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第190話 二つの秘密

「ねぇ、トーコ」

「んだよキトゥン」


「これは熟慮に熟慮を重ねた上で、ありえない可能性を取り除いて最後に残った、動かしようのない結論だと思うんだけど」「回りくどいんだよおめーは。なんだよ」


「もしかして、チヒロって──男なの!?」

「…………今さら!?」


 天野あまの十子とおこ、つい大きな声が出てしまう。


『組合』のアジトである。


 廃鉱山をアジトとしたこの場所、昼までも明かりが乏しいので薄暗い。

 そんな中で唯一、まぶしい場所が存在する。


 千尋ちひろだ。


 美貌が輝かんばかりだとか、存在が光だとか、そういうやつじゃない。物理的にまぶしい。


 廃鉱山をアジトとしているから、昼でも暗闇である。

 明かりというのは『なんかそこにある』ものではない。油なり、蝋燭なり、そういったものを燃やし続けることで成り立つものだ。いくら女には神力しんりき──この大陸だと『魔法』があって、それによって種火を興せるとはいえ、ずっと人力で維持しておくわけにもいかない。当然、明かりは器具を使って維持する。


 だというのに千尋の周囲には集められる限りの照明器具が集められ、もちろんすべてに明かりが灯されている。

 なぜか?


 男性をじっくり見たいからだ。

 肌のキメまで見たいからだ。

 せっかくそこに男性がいるのに、薄暗い中で、男か女かもわからないような様子で放置しておくなど、許されない。男性とはこのように装飾され、あがめられ、目の保養となるべきである──そういう考えからである。


「あぁ~見るだけで癒されるぅ~」

「男ぉ……男ぉ……」

「こ、こんな穴倉まで落ちてきて……もう、ダメかと思って……だっていうのに、こんな、こんな幸せなことが……」


 実際、急造の『千尋祭壇』の周囲には女どもが集まり、日に最低一度は額を地面について崇めている。


 十子はつい、こんなふうにつぶやいてしまう。


「宗教ってああやって興るんだろうなぁ……」


 天女様精霊様千尋様、という感じだ。

 十子は木箱の机に肘をつくようにして、キトゥンに顔を寄せ、問いかけた。


「ちなみにだが、アンダイン大陸の男の扱いってのは『ああ』なのが普通か?」

「そんなわけないでしょ!? 国辱はやめなさいよ!」

「じゃあ普通はどうなんだよ。少なくともシルフィアの街でも一人も見かけなかったが」

「逆にウズメ大陸はどうなの?」

「まぁ、そんな自由に出歩くわけじゃねぇし、女としちゃ貴重な男は旅人の目に触れないように隠しはするが……あんだけデカい街じゃあな。一人二人ぐらいはちらちら見えるもんだが」

「……ああ、つまり、ウズメ大陸では男性を『施設』に入れないのね?」

「施設ってのは──」


 十子の頭によぎったのは、天女教天女のミヤビのことだ。

 男性を集めて一元管理する──男性守護というか、男性を失うことを恐れすぎて過剰になっていると十子からは思える目標だ。


 だが、実際に『それ』をやっている国が隣にあったらしい。

 十子は息を吐いた。


「──男を閉じ込めといて、一括管理する場所か」

「なんかものすごいイメージ悪そうな口ぶりだけど、男性に不自由はさせないわよ? 国のどの施設よりもお金かかった場所だし、安全は守られるんだから」

「そりゃわかるんだがな」

「ウズメ大陸ではかなり男性が自由みたいね。トーコの口ぶりからわかるわ」

「……自由、自由、かあ」


 十子は千尋と旅をしてきたので、『男性』とバレただけで大変な目に遭うのを知っている。

 ウズメ大陸は男性が戦うことを許さないし、高度な教育を受けることも許さない。そもそも一人旅を許さないし、男性が一人で、あるいは女と二人とかで旅をしていれば、これをさらおうという者もいる。


 だが……


「……まぁ、自由なんだろうな、こっちに比べたら。あたしの感覚でも、だいぶ男にゃ生きにくい、息の詰まるような社会だと思ってたが、『施設に入れる』とか言われるとこう、文化の隔たりを感じる。自分の思ってた『きつい』が、他の国じゃあ『普通』ってのは、こんな感覚かぁ」

「そういえばウズメ大陸はアンダイン大陸より男が多いのよね。……こっちじゃ本当に、『一生に一度たりとも』男を見ずに終わる女も珍しくないわよ。本当に少ないの」

「人口どうなってんだ?」

「一部の偉いお方が頑張ってくださってるわね」

「……そのー、なんだ。『貸出』って言ってわかるか?」


 貸出。

 ウズメ大陸は、その土地の領主から、領地の女に男を『貸す』ことがある。

 人口減少に歯止めをかけるための政策でもあり、領地の女のガス抜きも兼ねたものだ。よほど隔絶した実力を持つ領主・家臣団が治めていない限り、領民の女どもが農具あたりで武装して蜂起すると普通に脅威なので、こういうふうに女どもにご褒美を与えている、というわけだ。


 実際、千尋とその弟のはくも貸し出しによって生まれた子である。


 キトゥンは「あー」と視線をさまよわせ、少し顔を赤くする。


「……あ、あるらしいわね。ウズメ大陸には」

「ないのか、こっちには」

「だって、そんなことして、男の子が生まれたらどうすんのよ? 絶対隠して育てるやつらが出るじゃない」


「そうだな」


 そこで話に混じって来たのは乖離かいりであった。

 眼帯の大柄な女は、十子らのそばの木箱を引きずり、そこに腰を下ろす。

 ぎし、ともともと廃材であった木箱が頼りなくきしむ。


 十子は乖離相手にどういう顔をしていいかまだわかっていないので、なんとなく不満そうな顔で問いかけた。


「……どこ行ってやがった?」

「偵察任務だよ。世話になった分は働きで返さないとならないのでな。実は私がミヤビ様に仕えた経緯も、そういう感じだ」

「……で、急に話に混じってきやがったが」

「いや、男を隠して育てるという話が聞こえたので、同意した。私はそういう男隠しの村を斬ったり焼いたりする仕事をしていた時期もあるのでな。その数の多さに辟易していたところだ」

「……そんな多いのか」


 キトゥンが「斬ったり焼いたり!?」と過激な言葉に驚いているのを完全に無視し、乖離は十子に「ああ」とうなずく。


「というより不思議だよ。歴史を紐解けば、男隠しの村を焼き討ちするのは、ミヤビ様の代から始まったことではない。だが、世間ではミヤビ様の代で初めてやったかのように言われている。やはり人は書を読み、学ぶべきだろうな」

「……」

「十子、それはどういう表情だ」

「人斬りから理性的な意見が出て受け止めかねてる顔だよ」

「別に我らは殺人狂というわけではないぞ。書を読む。生活をする。将来について考える。人を愛する。それに加えて、人を斬る。それだけだ」

「だからそれがよぉ……!」

「気持ちはわかる。人殺しをするような者には狂っていてほしい。普段から言動が支離滅裂で、言葉など通じない狂態をさらしていてほしい──そういう意見を持っている者は多い」

「……」

「だが実際のところ、そんなことはないんだ。何かが欠けているわけではない。ただ『人斬り』が加わっているだけだ」

「『人斬り』を『加わってる』って表現するやつは、やっぱり何かが欠けてんだよ」

「そうか。お前が思うならそれでいい。人には人それぞれ、選びたい表現方法がある」

「……」

「十子、それはどういう顔だ?」

「なんかてめぇに諭されるみたくなってるのがムカつくが、言ってることは理性的なんでどうしたらいいかわかんねぇ顔だよ」

「そうか。で、キトゥン」


 急に人斬りがこっちを見たので、キトゥンは猫耳と猫尻尾を逆立てて「な、な、な、なによ!?」とむやみに威嚇的に返事をした。

 乖離は気にした様子もなく、


「お前は王にはならないんだな?」

「なるわけないでしょ!? そ、そんな、いきなり『王』とか言われてもわかんないわよ!?」

「しかし話を整理すると、お前に『王』になってほしいと期待している者は多いように思われた」

「サラマンダー公とかでしょ!? 明らかにあたしを利用する気じゃない!」

「そうではない。お前を育てた母親や、お前を雇っていた商店の店主なんかも、きっと、『隠されて育てられた王の第七子』に、今の王を倒して、間違った治世を正してほしい者のように思われる」

「…………」

「確かにお前を利用しようという思惑ではあるが、そういう人たちの願いはどうする?」

「……アタシにどうしてほしいの?」

「いや、別に。認識していない事実がある様子なので、教えただけだ。どうにも勢いこんで決断して後々後悔しそうな性格に見えるので──」

「『勢いこんで決断して後々後悔しそうな性格』!?」

「──通常、決断の前に情報は多い方がいいと思った。キトゥンは考えるのを面倒がってとにかく行動してしまって、それに『騎士道』などという印をつけて自己正当化する者だろう?」


「トーコ! 助けて!」


「無理だ」


「だからな、重大事を前にあきらかに見落としていそうな事実があったので、教えておいた。他意はない。強いて言えば親切心だ」

「こんな心を抉る親切があってたまるか!」

「親切というのはたいていそういうものだ。思い返せば覚えがありそうだな。言葉が痛くて突っぱねてしまったが、『あの時聞いておけばよかった』と後々後悔していそうなことの一つや二つ……十や二十」


「トーコ! ねぇトーコ! アンタの幼馴染でしょ!? どうにかしてよ!」


「無理だよ。人斬りってこういうもんだ」


「人斬りって心まで斬るの!?」


「まぁ、少ない情報から相手の性格を見抜かねば死ぬからな」


 乖離があっけらかんと言ってのけるもので、十子はようやく表情を定めることができた。

『げんなり』だ。


 そうしているうちに足音が近寄ってきたので、もう一人の人斬りが来たか!? と十子とキトゥンは身構える。

 だがしかし、もう一人の人斬りは足音などしないので、別人である。


 この『組合』の長であるジニが、急に振り返った二人の視線を受けてたじろいでいた。


「よ、よぉ。いや元気に話してるもんでな、聞こえちまったよ。悪気はねぇんだ」


「こんなアジトで内緒話も何もなかろう。それに、こちらの最大の秘密の二つはすでに知られているわけだしな」


 乖離の発言は『千尋が男であること』『キトゥンが王族であること』の二つについて述べている。

 だがしかし、キトゥンが王族であることは乖離らもサラマンダー公に言われるまで知らなかったことなので、『こちらの秘密』という表現には十子がじゃっかんの違和感を覚えていた。


 ジニはヒクつくように笑い、


「……あーその、なんだ、前も言ったがな、オレは別にアンタらを便利に利用しようなんざ考えてねぇ。っていうかさ、カイリがその気になりゃ、ここにいる全員皆殺しだ。だからこいつは強制でも脅迫でもねぇんだが……」


「まわりくどい」


「……まわりくどいのも斬られそうだな。わかった、わかったよ。じゃ、はっきり言うぞ。──キトゥンさんよ」


 ジニの目が、彼女にしては珍しく、まっすぐにジニへと向けられる。

 キトゥンは尻尾を立てて身構えた。


 ジニは──


「アンタ、王様になってみねぇか?」


 ──周囲が一瞬固まるようなことを、言ったのだった。

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