかし、当代岩斬の十子が、サルタの剣を見た限りにおいて、そういう風評は当てはまらない。


「ありゃあ、金属を活かす剣だった。金属が金属のまま、刃物になった剣だった。うまく配合することで、全体を均一な性質にして、ただ削るだけでも切れ味を取り戻せる、そういう剣だった。しかも──あんな鋼、見たことねぇ。……どういう鉱物を使ってやがるのか、確認できりゃあ、してぇもんだな」


 そう述べる十子を見て──


 ふっと笑うのは、乖離かいりである。


「……お前は相変わらずだな、十子」

「あぁ? お前があたしの何を知ってやがんだ」


 十子と乖離、因縁というか、溝というか、そういうものがある。

 というより、乖離の側が十子とは『別に一度も離れたことがない幼馴染同士です』というように付き合うのだが、十子の側に複雑な想いがありすぎて以前のようにはいっていないので、微妙なかみ合わせのずれ──というより、乖離に対し、十子が無駄に突っかかるという関係性が醸成されていた。


 ちなみに乖離と十子、どちらの対応が常識的かつ共感性が高いものかと言えば、十子の方である。

 普通、『自分が贈った刀がきっかけで人斬りになり、里から逃げ出してフリーの殺し屋みたいなことをやっていた幼馴染』に、幼いころのように接しろというのが無理な話である。

 しかしそういう経緯がなかったように乖離が十子に接するので、十子はますます『こいつは本当によぉ……!』という気持ちを募らせていき、結果として、乖離に対してはむやみに当たりが強い感じになってしまっていた。


 しかし乖離、そういうのを全然気にしない女なので、普通に言葉を続ける。


「お前が鋼や武器といったものを目の前にすると、気になってたまらなくなることは、よく知っているが」

「……」

「昔もあっただろう? 当時の岩斬に贈られた剣をだな、鍛造法が気になるとか言ってぶち折って──」

「あああやめろやめろ! てめえ! そいつは秘密だって話になってただろうが!?」

「しかしだな、『お前があたしの何を知っているのか』と問われたので、知っていることを……」

「そういう話じゃねぇんだよ! 相変わらずクソボケだなてめぇはよぉ!?」


 最初、千尋との二人旅であった。

 今は海を渡った先の異国におり、旅の仲間も増えた。


 だがしかし、十子が常識人的なポジションに置かれるのは変わっていない様子だ。

 とはいえ、常識人が増えていないということもない。


「ねぇ!」


 と、声をあげるのは青毛の猫獣人のキトゥンだ。


 ここ、アンダイン大陸の人間には獣のような特徴が備わっている。

 キトゥンは猫系であり、その耳はふさふさした毛が生えた三角形のものであり、位置も頭の上にある。

 そして腰の後ろからは長い尻尾が生えており、彼女の感情に合わせて動く。


 今はピンと立った状態であり、何かを警戒している、何かに怒っている、という様子だった。


「もうすぐサラマンダー領の関所なんだけど、このまま堂々と行くわけ!?」


 千尋たちは通行手形をもらったが、それはあくまでもシルフ公のお膝元を自由に行き来できるようなものでしかない。

 しかも千尋たちの旅の目的を知り、なおかつ、シルフ公の領地で千尋たちが『シルフの聖骸を破壊する』ということをやってのけたものだから、非公式なものである。


 この通行手形を持った千尋たちが何か騒ぎを起こしてシルフ公に問い合わせがいけば、公は『シルフの聖骸が壊されたどたばたで知らん間に通行手形を持ち出されていた』と答えるしかないというのが、公直々に説明されたことであった。


 ……とはいえあのラヴィニア・シルフ公、案外義理堅そうなので、もしも千尋らがやらかして公に連絡がいったのであれば、何かはしてくれそうではあるのだが。


 実際にとてつもなくばたばたしている公に問題を運ぶのも忍びない。

 なので千尋は、「そうだなぁ」と顎を撫でる。


「やはり、堂々と行っては問題があるか」

「商売人でもない外国人がアンダイン大陸のこんな奥まで来ることなんかないんだから、絶対に何か聞かれるわよ! その質問への対策はあるのかって話をしてるの!」

「観光」

「誰も来ないわよこんなところ! 観光なんかいるとしても、シルフィアからまっすぐ王都に向かうに決まってるでしょ!?」

「そうなのか。人種も──まあ、見た目ですぐわかるので誤魔化しようもないか。さてどうするか」

「ねぇ! もしかして、アタシがこの質問するの初めてだって思ってる!? 違うからね!? シルフ領を出てからここまで、もう十回は聞いてるからね!? 準備しておきなさいよ!」

「準備も何も、すべき準備がないし、歩いているだけでは情報も増えんので、いまだに『どうするか』しか答えようがないというのが現実的なところだな。いやはや、平和な旅路であった」

「夜盗に何回か襲われたような気がするんだけど!?」


 残念ながら政治的な混乱が起こっている最中──現王によって貴族家がいくつも改易かいえきされたりなどのことが起きているので、アンダイン大陸の治安は現在、さほどよくない。

 もともと貴族関係の商売をしていた者が身を落としたと思しき夜盗から、貴族であっただろう夜盗、そしてそういうのとは全然関係なさそうな根っからの夜盗まで、夜に見張りを立てずには眠ることも出来ない大盤振る舞いであった。


 もっとも、千尋、乖離という二人を備えたこの四名に対して夜盗行為を働くのは、ウズメ大陸においても自殺行為であったし、アンダイン大陸でもそのあたりは変わらないらしい。


 千尋も乖離も、この大陸でもそこらへんの雑魚どもには負けようがない。

 精霊の力を使い、魔法を使う──とはいえやっていることの内容は神力しんりきを使うウズメ大陸人とほぼ変わらないのだ。

 もっとも、上澄みまで行くと、ラヴィニア・シルフ公爵や水賊であったアリエル・テンペストなどの領域の者がおり、そういった者はウズメ大陸人より不可思議な力の比重が大きいようにも感じられるのだが。


 ……と、歩いている間に、関所の兵と目が合う距離まで来てしまう。


「どうすんのよ!」


 小声で叫ぶという器用なことをしながらキトゥンが問いかける。


 千尋は「まぁなんとかなるだろう」と気楽な調子だし、乖離もこのへんのことを気に掛ける女ではない。

 十子は常識人なのだが、この二人の非常識に慣れるぐらいの旅をしてきているため、事ここに至ればぎゃあぎゃあ騒ぎ出すようなこともない。騒いでも疲れるだけなのを学習しているからだ。


 果たして赤くメッキの施された鎧を着たサラマンダー公爵領兵に呼び止められた千尋たちは──


「どうぞ、お通りください。サラマンダー領へようこそ」


 しばらく顔を見られ、関所兵が詰め所で何かを確認するひと手間こそあったものの、そのように関所を通されることになった。


「簡単だったなぁ」

「サラマンダー公の領地ってもっといろいろ厳しいって話だったんだけど!」


 キトゥンはすんなり通れても怒っている。


 千尋は「はっはっは」と笑いながら──


(確かに、おかしい。あの者らの俺を見る目……あれは)


 千尋は、思い出す。

 青田あおたコヤネ率いる天女教軍団に、天野の里で性別がバレたことがあった。


 その時の、目。

 ……あの時ほど崇拝的ではないものの、女が女に向けるものではない目を、感じた。


 もちろん性別偽装はしているし、キトゥンにもバレていないぐらいだから、少しすれ違うだけの関所兵などは欺けるものという目算であったが……


(何か、一波乱ありそうだなぁ?)


 サラマンダー公爵領。

 入った途端に、わくわく・・・・する・・様子であった。

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