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第188話 組合

「オレらは現王とサラマンダー公の圧政に反対する……まぁ、『組合』のモンだ」


 宗田そうだ千尋ちひろらが連れ込まれた先、どこぞの鉱山跡地であった。


 木材で補強された山の中のうろ

 かつては鉱物を入れるのにでも使われていたのであろう木箱が、壊れたままあちこちに打ち捨てられていた。

 つるはしのような物も落ちており、そして……


 その空間の中に、多数の女がいる。


(『穴掘り』をする者たちか)


 鉱婦こうふと呼ぶべき淑女たちである。

 誰もがたくましい体つきをし、それとは対照的に疲れ果てて目元などがくぼんだ顔つきをしていた。

 頬や体、服にこびりついた鉱山仕事の汚れはもはやとれないのだろう、刺青すみのごとく彼女たちを飾っている。


「鋼を扱う連中もいるな」


 と、述べるのは十子とおこである。

 確かにそう言われてみれば、なんとなく鍛冶などの……『溶けた鋼と接することの多い者』の特徴らしきもの(特に手と目に現れる)を備えた者たちがいた。

 しかし一目で見抜くのはさすが、当代岩斬いわきりというところだろう。


 千尋らは、自分を連れ出した女に視線を戻した。


 小柄で痩せた女だ。

 どこか不敵な笑みを浮かべてはいるものの、なんとなく無理でもして自分を大きく見せようとしている感もある。


 服装は袖のない粗末な生成りの貫頭衣であり、腰には紐のベルトと、そのベルトに通された革製のバッグがぶら下がっていた。

 ぱっと見てわかるような武器はなく、千尋の目からしても、数個の小石を服の裏側に入れているな、というぐらいしか武装は見当たらなかった。


 もっとも、このアンダイン大陸においては『魔法杖ワンド』という武装があり、その魔法杖の条件が『宝石がはまっていること』なので、石一つでかなりの兵器、ということもありうるのだが……


(まったく強くはないな……)


 先ほど手を引かれた時にも思ったが、この女、まったく強くない。

 くすんだ緑色の髪の毛をして、ぼさぼさに伸ばしたそれを後ろで一つくくりにした、どこか少年っぽい雰囲気のある女である。


 だがしかし、周囲にいる筋骨隆々、いかにも強そうな女たちから一目置かれているのが視線でわかるし、態度としても、彼女が一番上等な椅子(打ち捨てられた木箱の中でもきれいなもの)に座らされているところから、この中で最も地位が高いのだろうというのはわかる。


 その女は、どこか引きつったような印象の笑顔で、こう述べる。


「いや、オレらは危険な者じゃねぇよ。男の扱いもな、そのへんも、サラマンダー公には反対してる。だから、『部屋』に閉じ込めておこうとかは、思ってねぇんだ。そもそも俺たちは、そういう……」

「いや、組織の主義主張よりもまずは、俺を助けた理由をうかがいたい。……が、その前に、名前だな」

「……こいつは失礼した。オレたちは『組合』……正しくは『鉱山労働組合』だ。鍛冶屋、鉱婦、そういうサラマンダー領できつい肉体労働を課せられて、そのくせかえりみられねぇやつらが、待遇改善を求めて組織した組合……だったんだがなぁ。今は革命勢力で、お尋ね者ときてる。こんなはずじゃなかったんだが……」

「それで、そなたの名は?」

「……重ね重ね失礼。オレの名前は『ジニ』だ。この『鉱山労働組合』の組合長、まぁようするに……革命の組織のリーダーをやらされ…………やってる」

「そうか。俺は……」

「聞いてたよ。ソーダ・チヒロだろ。……男だってことで騎士団に囲まれて、サラマンダーのやつに戦いを挑まれて、そんで生き残った、男だ」

「……」

「だがな、詠唱魔法はダメだ。あれを前に逃げないのは、さすがに見てられなかった。……いやな、オレはなんとかするんじゃねぇかって思ったんだけどさ、みんなが……」

「それで、こちらの自己紹介は以上でいいか?」

「あ、いや、そっちの三人のことは知らねぇ。よければ名前を教えてくれ」


 十子、乖離かいりが名前だけというぶっきらぼうな自己紹介をする。

 そして、


「アタシはキトゥンよ。その……」

「聞いてたよ。王様の娘の一人なんだろ? しかもサラマンダー公公認」

「どこから見てたの!?」

「いやいや、オレらはさ、革命勢力のおたずね者だぜ。公爵に率いられた騎士団が動き出したら、そりゃもう、最初から最後までたっぷり見るよ。何せ、潰されるのはオレらだと思ってたぐらいだからな」

「……」

「ところが観察してたら『男』に『王様の娘』に──なんだなんだ? オレを情報量でノックアウトする気か? 自慢じゃねぇがオレの鉱山ボクシングの戦歴は全試合KO負けだぜ。いやまあ本気出してねぇだけだが……」

「そのことなんだけど、アンタらは、アタシたちをどうするつもりなの?」


 キトゥンの目と声に警戒心と緊張感がにじんだ。


 王様の血筋である。

 そして千尋は男である。


 サラマンダー公の手から逃れたとして、逃してくれた人たちを警戒しない理由にはならない。

 ましてこの連中がサラマンダー公に歯向かっている革命勢力だとくればなおさらだ。


 するとジニはひくついたような笑みを浮かべ、肩をすくめた。


「『どうするつもり』? ハッ! わかるかよ!」

「……ええ?」

「情報量が多いんだよお前らはよぉ! お、オレらはな、そもそも、待遇改善のために集まったんだ。それが流れの中で革命勢力になって、向こうが圧倒的に頭数もあって権力もあって強い公爵っていう連中に狙われる中、隠れたり潜んだり、たまーに戦ったりして生き延びてきた! ようやくだ、ようやくだぞ、ようやくそういう暮らしも安定して、こういうアジトなんかも構えられたってえのに、いきなり『男』、それも『公爵が詠唱魔法ぶっぱなそうとするような強い男』に、『王様の血筋』!? なめんな! 利用法なんざ思いつくかよ!」

「じゃあなんで助けたのよ!?」

「困ってるヤツ助けるのに理由なんざいるかよ!?」

「………………」

「お、オレだってなぁ、助けたくなんかなかったよ! こんな厄介な連中、助けたくなんかなかった! けどよ、仕方ねぇだろ!? オレらは公爵に虐げられるヤツらが集まった互助会なんだ! 同じような立場の連中見捨てたら、明日からどういう顔して生きてけばいい!?」

「……アンタ、もしかしていい人なんじゃない?」

「そいつはどうも! オレにとっちゃ最悪の罵倒だがね! ……いいか、よく聞けよお客人。オレらはお前らを利用するほど落ち着いてもの考えられる状況じゃねぇ。そもそも助けなんかいらなかったかもしれねぇが、助けちまった以上は、ある程度の働きを期待する。その代わり、このアジトも使わせてやるし、オレらの物資も分けてやる。『まともに強い女手』ってのがな、オレらの中にはいねぇんだ。力貸してくれ、生き延びるために」


 キトゥンが困ったように千尋らを振り返った。


 千尋は、乖離と目でやりとりし、乖離と千尋が同時に十子を見る。

 十子はがっくりうなだれてため息をついた。


「ジニだったか? 残念なお知らせだが……」

「な、なんだ? 公爵にオレらのアジトをバラすか? お、オレらはこう見えて公爵軍を相手にゃひとたまりもねぇぞ。それと戦いになるお前らに刃物向けられてタダで済むと思ってんのかあ!?」

「どういう脅し文句だ。……いやそうじゃねぇ。ここに二人ほど馬鹿がいてな。戦いが好きで、あと、奇妙に義理堅い馬鹿だ。……そいつらにな、お前らは、恩を売っちまった。これがどういう意味かわかるか?」

「わかんねぇよ。情報量に参って考える余裕もねぇ!」

「『全部、めちゃくちゃになるぞ』ってことだ」

「……」

「こいつらの『恩返し』は半端じゃねぇからな……」


 十子の目があまりに哀れみを込めていたため、ジニはぎしぎしと千尋と乖離に視線を向けた。


 千尋はにっこりと笑い、乖離は薄く口元を笑ませていた。

 何かを言うでもなかったが、その二人の様子は、十子の言葉に説得力を持たせるには充分すぎた。


 ジニが、ヒクついた笑顔で十子へ質問する。


「ちなみに、『めちゃくちゃになる』の具体的な内容は?」

「知らん。予想もつかん」


 めちゃくちゃにされてきた女の言葉は重かった。


 ジニはぼさぼさの緑髪と、そこにある垂れた犬耳を同時にぐしゃりと握り、


「もうやだあああああああ!!!」


 キャパシティを超えたので、叫ぶしかなかった。


 ……かくして、『組合』での千尋らの『恩返し』が、始まる。

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